わたしのヒーロー


 総人口の約八割が、何らかの特殊能力を持つと言われる今日この頃。
 わたしも例にもれず、"個性"と呼ばれるそれを持っていた。この呼び名もどうかと思う。個性と無個性。なんだか差別しているように聞こえる。
 個人に特有の特殊能力を持った人間は、それを生かして犯罪に走ることもある。能力者に非能力者が立ち向かうことは難しく、当然、能力者の相手は能力者がつとめる。
 つまりヒーローだ。能力者なら誰でも憧れる"職業"であり、一流ヒーローを数多く輩出している雄英高校を目指す子供たちは多い。
 まあ、そんなことはどうでもいい。

「疲れたなあ……」

 わたしは学校の外階段に座り込み、何をするでもなくぼーっとしていた。抱えている鞄には、何度目かの進路調査票が入っている。
 わたしは内申点こそいいが、体力は平凡で見栄えのしない個性で、勉強だって中の中。雄英高校を目指すには苦しいし、そもそも、雄英高校に対する憧れとか、そういったものもない。今までの進路調査は、家から通える範囲にある高校の名前を適当に書いて出していた。
 普通の高校に行くことが、悪いとは思わない。雄英高校に入れたなら、現役ヒーローや未来のヒーローたちとお近づきになって貴重な経験が出来るのだろうけど、どこの高校であっても新しい人間関係を築いて得るものは多いはずだ。場所なんてあんまり関係ないと思う。自分の捉え方次第だ。
 なのに何故こんなに悩んでいるかと言えば、何を目指せばいいか分からないからだった。
 どこで働いていきたいか、そろそろ考えなければと思うのに、どうすればいいか分からなくなっていた。高校受験で考え過ぎでは、とも思う。でも、目指すものを持って動かないと、わたしは上手く走れない。
 中学は良かったのだ。先生や友達と仲良く、生徒会長も務めていて、理想の生徒だと自負している。そうあることを目指したから。
 高校でも同じようにすれば失敗はしないし、それなりに充実した生活にはなるのだと分かっている。分かっているが、なんというか、疲れたのだ。
 家に帰る気になれず、時間を浪費していると、階段を下りる音が聞こえてきた。寒くなってきたこの時期に外階段を使う生徒は少ないが、皆無ではない。
 足音は一定のリズムで近づいてくるが、ふと止まる。わたしを見つけたのだろう。足音は数秒ためらってから、また階段を降り始めた。
 座り込むわたしを通り過ぎる。挨拶はされなかった。あまり親しくない生徒らしい。
 わたしの横を完全に通り過ぎると、全体が視認できるようになった。
 白と赤の髪。それだけで、特定は可能だった。

「轟くん」

 同じ学年の轟くんである。わたしは役職柄多くの生徒と関わるけど、轟くんとの接点はない。
 一度も同じクラスになっていないし、轟くんは大勢でつるむタイプでもないし、問題児でもない。
 轟くんはある有名ヒーローの息子さんで、所謂サラブレットで、実際実力が抜きんでていて、おまけに寡黙なので、近寄りがたい印象が強い。
 声をかけたのに理由はない、と思う。一回くらい話してみたいと思っていたのは事実だけど。
 轟くんは怪訝そうにして立ち止まっていた。律儀だ。

「……あんた、会長か」

 自校の生徒会長の顔は知っているらしい。嬉しい。
 何か用か、と轟くんはズボンのポケットに手を突っ込む。話を聞いてくれる姿勢っぽい。

「……轟くんって、雄英高校志望だったっけ」
「この前、合格通知がきた」
「推薦枠か。おめでとう」
「ああ」
「……雄英ってことは、轟くんもヒーロー志望なんだよね」
「架代もか?」
「いや、わたしは何も。というか名前知ってるんだ」
「よく呼ばれてるからな」
「それもそーね」
「用がねえなら、行くぞ」
「……轟くんは、どうしてヒーローになりたいの?」

 ちょっと嫌そうな顔をされた。轟くんはどこか遠いところを見て、さあな、とだけ言った。
 よく知らない人間に対して、試験でもないのに志望理由を語るということに抵抗があるのだろう。そりゃあそうだ。
 轟くんは面倒くさそうな雰囲気で、わたしに問い掛け返してきた。興味はなさそうである。

「架代はヒーローを目指さねえのか」
「華々しい個性じゃないし」
「……少し、意外だな」
「そうかなあ」
「頼りにされてる、ようだから」
「……頼られてるかなあ」
「……」
「……ちょっと疲れたんだ」

 難しい友達がいるわけでも、厳しい先生がいるわけでも、家庭環境が悪いわけでもない。むしろ、環境には恵まれている自覚がある。
 頼られている自覚も、ちゃんとある。期待には応えたいし、相応の責任を果たしたいし、それが充実していて楽しいと思うこともある。
 ただ、ちょっと疲れたのだ。
 ――自分の個性を生かす道を見つけて、困っている人々をほんの少しでも助けたい。そうして必要とされることが、何よりの喜びだ。――
 そう思うことが、今のわたしには出来ないのだった。

「……誰かの為になんて、踏ん張るエネルギーにはなっても長続きしない」
「……」
「見返りを求めてるわけじゃないんだけど、自分を大事にする方法が分からなくなってきた。誰かが喜んでくれることが、何より嬉しかったのに……あーごめん、忘れて。ポエマーみたいで恥ずかしい」

 相談するのは苦手だ。つるっと話してしまったけど、恥ずかしいし居心地が悪い。穴を掘って埋まりたい。
 髪を指に巻き付けて冷静を取り戻す。なぜかまだ立ち止まっている律儀な轟くんを見て、へら、と笑って誤魔化した。

「頑張ってるだろ」

 誤魔化されてくれなかった。

「架代は、頑張ってると思う。集会の挨拶とか、教師と生徒の橋渡しとか。生徒会関係の資料も、大体あんたが作ってるって聞いた」
「……」
「それだけちゃんと頑張ってるんだから、ちょっと手ぇ抜いたって誰も文句ないだろ」
「……頑張ってるかなあ」
「俺でもそう思うんだから、他の奴らも思ってんだろ」
「……わたし、頑張れてたんだなあ……」
「……っおい、なんで泣く」

 お礼を言われたり褒められる機会は多々あるけど、今はじめて認められたような気がした。
 ありがとう、とか、すごいね、とか。そういう言葉ももちろん嬉しい。結果が受け入れられたってことは、わたしのしたことは間違いではない、ということで。
 でも、その結果が十二分なのかどうかは、わたしには測れない。
 だって、期待に応えたいと思っても、どこまで期待されているか分からない。だから精一杯の結果を返すけど、それが果たして十分だったのか。もしも期待されていたレベルに及んでいなかったら、と考えると怖くて仕方がない。
 結果が全て。そりゃあそうだ。ただ、ちょっとだけ、わたしも頑張ってるんだよって主張してみたかった。努力を見せつけるのは好きじゃないけど、少しだけ、わたしのことも認めてほしくて。
 疲れていたのだ。目指す場所へ、歩く元気もなかった。

「とどろきくん」
「今度はなんだ」
「とどろきくんは、ちょーかっこいいヒーローになれるよ」
「……気が早いな」
「だって、わたしを助けてくれたから」

 轟くんはちょっとだけ目を見開いて、頭をかきながらため息をついた。心底呆れた、というよりは、しょうがないなって感じの仕草だった。

「なら泣き止め」
「んふふ、無理かも」
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