リンドウとプリティヴィ・マータ


 雪の止まない、廃寺エリアにて。
 一時は完全にアラガミと化していたリンドウは、右腕にその影響が残っている。そんな状態でもゴッドイーターとして活動できるのか、暴走あるいは行動不能になることはないか、その判断が必要だった。
 第一部隊隊長のヒノは、復帰戦での補助と監視を命じられた。
 リンドウを人間に引きずり戻した本人であり、最強と謳われているヒノに同行命令が下るのは、当然ともいえた。

「リーダーはやっぱ頼もしいなあ」

 体力回復のために戦線を離脱したプリティヴィ・マータを追おうとした時、リンドウが朗らかに言った。
 今回、ヒノは後衛でリンドウのサポートに徹している。慣れない後衛だが及第点らしい。ヒノはO-アンプルを服用しながら「はあ、どうも」と会釈した。
 第二世代神機使いはアラガミに斬り込むことでオラクル細胞を収集し、銃撃に利用する。だが、それもろくに出来ないので、O-アンプルの消費が激しいのだ。
 
「世辞じゃねーんだけどなあ」
「ありがとうございます」
「んー……」

 リンドウを見上げると、彼はどことなく困った顔をしていた。

「せっかく一緒に戦えるようになったから、もーちっと仲良くなりたいなー……とか思うんだけど。あのソーマさえ、リーダーを信頼してるみたいだし?俺、ソーマがちっせぇ頃から知ってるけど、全然懐かねーもん」
「照れ隠しでは?」
「はは、俺もそう思う」
「はあ……そろそろマータ追いかけません?」
「……なあリーダー。あいつら(第一部隊)とは和気あいあいとしてんのに、俺にはよそよそしいだろ。おにーさん寂しいなあ」

 ヒノはすいっと視線を逸らして、とことこ歩き出した。
 ヒノが極東支部に転属となったのは、リンドウのKIA(作戦行動中死亡)を受けてのことだ。そのため、ヒノが配属されたときには既にリンドウはおらず、ヒノとリンドウが直接顔を合わせたのはつい最近なのだ。
 当然、リンドウはヒノを知らなかった。だが、ヒノは以前からリンドウを知っていた。尊敬するゴッドイーターであり、密かに、こっそり、慕ってもいたのだ。

「急に、なんでですか」

 雨宮リンドウは元第一部隊隊長だ。極東支部の要で、最前線の重要戦力だった。
 ソーマの同僚であり元上司。サクヤの幼馴染かつ恋人かつ元上司。コウタ、アリサ、ユイトらの元上司。
 ヒノはリンドウを知っていたが、実際の所、ヒノとリンドウの関係は"前任"と"後任"というだけだ。

「……サクヤに言われて、ちょっと疑問に思ったんだ」

 さくさく、とリンドウが後ろを歩く。

「リーダーは、俺のこと知ってたんだろ?」
「……話には聞いていました。ウロヴォロス単騎討伐なんてとんでもないし」
「他支部にまで噂されるなんて、俺も有名になったもんだ。ま、それでも、"それだけ"だろ」
「……」
「良く知りもしない、会ったこともないゴッドイーターのために、休む間を惜しんで手がかり探して。デカすぎるリスク背負って俺の神機使って、規則も破りまくって……"アラガミ化したゴッドイーターを人間に戻す"なんて賭けを、よく、やる気になったよな」
「……まあ」
「サクヤたちにせっつかれてってんなら、まだ分かるけどな。お前さん、一人で立ち回ったんだろ?俺としちゃ純粋に疑問なわけだ」

 くるりと体ごと振り向くと、お、とリンドウが足を止めた。どことなく楽しげな表情が腑に落ちない。
 ヒノはリンドウを睨み、息を吸って、吐いて、また吸ってからぶっきらぼうに言った。
 
「あの子を助けられなかったから、貴方だけでも助けたかったんですよ」
「あの子って、」
「まだ喋ってます」
「ハイ」
「あと、リンドウさんが好きだったからです」

 リンドウの表情が固まった。ヒノの発言が全くの予想外だったのだろう、普段よく回る口が凍りついているようだった。
 ヒノは冷たい空気を目一杯吸い込み、自然と口角をあげる。
 告白する気など毛頭なかったのだが、腹を割って話すよう仕向けたのはリンドウだ。ならばお望み通りぶちまけて、少しくらい困らせてやりたい。

「休む間を惜しんでフィールドを駆け回って!アラガミ化のリスクを背負ってでも他人の武器を握り!規則を破りまくって不可能に挑むことを厭わないくらいには!貴方のことが好きだったんですよバーカ!」

 リンドウと共に戦うことをヒノがどれほど喜んでいるのか、彼は知らないだろう。
 ははは!間抜けヅラだ!ヒノはケラケラ笑って、神機を剣形態にコンバートする。

「リンドウさんも新型なら、銃も使いましょ!後半戦は、せいぜい私のサポートに徹してくださいね!」
「え、おい隊長、今の」
「誤射しなかったら、私の持ってる配給券をプレゼントします!けど、一発でも誤射したら、アナグラで皆に見守られて幸せな結婚式を挙げてもらいますから!」

 何やらもがもが言っているリンドウを無視して、休憩中のプリティヴィ・マータの背後に回り込む。捕食形態で後ろ足の肉を引きちぎると、全身の血が沸くように高揚した。"食事"をした神機も上機嫌だ。
 女神の顔をした氷の獣が咆哮する。
 ヒノは、地面から突き出てきた氷の槍をかわし、バスターブレードで殴りつけた。




「穴だらけになりますよ!そんなに結婚式したかったんですか!」
「いや、違うけど違わねえ……その、悪ぃ」
「まったく!いいですよ、そんな豪華にはならないでしょうけど、ウェディングドレス!私がお金出しますし!」
「んなことお前さんに、」
「私の前任なら、私がどんだけお金を持て余してるか分かるでしょ!もう!タキシードも探しますよ!」
「……優しい隊長殿だねえ」
「せいぜい幸せになるといいです!」

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