黒に囚われた


(かなめが始祖って皆知ってる設定)

零side


普通科と夜間部の休みが重なった貴重な休日は、ハンター協会からの指令で消え去った。

指令内容は粛正ではなく調査。危険が伴う恐れがあるから、と調査員ではなくハンターに指令が下ったらしい。それがよりにもよって俺だった訳だ。

学園からかなり離れた田舎町で、<純血種>らしき吸血鬼の気配があったらしい。たまたまそこに立ち寄った調査員が報告した。

休日を費やすどころか欠席することを前もって理事長と優姫に伝え、仕事に来ているわけなのだが。

「この辺りのはずだが……」

報告にあった山を一人歩く。吸血鬼はおろか人の気配もない。

日が高く昇っており、正直気分は良くない。ここの所忙しかった事もあり、<純血種>云々よりも早く終わらせて休みたかった。

しかし何と言うか、情けない事に。俺の身体は俺が思っていた以上に弱っていたらしく、知らぬ間に意識を手放していた。



さらに不名誉な事に、俺は調査対象に拾われていた。

「僕気配消すの上手いのよ。あと、この辺りに結界張ってるし」
「……」
「え、聞いておいてその反応?」

粥の入っていた器を下げながら、彼女ーー世利は苦笑した。闇を纏ったかの様な黒髪と同じく真っ黒な目をした世利は、気配を消すのを止めている今は明らかに<純血種>。

「さ、横になってて。僕薬とか持って無いから、何とか自力で治してね。ああ、僕の血飲んでもいいけーー」
「いらん」

倒れた俺は世利の家に運ばれていた。そして彼女の作った、やや塩の入れ過ぎた感のあった粥を完食しーー食べるのが無難だと俺の何かが告げたーー世利の寝室に押し込まれた。

「何やってんだ俺は……」

ベッドの上に無造作に置いたコートを視界に入れつつ、閉めたドアに凭れて頭をかいた。

<純血種>だから俺の吸血鬼因子が逆らえないのか?いやいやそれは無い、俺はほぼ毎日別の<純血種>と顔を合わせているが跪いた事など無いし。……あいつに跪くなんて死んでも御免だ。

……あー頭痛くなってきやがっ「ゴン」。

と、後頭部に衝撃。

「……」
「睨まないでよ、ベッドにいると思ったのよ」
「何だ」
「何かピリピリしてるんだもの。それと、体調不良で帰還が遅れるって協会に伝えた方が良いのかなって」
「……協会と関係が?」

さっきの話では、こいつはどういう訳か協会にも元老院にも存在がバレていないらしかったが。

「君に場所聞いたら使い魔送るよ」
「バレたくないんじゃないのか」
「別に、いつかはバレると思ってるし」
「……なら、学園の方に頼みたい」
「それじゃ、場所を……ってそうか、いっそ君を直接送った方が良いか」

良い事思いついたとばかりに手を合わせた世利に首を捻る。

「まあ僕も一緒に移動することになっちゃうけど、使い魔使ったらどうせ僕の事バレるし……その学園?もさ、吸血鬼が無関係じゃ無いんでしょう?」
「…………好きにしろ」

俺が世話になる側なのだからこの態度は可笑しいのだろうが仕方ない、どうも世利と居ると調子が狂う。そもそも危機感がなさ過ぎるんだこいつは。俺はハンターなんだから。

「さっさと行きましょう。顔色良くないしね、慣れた場所の方が休めるでしょ」

世利はそう言って苦笑する。

…………。

ちょっと引っかかる。

あれか?こいつは俺に気を遣っているのか?俺が休まないのは「<純血種>の部屋で寝てたまるか」的な理由だと?確かに間違ってはいないが、別にそう言う訳では無いというか展開に付いて行けてないだけというか。

そう悶々と頭を回転させていると、世利はいつの間にか、ベッドに放ってあったコートを持ってきていた。

「じゃあ、ちょっと君の記憶から場所を……」
「いや、いい」
「え?」

考えるよりも先に口走ってしまった俺。何言ってんだと自分で突っ込むが、見上げてくる彼女の黒い目に、また勝手に言葉が口をつく。

「一眠りするから……それからでいい」

ふいと視線を逸らして素っ気無く言えば、世利の呆気にとられた様な視線を感じた。それから逃れる様に、さっさとベッドに向かう。

彼女のベッド、という事実は頭の隅に追いやって、無言でベッドに横になった。途端襲って来る疲労感と睡魔に抗うことはしなかった。

「……お休み、ハンターさん」

明らかに笑みを含んだ彼女の声が聞こえたのを最後に、俺はあろうことか<純血種>の前で眠りに落ちてしまった。

.
* * * * * * * * * * * *

世利の力で瞬時に学園へと戻って来た俺は、目に入った光景に顔を歪めた。

「あ、れ、零……?」

優姫と、玖蘭枢と、その取り巻き。

世利曰く、人の記憶を頼りに移動する上、力を使うのが久々だから、学園内のどこに出るかが怪しいらしい。だから深夜にしたわけだがーー普通科生はいないし、夜間部生とは出くわしてもまだなんとかなるーー丁度、出迎えの時間で、かつ門の前に出てしまったようだ。

「零、お仕事じゃあ……?」
「何も聞くな、優姫……」
「あら?吸血鬼がいっぱいね」
「……世利、茶くらい出すから黙っててくれ」

夜間部生の視線がえぐい。世利は今、別段気配を絶っていないから当然だが。

「えっと、優姫ちゃん?可愛いわね、錐生くんの彼女?」
「え?!」
「違う……おい行くぞ」
「いやいやちょっと零、その超美人さん誰?って言うか突然現れるし……」

世利の腕を引いて私的居住区へと向かおうするが、容易にはいかない。なんでよりにもよって、こんな一番面倒な奴らの所に出たんだ全く。

藍堂って奴が突っかかってくる。

「お、おおおおい錐生!誰だその……じゃなくて、何でお前が<純血種>のお方と共にいる!」
「<純血種>?!そうなの零?」
「まあ……」

お前も何とか言ってくれ、と世利を見ると、世利は玖蘭に思いっきり人差し指を向けていた。早園って人の視線がもう……。いやまあ俺はいいけど。

「か、枢……?いや、そんなはずないかあ……でもそっくり」
「……多分、君の思ってる枢で合ってるよ」
「え、ほんと?!わあ枢だー!」

きゃーって言いながら、あろうことか玖蘭に飛び付いた世利。満更でもなさそうな玖蘭に苛々する。

俺は世利の腕から離れた手を下ろし、おい、と苛立ち丸出しで世利を呼ぶ。

「世利……そいつと知り合いか?」
「うん、久しぶりね、枢!」
「クス、久しぶり。……ねえ綾羽、"世利"って何?」
「僕の名前。錐生くんにもらったの。僕って綾羽だっけ?」
「自分の名前忘れたの……?」
「だって起きたの最近だったんだもの。眠る前も、最後の方は僕の名前呼ぶ人もいなかったし」
「じゃあ僕はどっちで呼べばいい?」
「世利で。綾羽は……名字ってのにする。昔は無かったもの」

ぎゅうぎゅう抱き合いながらの会話に苛立ちを募らせつつも、世利という名前を使うことに躊躇いの無い様子が、幾らか俺の不機嫌を和らげる。

「……ちょっと枢、そろそろ世利さんが誰か教えてくれない?」
「一条……」
「睨まないでよっ。感動の再会を邪魔したのは悪いけどさあ」
「一条くんっていうの?皆枢の仲間?」
「まあ、そうなるね」
「どうしよう支葵、枢に仲間って言われて僕嬉しいんだけど……!」
「良かったじゃん……?」
「おい一条!お前だけじゃなく"皆"だからな!」
「私も英と同意見です、拓麻様」

……くだらない。

「って、ああそうじゃなくて。世利さんはどこの<純血種>なの?枢の恋人?」
「か、枢センパイの恋人……?!」
「枢様にそのような方がいらっしゃったなんて……」

肩を落とす優姫に嘆息する。よろけた早園って人は架院って奴が支えた。玖蘭枢至上主義な藍堂も目を見開いている。一条って奴と、興味なさそうな支癸って奴と遠矢って人三人がまだまともそうだ。

だが俺も返答を待っていたから、人のことは言えない。

「ねえ枢、僕らって恋人かしら?」
「……違うと思うよ」
「うん、僕も。枢が恋人って……」
「何?不満かい?」
「……なんか無理だわ」
「僕も、君が恋人だなんて遠慮したいよ」
「そうよねー」

だったら何で抱き合ってんだ。意味が分からん。離れろ。

俺たちの疑問は一条が代弁した。

「じゃあどういう仲?」
「えー……何だろう」
「ただ一緒にいただけ、かな」
「うん……あ、あれだ!心臓えぐり合った仲」
「クス、そんなこともあったね」
「…………え、ごめんどういうこと?」
「心臓えぐり合ったのよ、昔。あ、始祖時代ね」
「どうすれば僕らは滅びるのかっていう研究をしていてね……吸血鬼自身の心臓を溶かし込んだ鉄で作った武器なら、僕らの身体を傷つけられたんだ。そして出来たのが今の対吸血鬼用武器だよ」
「そうそう。でもほら、自分の心臓えぐるのって勇気がいったのよ。えぐり出しても死なないけどそれなりに痛いから」
「懐かしいよ……綾羽、」
「世利よ」
「……世利は遠慮がないからね」
「枢だって僕のこと言えないよ。乱暴にして出血多過ぎて、丸三日起き上がれなかった時あったじゃない」
「……世利も不機嫌だった時、動けなかった僕を全力で蹴り飛ばしたよね。山一つ越えるほど」
「そ、それはちゃんと迎えに行ったわよ」

……ついて行けない。

世利が始祖である事に驚いたのはもちろんだが、その後の会話の方が衝撃が強すぎた。

認めたくないが絵になる二人が、ようやく体を離した。

「じゃあ、錐生くんとお茶するから。枢もこの学園にいるの?」
「そうだよ。月の寮には吸血鬼しかいない」
「後でお邪魔してもいいかしら」
「構わないけど……僕の部屋の物、壊さないでね」
「努力するわ。錐生くん、お茶しよ」

玖蘭から離れた世利は、何事も無かったかのように俺に歩み寄る。

「……優姫、理事長呼んでくれ。私的居住区にいる」
「え、あ、う、うん」

寮へ向かう玖蘭と言葉を失っている夜間部生を置いて、俺は深く溜め息を吐いて歩き出した。

「零……大変だね」
「……………」

優姫に含んだ言い方をされ、俺は大人しく着いて来る世利をちらりと振り返った。

「どうしたの?」
「いや……」

彼女に見惚れた自分を殴りたくなった。


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