ジュリウスとイェン・ツィー


 感応種、と呼ばれるアラガミが確認されてしばらく。
 感応能力を備えたアラガミは、神機制御に混乱を引き起こすため、第二世代以前の神機使いでは対抗が出来ない。唯一戦えるのは"血の力"を備えた神機使い――"第三世代"のゴッドイーターだ。
 フェンリル極地化技術開発局に属する特殊部隊ブラッドは、対感応種の専門部隊であり、所属ゴッドイーターは第三世代ばかりだ。しかし発足して日が浅く、また、第三世代神機の適合者が少ないため、部隊員は二名のみ。
 ジュリウス・ヴィスコンティは、大尉の階級を持つゴッドイーターであり、ブラッドの隊長を務めている青年だ。普段は同部隊のロミオ・レオーニと任務にあたるが、今回は違う。

「極東支部第一部隊所属のヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァです。長いのでヒノでいいですよ」
「フェンリル極地化技術開発局、特殊部隊ブラッド所属のジュリウス・ヴィスコンティです。こちらも、ジュリウスと呼んでください」

 極地化技術開発局の拠点である移動要塞"フライア"にて、ジュリウスは彼女と顔を合わせた。初対面だが、前情報として知っていることはある。
 ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ中尉。ロシア支部にて入隊一月という短期間で少尉、その後、"アラガミ最前線"の極東支部に転属。第一部隊隊長を務め、中尉に昇進。実力は確かで人望も厚く、隊の生存率は極めて高い、優秀なゴッドイーターだ。
 女性だとは知っていたが、思ったよりも小柄と言うか普通と言うか迫力がないというか、親しみやすい雰囲気だった。

「今回はよろしくお願いします」

 ぺこり、と頭を下げられて少し狼狽えた。

「硬くならないでください。一緒に戦うのですから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。なんかつい、気圧されるというか」
「気圧される?」
「ブラッドはリッチだって聞いてたんですけど、エントランスからしてすごく豪華だし……綺麗だし……」
「そうですか?」
「アナグラ、ええと、極東支部よりは」

 エントランスのソファに座って、ヒノは居心地悪そうに周囲を見回す。だがすぐに気を取り直して、端末に表示させた任務資料に集中していた。
 共闘するのはイェン・ツィーという感応種だ。シユウと似た見た目だが、"活性化に伴いオウガテイルに似た小型アラガミを次々と生み出す"という厄介な能力を持っている。また、ターゲットを集中させる傾向があり、誰か一人が執拗に攻撃を受け易いのだ。
 感応種なので、第二世代神機使いであるヒノは、本来対抗できない。しかし、第一世代神機のソーマ・シックザール――最初のゴッドイーターであり、特殊な存在なのだ――が感応種に無力化されないということが分かり、あらゆる可能性の一つとしてヒノも感応種と戦うことになったのだ。
 ヒノが選ばれた理由は"強いから"ではない。P53偏食因子だけではなく、P66偏食因子への適性がみられ――つまり、第三世代神機への持ち変えが出来る可能性があるのだ。

「P66偏食因子に適性アリだからって、使うのは第二世代神機だから、大したことは出来ないと思うんですけど。様子見しつつ、場合によってはトラップ貼りに専念します」
「基本的に、イェン・ツィーの相手は任せてください」
「スナイパーでの援護射撃は出来るかな……」
「助かりますが、異変を感じたらすぐに離脱してください。あと、集中攻撃を受けるとやっかいなので、偏喰場パルスを確認したら離れた方が良いでしょう。狙われている中で神機が動かなくなったら目も当てられません」
「そうですね……」

 イェン・ツィーの出現が報告されたフィールドの様子も確認し、お互いの戦闘スタイルについても言葉を交わし、小一時間。ほどよく打ち解けてきたところで、ジュリウスは端末の電源を落とした。
 任務の話が一端終わったと分かったのか、ヒノが少し力を抜いたのが分かった。

「これは、個人的な疑問であり……期待、でもあるんだが」
「なにが?」
「ヒノさんは、ブラッドへの転属についてどう思う」
「え、適性があるっていっても、簡易検査のみなんだけど……」
「ああ。だから、『期待』だ」

 特殊部隊ブラッドは隊員数が少なく、活動が限られている。これから増員する予定であるとはいえ、ヒノほどの戦力が加わってくれればどれだけ心強いだろうか。
 真っ直ぐ見つめていると、ヒノは視線を逸らしてしまう。やや紅潮しながら、端末の電源のオンオフを繰り返した。

「私を含めて第一部隊は、ほとんどが独立支援部隊を兼任してて……」
「クレイドル、か」
「そう。だから、極東支部から任務に出られる第一部隊員って少ないんだ。私は、外で活動してる仲間が安心できるように……クレイドルの活動が安定するまでは、極東を離れたくないなあ。もちろん、正式に辞令が出れば従うよ」
「そうか。では、もしそうなったら、よろしく頼む」
「そうならなくても、応援要請は受け付けてるよ。……あれ、どちらかというと要請するのは私たちか。感応種出たら討伐も難しいもんなあ」
「『フライアやブラッドが気に入らないから』という理由で断られなくて良かったよ」

 軽い調子でそう言うと、ヒノがきょとんとした後に笑った。そんな訳ないじゃん、と手をひらひら振る。
 極東支部最強と呼ばれるゴッドイーターでも、戦闘以外では普通の女性だと実感する。ジュリウス自身もゴッドイーターなので十分わかっていることなのだが、彼女に対して身構えていたせいか、より強くそう思ったのだ。
 "あの"極東支部で最強と言われるくらいなのだ。身構えない方がおかしい。

「ん、でも、ちょっと気になることはあるかも」
 
 ひとしきり笑ったヒノがそう言うので、ジュリウスは背筋を伸ばして言葉を待った。これから増える隊員のためにも、外からの意見は聞いておきたい。
 真剣なジュリウスに反して、ヒノはどこかおかしそうだった。

「こんな美青年が近くにいたら落ち着かないから」
「……。……美青年?」
「うん」
「誰が」
「ジュリウスさん」
「俺?」
「うん」
「美青年……?」
「うん。っ……あははは!すごい不思議そうな顔!」
「初めて言われたんだが……」
「嘘だあ」

 美青年、なのだろうか。外見に関して評価を下されたことがないので、いまいちピンとこない。褒められてはいるのだろうが、自分のことのような気がしない。
 ジュリウスが首を傾げながら礼を言うと、ヒノは屈託なく笑った。

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