過去とは続々




演練場へは時空間転移門を用い、政府が管理するこの世のどこかへ移動する。最先端の科学と呪術によって作られた戦場だ。

通常の演練の組み合わせは、互いがそう打ち合わせない限りランダムで決められる。練度の幅と試合数を審神者が指定すると、条件に当てはまるよう政府が振り分ける。総当たり戦が基本ーー当人の希望で変更は自由であるーーとなるため、ニ試合と設定したら三人の審神者が集まることとなる。

この度の演練で集まったのは四人。女審神者の数が少ないこともあり、女は彼女一人だった。

試合をする部隊を率いた審神者が集まり、短く自己紹介をする。名乗ったものは本名ではなく、各々が設定している審神者名だ。近侍を連れていたり、暇をしていた刀剣を連れてきている審神者もいる。

二十歳を過ぎたばかりで審神者歴一年という「木綿」、こんのすけを連れてきている。三十を過ぎてから勧誘されたという審神者歴五年の「如月」、暇をしていた刀剣を連れているので少々人数が多い。二十代後半で審神者歴三年の「陸」、近侍だという鯰尾を連れている。そして彼女。

「五年ってなると、ベテランすね!胸を借りるつもりで頑張りまっす」
「あはは、でも俺はまだまだですよ。若いっていいなあ……」
「あ、五年目っていうと、まだ情報規制厳しかったときですか?」
「いや、かなり緩和されてましたよ。今十年近く審神者されてる方は、相当苦労されたと思いますが……」

初戦の刀剣が移動し、木綿、如月、陸が観戦席について話し込む。一方、木綿のこんのすけ、如月の暇らしい刀剣ーー厚藤四郎、乱藤四郎、加州清光、蛍丸ーー、まだ試合に出ない刀剣らも穏やかに世間話をしている。

最初の試合は、彼女の部隊と陸の部隊だ。彼女は審神者たちの会話にも入らず、合戦場を呆然と眺めていた。部隊の様子がうかがえ、また観戦席のモニターでも刀剣を見ることができる。

「女性の審神者は少ないから、なかなか大変だと聞きいたんですけど。やっぱ男所帯は不便なんすか?」

一人でたたずむ彼女に、木綿が物怖じせず話しかける。崩れた敬語といい、人懐っこい笑みといい、やんちゃな男子高校生を彷彿とさせる。ちなみに木綿は、木綿豆腐からきているとのことだ。

「いえ、私は特に。あまり気にしないので」
「へー!俺女審神者さんはじめて会ったんすよね。良かったら仲良くしてくださいよ」
「ほどほどに」

淡々と返すと、木綿が短く笑う。黙りこくっていた彼女にも存外話が通じると分かったからか、陸や如月も積極的に話しかけるようになった。

初対面の審神者が必ず行うと言われる初期刀の話題と近侍の話題が終わった時には、一試合目も終盤だった。モニターを見ても、戦闘の指示を出す審神者は滅多にいないのだ。

彼女の部隊は打刀が三振に短刀が二振。陸の部隊は打刀が四振に太刀が一振、大太刀が一振。陸の部隊が優勢で、和泉守兼定と宗三左文字、燭台切光忠が残っている。一方彼女の部隊は、小夜左文字と歌仙兼定を残すのみだ。

彼女はモニターを見つめるも、焦った様子はない。対戦相手の陸が、不思議そうな顔で並んだ。

「……もう慣れてらっしゃるんでしょうか。女性はこういう場は苦手だと思っていました。治るのは、治りますが」
「元々、苦手でもないです。グロいのは」
「子供を戦わせることにも抵抗はないのですか?」
「……全て、私の刀です」

彼女は陸を一瞥すると、斜め後ろに控える鯰尾に目をやった。鯰尾がへらりと愛想笑いを浮かべる。

「うち、刀剣少なくて、鯰尾藤四郎もまだいません。せっかくなので、握手してもらっても?」
「えっ!?俺?」
「はは、どうぞ。そう珍しい刀でもありませんが。鯰尾」
「あ、どうも……」

しどろもどろな鯰尾に、陸だけでなく如月や木綿も笑う。比較的出会いやすい刀剣に握手を求めるとは、彼女も面白い審神者だ。「私の刀」発言といい、刀剣男士を刀として扱いつつも敬っているのだろうーーと、和やかな空気になったのも束の間だった。

試合終了の合図が響く。試合は陸の部隊の勝利に終わっていた。観戦席にいる審神者も刀剣も、試合を終えた部隊へ視線をやるーー彼女以外は。

鯰尾も同じ本丸の仲間に声をかけようとして、まだ手が離されていないことに気付いた。怪訝さを隠さず彼女を見れば、彼女はじっと鯰尾を見つめているではないか。

「え……あの」

合戦場からは、二つの部隊が走り戻って来ているーーなぜか彼女の部隊は、全力疾走であった。なりふり構わず、髪や着物を乱しながら。先頭は小夜左文字だ。機動に優れるへし切り長谷部はレベル差からか後ろにいる。ただ不思議そうな顔をしているので、部隊の仲間に釣られて走っているようだった。

試合には敗れてしまったが主に労われたいのだろう、そう思った如月は微笑ましそうに、木綿はけらけらと笑っている。観戦席の刀剣も笑いながら次の試合の準備をしているが、陸と鯰尾は違った。

「あの、俺みんなの所に、」
「短刀がいないのは、たまたまかと思っていました」

脈絡のない言葉だが、陸と鯰尾が動きを止めるのには十分だった。陸が、鯰尾の手を握ったままの彼女の腕を掴む。

おかしな空気に他の審神者や刀剣が、二人と一振をうかがいはじめた。

「鯰尾を離してください」
「他の本丸の方針はしったこっちゃねーのですが、刀に無礼を働くことは見逃せません」
「何勝手なことを……いいから、離して」
「脇差と短刀と、蛍丸。青江は例外?」
「っあんたいい加減に……!」
「彼らは刀であって、子供でも着せ替え人形でもない。鯰尾藤四郎は脇差の付喪神であってーー」
「離せ!」
「ーーあなたを慰めるための存在じゃない」

瞬間。

陸の首元に抜き身の歌仙兼定、彼女の前に小夜左文字、さらに彼女の刀剣たちがそれを囲む。鯰尾藤四郎は自由な方の手で脇差を抜き、彼女へ向ける。

観戦席が水を打ったように静まる。

如月と木綿の刀剣は、主が首を突っ込まないよう、主に害が及ばないよう、刀にてをかけていた。

「歌仙」
「彼が、刀を下ろさないことには」
「……あなたが俺の腕を離せば」
「うん」

彼女が鯰尾を離すと、鯰尾は宣言通り自身を納刀した。歌仙も刀を納め、彼女を下がらせる。

「僕らのいないときにそういう話をするなと、何度言えば分かるんだい」
「いない方が警戒されない」
「主に何かあったらどうするんだ……全く」
「うん。守ってくれるから大丈夫。さてさて」

遅れて戻って来た陸の刀剣が、陸を囲って彼女へ敵意を向けてくる。彼女の刀剣も迎え打ち、空気がピンと張り詰めていた。

中心となっている彼女は、睨む陸やその刀剣を見もせずに、ポケットからボールペンを取り出すと、そのキャップを外した。すると、彼女のこんのすけがボールペンに入るであろう体積を無視して現れた。

緊張した空気が意図せず緩む。彼女は空中に投げ出されたこんのすけを抱きとめると、陸を示した。

「当たりだった。連絡して」
「審神者様、一応申し上げますが、こんのすけは伝書狐ではなくナビゲーターです」
「うん。毎回聞いてる」

こんのすけは諦めたように息を吐き、そのまま沈黙した。役人と接触をはかっている証拠であり、彼女は無表情ながらこんのすけの頭を軽く撫でる。

彼女とこんのすけのやりとりに顔を青くしたのは陸だった。陸の刀剣は複雑な表情だ。蚊帳の外だった如月や木綿は、一連の流れと陸の反応から漠然と事態を察していた。

陸の鯰尾藤四郎は、呆然と彼女を見つめていた。





鯰尾は別の本丸に迎えられ、最初に手入れをされた。契約の上書きとして再顕現と名乗りを行い、真新しい気持ちで生活を始めた。

元主の審神者は、再教育期間としてしばらく審神者の業を離れることになったようだった。刀剣は、主の復帰を待つと顕現を解いたものが数振、退屈だからと刀解を希望したものが数振、需要と供給の一致で引き継がれたものが数振。

鯰尾を引き取った審神者は、摘発のきっかけとなった女審神者で、訳あり刀剣というものに慣れていた。再契約後の第一声が「トラウマ、苦手なもの、嫌なことをおもいだすものや行為は?」である。鯰尾はそういったものは無かったので首を振った。

鯰尾は大和守安定、愛染と同じ部屋になっていた。部屋割りに決まりはないようだが、希望がない限りは迎えられた順番で割り振られる。基本はーー薬研、前田、五虎退が例外だーー二人部屋だ。新入りを一人部屋にしないようにと一時的に三人部屋が出来るのは毎度のことらしい。

鯰尾は、短刀一振打刀一振に脇差を入れるより、今剣と小夜の短刀二振部屋に入れたほうが窮屈でないのでは、と思う。しかし、審神者が部屋割りを見つめて決めたことなので、なにかこだわりでもあるのだろうと従っていた。ちなみに、鯰尾より少し前に迎えられた長谷部は、最初歌仙兼定と乱藤四郎の部屋に入っていたらしい。山姥切は、一人部屋になった長谷部と一緒である。どういう規則で割り振られているのか謎だ。

鯰尾は顕現されてしばらく経つが、練度は低い。戦闘の経験がないに等しく、難易度が低いといわれる戦場へ出陣している。育成部隊は新参の鯰尾と山姥切の他、刀剣が代わる代わる入っている。

その日、出陣を終えた鯰尾は、広大な敷地を散歩して夕飯までの時間をつぶしていた。池にかかる橋で立ち止まると、じっと水面を見つめる。水面に映る鯰尾藤四郎は浮かない顔だ。池のなかでは、大きな鯉が悠々と泳いでいた。

「なーまーずお」

陽気に呼ばれて見ると、乱藤四郎が片手を上げている。彼は朝から本丸内の高練度刀剣と出陣し、そのあとは自由となっていたはずだ。午後、内番の手伝いをしているのを目撃していた。

乱が黄昏ていた鯰尾の隣に立つ。鯰尾はいつも通りに笑った。

「はやく俺も強くなりたいなあ」
「なれるよ。でも追い越されると複雑」
「乱を追い越すなんていつになるか」

この本丸で、最も練度が高いのは小夜左文字だ。次いで初期刀の歌仙兼定、獅子王、僅差で大和守安定と乱藤四郎。朝から出陣していたのもこのメンバーである。

小夜の練度が高いのは、他の本丸からの引き継ぎの関係であるとはいえ、他の短刀の練度も底辺ではない。皆出陣、遠征、手合わせをこなしていることが分かる練度だ。

鯰尾藤四郎が元いた本丸にも、当然短刀はいた。ここよりも多い数の短刀が顕現されていた。ただ戦に出たことも手合わせをしたこともなく、練度は鯰尾と同じ一。子供らしい振る舞いを求められ、刀を振るうことは許されなかった。

「悪い人じゃ、なかったんだ」

蛍丸をのぞき、にっかり青江と打刀以上の刀剣は出陣していた。無理な進軍はなく、手入れも食事も睡眠も自由な時間も許された。ただ、見た目が幼い刀剣が戦うことをよしとしない。彼らが刀でなかったならば、とても優しい本丸運営だ。事実、一部の短刀は、刀としての本分を忘れていたように鯰尾は思う。

鯰尾は顕現してからというもの、審神者に常に付き従っていた。突出してはいなかったが、バランスよく仕事の出来る人物。かなり甘いところは確かに欠点だが、悪人ではなかった。

以前、自分達は刀剣なのだと訴えたこともある。その時審神者はひどく動揺し、精神的にショックを受けていた。以来、鯰尾らが強く訴えることはなくなった。

「恋人によく似ているんだって」
「……鯰尾が?」
「うん。あの人は俺を辱しめた意識がないんだ。俺も別に恨んではないし」
「……ならなんで、主に仕えることを希望したの?その人が帰ってくるのを待っても良かったんじゃない?ボクが言うのもなんだけど、この本丸って和気藹々とは遠いでしょ」
「なんでだろ、羨ましかったのかなあ。あの人が主に突っかかったとき、主、刀剣のことを自分の刀だって言ったんだ。なんだかな、いいなあって思ったんだよ」

いくら大事にされていても、決して鯰尾藤四郎に向けられることはないであろう言葉だ。刀として生きることを諦めかけていた鯰尾は、己の中で武器としての矜持が叫んだ気がした。そうだ、自分は戦うための存在なのだと。

あはは、と乱が笑う。乱は留守を預かっていたためその場面は見ていないが、想像は容易だった。

「主は僕らを、基本刀だと思ってるからねー。僕らを喜ばせるつもりとかなくて、本当にそう思ってるんだよ。ただの刀で、所有物」
「……聞きようによっては冷たいけど、人に使われるモノとしては、これ以上ない言葉だよな」

俺も、あんなふうに主の刀になれるかな。そう鯰尾が呟いたのは、無意識のことだった。
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