素直に愛してるって言いなよ


 ハウゼンは、至るところに包帯を巻いた少女を目で追っていた。
 少女はつい先日、黄昏種傭兵組合(パウルクレイ・ギルド)のS級にボコボコにされて運び込まれた。
 聞いたところによると、少女が用心棒をしている娼館に反黄昏種派が襲撃を仕掛け、健常者の娼婦が死傷し、少女がブチ切れた。ギルドのB級では歯が立たず、S級が鎮圧に向かい、結果、少女をタコ殴りにして回収したのだという。幼い故に一度キレると手がつけられないことが判明し、ギルドで教育することになったのだった。
 彼女のタグはB3級だが、今回の騒動で大きく昇級するだろう。

「何してんの?」

 ハウゼンが声を掛けると、当てもなくギルド内をうろついていた少女が足を止める。

「ここは人も物も多いから……慣れるまで歩いておこうと思って。音も多くて頭痛くなる」
「……そう?」
「うん」
「……俺はハウゼン。よろしく」
「ラウドミア。よろしく、ハウゼン」

 シャイなのか、ラウドミアはハウゼンと目を合わせない。ハウゼンが握手のために手を伸ばしても、ラウドミアは応じなかった。
 ハウゼンは行き場のない手をポケットに突っ込み、歩き始めたラウドミアに続く。

「まだ怪我ひどいんだから、大人しくしてれば?」
「じっとしてるの、退屈だ。あとうるさくて寝てられない」
「まあ、人数多いから……でも今は少ないほうだよ、忙しいから」
「こんなに兄弟がいるとは思わなかった」

 斜め上を見ながら耳を澄ましているような仕草をするラウドミアは、キレて暴れてS級にボコボコにされた割には普通だった。
 ハウゼンはラウドミアから視線を外して、何気なくギルドのゲート付近を見やる。護送に出ていた黄昏種たちが戻ってきたようだった。その中に、一際大きな体格のドレッドヘアを見つけて、あ、と声が漏れる。

「ガラハッドが怪我してる、めずらし」
「ガラハッド?」
「ああ、まだ会ってないか。あそこのでかい黒人」
「あそこって言われても分からんし……」

 ハウゼンが指を指しても、ラウドミアは首をひねるばかりだ。ハウゼンの示す方向は見ているが、あの良く目立つガラハッドを見つけ損なっているらしい。
 しまいには眉を寄せて目を閉じてしまうので、ハウゼンは呆れて笑った。

「なにやってんだ、それじゃ見えないだろ」
「こっちのが集中できる……でも距離あるし、他の人多いから分かんないな……」
「……もしかして、ラウドミアは目が見えないのか?」
「んー色とか、なんとなく形がわかるくらい」

 ラウドミアは目を閉じて、恐らくガラハッドの足音を探しながら頷いている。
 初対面の相手の足音を探すのは、いくらなんでも無理だ。ハウゼンは驚きを引っ込めて呆れ直し、難しい顔をするラウドミアの肩を叩いた。

「ガラハッドは後で紹介するから。目が見えないなら先に言ってくれればいいのに」
「見えなくても、音の響き方で色々分かるから」
「そうじゃなくて……握手、無視されたと思った」
「そっか、それはごめん」
「色が分かるって程度なら、俺の顔も分かんないのか?」
「声と足音を聞いたからハウゼンだとは分かるけど、顔は全っ然見えないぞ」

 黄昏種は重軽あれど代償を持っているので、それ自体はあまり驚かないが、その状態でギルドのB級を追い返したのだと思うと凄まじい。ハウゼンにはピンとこないが、視覚から得る情報に頼らない戦い方もあるのだろう。
 後になって、ラウドミアの代償が視力だけではなく、むしろ味覚のほうがひどいと知ることになるのだが。
 目が悪いから耳が良いのかと一人で納得していると、おもむろに肩を掴まれた。

「えっなに」

 ぐい、とラウドミアの顔が近づいてくる。ガーゼと包帯で痛々しい顔は、ハウゼンと鼻先が触れそうなほど近づいたところで止まった。
 ピシリと強直したハウゼンに対して、ラウドミアはふにゃんと笑う。ハウゼンは心臓を掴まれたような感覚を覚え、数秒息を止めた。
 
「このくらい近いと、ハウゼンの目がライトブルーだって分かる」
「…………おう」
「あと金髪」
「…………おう」

 チャリ、と互いのタグがぶつかる音で我に返る。
 ガラハッドがニヤニヤとこちらを見ていることに気付き、俊敏な動きでラウドミアから離れた。
 


 ラウドミアは黄昏種傭兵組合(パウルクレイギルド)に顔を出すとき、上級黄昏種と手合わせを行う。A級の黄昏種に頼むことが多いが、S級の手が空いていればS級と手合わせをする。
 本日はS級との運動だった。ラウドミアは手合わせ相手に手を振って、その場に座り込む。シャワーを浴びに行きたいが、すぐ動く気になれない。
 シャツを動かして風を送っていると、ぶわりと横から風が吹いた。
 気付いていたので驚かない。ハウゼンだ。バインダーで扇いでくれているらしい。

「いいサンドバッグぶりだったぞー。ほんとタフだよな」
「打たれ強さが取り柄なので」
「そんなラウディに悲報がある」
「えっ悲報?」
「お前の眼鏡が逝った」
「外してたのに?」
「ジンジャーを投げるからだ。もうちょい大人しく手合わせするか、誰かに預けるかしろ」

 ラウドミアの頭にバインダーが乗せられる。パコパコと軽く叩かれ、逃げるように立ち上がった。
 眼鏡破損によるショックは小さい。眼鏡をかけていても、物の形がなんとなくわかる程度だからだ。ラウドミアの視力は矯正できないほど弱視である。

「確証はないんだけど、会う度にジンジャーが成長してる気がする。なんかこう……胸部のシルエットが」
「……かもなあ」
「まだ十七歳であのボリューム……」
「ラウディもサーに揉んでもらえば?」
「やめてくれよ、やだよ……」

 胸を守るように自分を抱きしめる。女同士どうこうではなく、ジーナ・パウルクレイと行為に及ぶのは遠慮したい。怖い上司の睦言など聞きたくない。
 ラウドミアの様子を見て笑っていたハウゼンが、ふっと紫煙を吐く。煙を浴びたラウドミアは、顔を目一杯しかめた。

「……ハウゼン、ランチ済んだ?」
「まだ。行くか?」
「シャワーしてからで」
「今日は一日こっちに?」
「午後は便利屋に遊びに行くつもり。ん、何か人手足りない?」
「いんや、暇なら稽古でもつけてもらおうかと」
「ハウゼンに?」
「なんでだよ。義足が壊れる気しかしない」
「はっは」

 コッコッ、とミリタリーブーツよりも硬いものが地面を叩く。ハウゼンの足音は特徴的なので、遠くにいても存在がわかる。耳の良いラウドミアならば尚更だ。
 鈴をつけた猫のようだ、と本人に言ったら機嫌を損ねるに違いない言葉を飲み込み、その場でぐっと伸びをした。

「じゃ、さっさとシャワーしてくるわ。お腹空いたし」
「おう。で、返事は?」

 背中にハウゼンの腕が回り、腰を引き寄せられる。太い指先が煽るように腰を撫でた。
 ラウドミアが小さく笑いながらもたれかかると、ハウゼンもくすくす笑う。

「ディナー後のデザート、届けに行くよ」
「極上のを頼む」
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