英雄になるための数


「とてつもなく優秀な女性が協力してくれることになったんだ」


 銃の乱射だ。よくあることであってはならないのだが、銃社会のアメリカでは起こりがちだ。
 仕事の関係でモンタナ州に立ち寄っていた俺は、偶然銃声を耳にした。慌てて現場に向かい、現地市警察に身分を明かし協力することを伝えると、ジャンキーグループが銃を乱射した後カフェに立てこもっていると教えてくれた。カフェ店員が二名、人質になっているらしいことも。既に死傷者が出ていることもあり、犯人の生死は問わないという空気が流れていた。
 警察官がカフェに電話をかけ、接触をこころみるが、まともな会話にすらならない。精神状態が危うすぎるのだ。いつ人質を殺してもおかしくない状態だった。
 放置しても人質の生存率は下がる。突入しても危険は変わらない。
 緊張する現場で、いよいよ俺に狙撃の話が振られた。
 ただ、カフェはブラインドが下ろされ、中の様子がうかがえなかった。なんとかして犯人を窓辺に誘導しないことには、スナイパーとて十全な働きはできない。人質がいるのだからなおさら、細心の注意を払う必要がある。
 突入と狙撃との話をつめようとした時、突然女性が我々の輪に入ってきた。
 私服だったが、その体つきは一般女性とは程遠かった。服の上からでもよく鍛えていることが分かり、無駄な肉など一切無い。瞳はどこか薄暗いのに、鳥肌が立つような鋭さがあった。ヒップホルスターにはピストルが一丁。彼女の足元には中型の雑種犬が一匹、おりこうに座っていた。
 避難を促さなかったのかって?しなかったさ。警察官の反応から、彼女が完全な部外者ではないと察したからな。彼女を見る目は"畏怖"と"嫌厭"だった。貫禄だけは一人前な警察官でさえ、彼女の姿を見て恐れ、不快感を露わにしたのだ。
 彼女は、向けられた視線など意に介さず、ぞんざいに身分を提示した。彼女は保安官補だった。同州内で別郡の、ではあるが。ただのオフで、通りすがりに立てこもりに遭遇したようだった。
 市警察は何故か、食い気味に彼女の協力を認めた。そして彼女は犯人の数と人質の数を確認すると、すぐに雑種犬の名を呼んだ。片耳が途中で折れた愛嬌のある犬は、心得たとばかりに立ちあがり、尻尾を揺らしながらカフェに歩いて行った。
 犬はカフェの様子を窺って戻ってきた。何を言っているか分からないと思うが、本当にそう見えた。カフェの前をうろつき、控えめに何度か吠え、軽やかに飼い主のもとへ戻ってきたのだ。
 彼女が犬にWaitを命じると、犬は警察車両の横に座った。入れ違いに、今度は彼女がカフェに向かった。
 さすがに止めた。彼女も人質も危ない。だが、彼女を止めかけた俺を、市警察が止めた。
 彼女はカフェの中から死角になるよう動いていた。しゃがんだ体勢であんなに早く移動する人間を俺は初めて見た。狩りの最中のクーガーを……日本語だとピューマと言った方が通じるか?それを連想するくらい、静かで獰猛だった。
 彼女は腕の力だけでカフェの屋根に登り、裏手に移動していた。そこからは何が起こったのか見えなかったが、彼女は裏口から中に入り、身一つでジャンキーを制圧してしまったらしい。
 銃?使っていなかったよ。ジャンキーは二人が死亡していた。忍び寄り、首をこう、コキリとな。静かでお手軽な方法だ。生き残った一人は、仲間を喪った最後の一人だった。死んでこそいなかったが、腹を強く殴られて気絶し、彼女によって容赦なく拘束されていた。
 何が起こったのか、俺はよく分からなかった。
 彼女は用は済んだとばかりに、愛犬と移動してしまっていた。ただコンビニに寄っただけのような、何の疲労も感じられない後ろ姿だった。
 彼女が去ったことでため息を吐く市警察に聞いてみたところ、この州ではよく知られた人物らしかった。クーガーとグリズリーと雑種犬を従えた英雄であると同時に、三桁に及ぶ人間を殺戮した狂人であると。
 まあ待て。情報はまだある。市警察は口々に、彼女の武勇伝を話してくれたよ。
 彼女は、ミネソタ州にあるホープカウンティの所属なんだそうだ。知らなくても問題はない、まごうこと無き田舎だからな。ホープカウンティに配属された彼女は、初仕事がカルトとの全面戦争だった。言葉通りだよ。ホープカウンティはある終末思想のカルトによって支配されていた。
 彼女……正確には"彼女ら"が、ファーザー、つまり教祖を拘束したのが戦争の発端だ。それがカルトへの刺激となり、破壊的カルトの活動を煽ってしまったのだ。何より不運だったのは、本部に信者がいたことだろう。ホープカウンティの悲劇を伝えて応援を呼ぶことも出来ないのだからな。彼らは信者のことをペギーと呼んでいた。
 一度はファーザーを拘束したものの、ヘリは堕とされ、仲間は拘束され、応援も呼べず、彼女はたった一人で立ち向かうことを余儀なくされたんだ。カルトに完全マークされた状態でな。現地のレジスタンスと協力し、右を見ても左を見てもペギーだらけという絶望的な状況を打破するべく駆けずり回ったらしい。
 いわく、数十のカルト拠点を一人ないしは二人で潰した。
 いわく、スニーキングが得意で、銃を使わず拠点を確保したこともある。全員コキリ、だな。
 いわく、ヘリをライフルで撃ち落とし、戦闘機をロケットランチャーで撃ち落とす。
 いわく、カルトに目を付けられ二桁に上る回数誘拐されたものの完全に洗脳されることはなかった。
 いわく、ドラッグの使用も厭わず、常に数種類複数所持している。
 ホープカウンティの住人からは大層慕われ、信頼されているようだが、ホープカウンティを出るとそうでもない。民間人に手を出していないとはいえ、人間を殺した数が尋常じゃない。立てこもり事件のことも考えれば明白なんだが、彼女は殺人に関して抵抗がないようなんだ。
 敵は殺す。それ以外は助ける。
 カルトとの戦争があったからそうなったんだろうって?いいや、俺は同意しかねる。あれは彼女の一種の才能だろう。でなければ、いくらそうせざるを得ないからといって、毎日毎日人を殺し続けることなど出来ないさ。敵地にたった一人で正気を保ったこともそうだ。ただ見られているだけではない。破壊的カルトはピストルも火炎放射器も機関銃も、なんでも持っていたんだから。
 一通り話を聞いて、片田舎に置くには優秀過ぎると思った。都会に置くには物騒すぎるとも、正直思ったがね。なんせ、犬だけではなくクーガーやグリズリーもペットなのだから。

 
「……赤井さん、その人がこの度、FBIに引き抜かれて組織との対決に協力してくれるってこと?」
「ああ。心強いだろう?」
「……ペットは?」
「留守番だそうだ。代わりに、武器を持っていく許可をくれと」
「……武器?」
「お馴染みのM1911はもちろん、AR-CL(スナイパー)、M60機関銃、RAT4(ロケットランチャー)を希望しているらしい」
「候補じゃなくて全部なの!?」
「心強い味方さ。ただ、組織構成員の生け捕りが難しくなるだけで」
「それは大丈夫じゃないよ!」
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