苦手科目に感謝
「あ、こんにちは」
学校の図書室で二冊の本を棚へ返していると、ふと視界に入った銀色に声をかけた。
「……ああ、世利か」
「零先輩もテスト勉強ですか?」
図書室なのでお互い小声。
この私立高の売りでもあるこの図書室はとても広く、自習スペースも充実している。
先輩とは生徒会執行部員で、それなりに親しい。だが先輩は勉強しなくても好成績のはずだ、と放課後ここにいることが意外だった。
「テスト勉強って言うより、課題を潰しに」
「ああ……お疲れ様です」
「まあ、もう帰るけどな」
辞書置いてきたし、と欠伸を零した先輩は、私の持っている本に視線を寄越した。私は今からこれを戻して、また自習を再開させるつもりだ。
「物理か?」
「はい。苦手なんです」
それはもう壊滅的に、と肩をすくめる。点数が悪い訳ではなく、理屈が何故か頭に入らない。なのでいつもテストでは、範囲の公式や問題パターンを全て暗記していたりする。
それほど暗記すれば理解出来そうなものだが、そう上手くいかない。問題は解けるがイマイチしっくりこないのだ。
「なので、今から頭に叩き込んで来ます」
乾いた笑いを零すと、先輩は整った顔を歪めた。そういえば零先輩は物理が得意なんだっけ。
「……お前んとこの物理教師は誰だ?」
「吉川先生ですが」
「ああ……あいつか」
先輩は溜め息を吐いて頭をかくと、突然私の頭を小突いた。勉強を労われているのか物理について馬鹿にされているのか分からずに、小突かれた所へ手をやった。
「……教えてやるから、それ戻して来い」
相変わらずの仏頂面で言われた言葉の意味を飲み込むのに数秒。適当な返答を探り当てるのにさらに数秒。
……勉強教えてくれるっ?!
頬の筋肉が途端に緩むのが自分でも分かった。
「あ、はいっ。是非是非!」
礼を言って慌ただしく頭を下げて、零先輩を置いて、持った本があった棚へと急いだ。走っちゃ駄目走っちゃ駄目、と自分に言い聞かせながらもスキップする勢いで本を戻す。
コトンと本を棚へ戻し、両手で頬を軽く叩いた。
……にやけるな私。頑張れ顔面の筋肉!
あの先輩が、他人との接触を避けたがるあの先輩が、私の憧れの先輩が、勉強を教えてくれると言ってくれた。
出会った頃からすれば大きな進歩。先輩に少しずつ近付けていると自惚れてもいいだろうか。
二百席近くある自習スペースは一応図書室内だが扉で隔たれていて、友人同士で話しながらの勉強も出来る様になっている。
テスト前のこの時期は、座席がほぼ全て埋まり、あちこちで控え目な話し声がする。
その広い自習スペースで私が確保していた席に目をやると、持って来た椅子に座って参考書を捲る先輩の姿があった。
……ねえ、先輩。私はこの広い自習スペースのどこの席か、言ってないんですよ。
「お待たせしましたっ」
顔の緩みは隠せても、声が僅かに弾んでしまう。それに先輩が気付いているのかは生憎分からないけど。
先輩が解説の為に私のノートに書いたメモは、やっぱり消せそうにありません。
fin
ちなみにヒロインは副会長、零が会計の設定。会長はかなめ様
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