ハッピーエンドが見えない



世利side


偶然にも錐生くんを送り届けた黒主学園には旧い知り合いがいて、理事長をしてる灰閻さんもいい人で、何と無くお世話になることになった。もちろん、吸血鬼なので月の寮に。

ハンター協会とか元老院とかには枢と灰閻さんが何とかしてくれたらしい。僕が眠る前には無かった機関だけど、起きてすぐ色々調べてたからその存在は知っているんだなこれが。

「全く良いご身分なのねえ」

授業中爆睡してた錐生くんの頭をつつく。不機嫌丸出しで起きた錐生くんは、通路に立つ僕を見上げた。

「世利……何してる」
「お散歩ー。皆寝てて暇だったから」
「今何時だと……」
「お昼の十一時半ね」
「お前も寝ろよ。なんで校舎にいるんだよ」
「お散歩よお散歩」
「……あいつは」
「あ、枢?彼は書類仕事終わって休憩中だよ。寝てると思うけど」

話していると優姫ちゃんも起きて目を見開いた。なんだか周りの子たちが騒がしくなってきてる。生徒じゃない僕がいるのはやっぱりまずいか。ま、いっか。

優姫ちゃんの隣に座ってるのはお友達かなあ。笑いかけてみる。

「こんにちは、綾羽世利です。優姫ちゃんはおはようかな?」
「あ、こんにちは。若葉沙頼です」
「な、え、世利さん?!幻覚?」
「本物本物」
「ど、だ、駄目ですよ昼の校舎に来ちゃ!せめて夜ならまだ……生徒じゃないけど」
「僕、割と昼も平気だから、相手がいなくって暇なの。深夜は僕が眠いしね」

ざわざわする生徒を見ると、なんだか赤面して硬直した。一応にこにこしておいてから、僕は通路にしゃがんで机に顎を乗せた。頬杖をついてる錐生くんが、眉を寄せて見下ろしてくる。はああ、と大きな溜め息をつかれた。

「……さっさと寮に戻れ」
「えー……皆寝てる」
「あいつがいるだろ」
「枢だって寝てるよ」
「世利も寝ればいいだろ」
「僕、太陽って好きだよ」

にっこり笑って言った直後、きゃあああ、と黄色い歓声が聞こえた。当然僕はそれに気付いてたので、別に驚かずに立ち上がる。教室のドアを見ると、ラフな私服の枢が入って来ていた。

歓声を上げつつも枢に道を空ける生徒が面白い。枢の空気は怖いもんねー。あ、錐生くんの機嫌が急降下。僕板ばさみだなこれは。

「世利、なにしてるの……?」
「おしゃべり。枢、もう起きたの?」
「たまたま目が覚めたら君の気配がないから……戻るよ」

近くに来た枢が僕の腕を引く。もう片方で焦っている優姫の頭を撫でて落ち着かせていた。

枢は机仕事を終えてついさっきまで眠っていたこともあり、目の奥が眠そうだった。吸血鬼だって睡眠は必要だ。今枢は本気で眠いんだと思う。表情にはあんまり出さないけどね、付き合いが長いだけに分かる。

「ごめんね、優姫。すぐ連れて帰るから」
「あ、はいっ!お、お疲れ様です……?」
「まるで僕が問題児みたいじゃない……」

ぐいぐい腕を引く枢。僕は抵抗として座ってる錐生くんの手を握った。

「世利、戻って寝るよ」
「僕は眠くないのよ。枢が外はウロウロするなって言ったから、ちゃんと室内をウロウロしてるのに」
「屁理屈だよ……本当に君は、僕を困らせるのが好きだよね」
「まあそれは否定しないけどね。あのね枢、僕はお昼に外を散歩するのが好きなのー。この数日じっとしてたことを褒めてほしいわ」

枢は、そういえば君は昼間の方が活動的だったね、と深い溜め息をつく。僕は昔から吸血鬼っぽくないんだよ、早朝は少しきついけどお昼は全然大丈夫。

「僕は、監禁プレイから放置プレイへの移行を希望するわ」
「……世利、その言い方は止めようね?」
「別に間違ってはいないでしょ。僕は別に枢のものじゃないんだしーー痛い痛い痛い錐生くんッ」
「……お前は夜間部じゃないんだし、玖蘭の言う事に従う必要はないだろ。理事長に掛け合ってみたらどうだ」
「それは良い考えね。ただね錐生くん、僕の手首がミシミシいってるの」

折れてもすぐ治るんだけど。僕が錐生くんの手を掴んでいたはずなのに、いつの間にか、錐生くんが僕の手首を握っていたんだ。錐生くんは聞いてるのかどうなのか分からないけれど、握る力は弱めてくれた。熱で弱ってたのが本当に懐かしい。

隣で枢が舌打ちしてた。多分、僕と錐生くんくらいにしか聞こえない音で。機嫌悪いなあ。

「全く……分かったよ。理事長と三人で話をしよう」
「!うん」
「ただし今日の夜。今は戻って寝るよ、いいね?」
「それなら構わないわ。枢が分かってくれて嬉しい」
「世利は言い出したら僕の言う事なんて聞かないだろう」

僕は笑顔で頷いた。僕と枢の関係は対等だ、僕が枢の命令を聞いたりなんてしないもの。

「じゃあ僕は大人しく連行されるとしようかしら。錐生くん、また話し相手になってね」
「僕がいるじゃないか」
「枢とはわざわざ話す程、知らない事なんて無いもの。錐生くんとの方が面白味があるよ」
「悪いな、玖蘭?」
「……この学園で一番世利を知っているのは僕だけど」

錐生くんと枢との間で火花が散った気がしたのは気のせいかしら。どこまでも仲が悪いんだから、この二人は。間にいる僕の身にもなってほしい、まるで三角関係だ。

戻るよ、と枢が僕の腕を引く。するりと僕の手首を離した錐生くんに、僕は軽く手を振った。

「騒いでごめんなさいね。優姫ちゃんも」
「……ああ」
「枢センパイ、世利さん、おやすみなさい」

僕は枢に腕を絡めながら教室を出た。丁度その時チャイムが鳴って教師と鉢合わせしたので、会釈だけしておいた。並んで月の寮へと歩きながら、僕は枢を見上げる。

「……眩しそうね」
「眩しいから」
「無理して僕を探さなくても」
「君は勝手に帰りそうだから」
「あらあら、帰って欲しくないのね」
「……君に会えて嬉しかったのは事実だから。君もだろう?世利は大勢でいるのも好きだったしね」

昔を思い出しているのか、枢は小さく笑う。確かに枢は僕の事を何でも知ってるんだろう。逆もまた然り、だけどね。

「……ただ、錐生くんは止めておいた方がいいよ」
「驚くくらい仲が悪いわよね」

僕は溜め息をついて、枢に腕を絡めた。


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