過去とは続


乱藤四郎は、刀剣男士の一人である。見た目が限りなく人間でも本体は短刀であり、華奢で可憐な印象を与えても男士だ。彼は例外なく、正真正銘刀剣男士なのである。

刀は唯一だが、刀剣男士は複数存在する。本体の短刀に宿るつくも神が、枝を伸ばすように自身を分散させ、複数の審神者による顕現を可能にしているためだ。いわゆる分霊のような存在は、それぞれが意志を持ち、本体である刀を持っている。

ある審神者によって顕現された乱藤四郎の一分霊は、その審神者の初鍛刀であった。平和な時代に育っただけはある、戦いに関する知識も資質もない平凡な審神者だった。しかし乱藤四郎は、ちゃんとこの審神者を慕っていた。刀剣男士は基本的に審神者を慕う性質だということも一因である。

「主ー!ただいま!お土産!」

遠征から戻り、隊長である乱は、道中で摘んだ遅咲きの桔梗を手に、審神者の仕事部屋を訪れた。

普段は遠征であれ出陣であれ、審神者は出迎えに玄関まで出るのだが、今は月終わりの書類整理で忙しい時期だ。出陣で怪我を負い、騒々しく帰還したならまだしも、遠征からの帰還は気づかなかったようだ。

古参である乱はそれを知っているため、何ら気にしていなかった。他の刀剣に資材の運搬を頼み、自分は報告のためにと審神者の仕事部屋へ走ったのだ。

「あ、乱おかえり。ごめん、気づかなかった」
「いいよー、忙しいの知ってるもん」
「桔梗?」
「うん!お土産。庭に咲いてたの枯れちゃったし」

庭、といいつつも花を育てているわけではない。敷地内に咲いている野生の桔梗である。

乱は、仕事部屋にある一輪挿しを持って部屋を出、一番近くの手洗い場で水を汲むと、桔梗をさして定位置に置いた。

「まだ咲いてるところあるんだ」

審神者をおどろかせるには、極力出先で物を調達すること、仕掛け人が複数ある場合は屋敷内で会議しないことが必須である。審神者は何かを見聞きしても気にしないが、驚かせる側としてはやはりその反応を楽しみたいのだ。

審神者が遠征記録のテンプレートを準備したので、乱は必要事項を述べていく。審神者は慣れた様子でキーボードを叩き、乱もさくさくと報告を終わらせた。

「主、休憩とってる?」
「うん。ちょこちょこぼーっとしてる。今日中には終わるよ」
「お疲れ様だね」
「乱も。あ、そうだ。乱はこれから……夕飯準備か。新入り君が今、本丸見回ってそのまま畑にいるんだ。彼を先に風呂に突っ込んで、一緒に夕飯してくれる?」
「はーい。出陣組戻ってたんだ」
「うん。また出たよ」

新しい仲間、十三振り目の刀剣がやってきていたようだ。顕現されていきなり畑行きとは、その刀剣はさぞ複雑だろう。単にタイミングの問題で、審神者は深く考えていない。

乱は時間を確認しつつ立ち上がる。新入りを風呂に突っ込み、自分も着替えて食事の準備をしなければならない。じゃああとでね、と退室しかけたが、審神者に呼び止められる。

「桔梗、ありがとう」

表情の乏しい審神者が、珍しく相好を崩していた。




乱は厨ーー床上と土間とあるが、土間の方だーーに到着すると、大きな冷蔵庫の前に仁王立ちした。冷蔵庫にはホワイトボードが二つ設置されており、一つには刀剣の好みが書き込まれている。もう一つの大きいホワイトボードには、冷蔵庫に入っている食材と収穫されて利用できる食材が書いてある。さらに、料理の引き出しがあるわけがない刀剣のため、メニューが青いペンでかかれており、レシピが磁石で貼り付けてあった。

今日の夕食は茶碗蒸し、豚肉と大根のべっこう煮、アスパラの昆布じめ、いわしのつみれ汁。

「畑の次は厨とは……写しにはこれが相応しいとでも言いたいのか」
「あ、きたきた山姥さん。そこに下駄履いて降りてー」

上下黒のジャージにボロ布を被った新入りが、不服を隠さず立っていた。彼、山姥切国広用の部屋着や内番服が届くのは明日になるため、彼が着ているのは新入り用として審神者が管理しているジャージである。風呂上がりで汚れを落としているにも関わらず、ボロ布を外す気はないらしい。

余談だが、山姥切を風呂へ案内して使い方を説明するついでに、乱も入浴を済ませている。着ているのは戦装束でもなく内番服でもない部屋着だ。以前審神者に買ってもらった部屋着は、フードにうさぎの耳がついている。

乱は少し湿っている髪を簡単にまとめて、山姥切を手招きした。

「腑に落ちないのは分かるけど。新入りは内番と手合わせで肉体に慣れるって言ってるでしょ」
「写しだからと侮られたくはない」
「主は侮ってなんかないよ。食事も、普段は主が中心で作ってるんだ。月末は忙しいから、そこそこ料理出来る刀がやってるけどね。ああ、けど、新入りのお料理技術みるのは恒例だよ。山姥さん、この大根洗って」
「……それもなんなんだ、先ほどから。年が変わるわけでもない」
「見た目にのっとってるの!せっかく肉体あるんだし。はいはい洗って洗って」

乱は山姥切に春大根とアスパラガスを押し付ける。春大根は最近のサラダに必ず登場する人気者だ。生で食べるのが美味しい春大根は、とうとう火を通されるらしい。

乱は茶碗蒸しの器を棚から出す。十五組あるので問題はなかった。次いで、鍋やら包丁やらを準備する。とりあえず必要な調理器具を出しておくのは審神者のクセだった。

「この本丸のことは、大体聞いてる?」
「ああ。今剣と、愛染に。内番のことと、審神者が変わっているということは」
「なにか分からないことがあったら、気軽に聞いてよ。本丸のことでも主のことでも。それに、うちはまだ数少ないから、すぐ戦いに出られるよ」
「……俺で十三振目だと聞いた。少ないのか?」
「経歴と刀剣の数は、本丸によってばらばらだけど。ホラ、部隊が二つしか出来ないでしょ?内番のこと考えると厳しいところもあるんだよねー。その分、主が色々してくれるけど。ちなみに一番戦場に出てるのは、唯一の太刀の獅子王さん」
「……ふん」

なんとなく不機嫌そうな、苛立っていそうな、そんな感じだ。深くかぶった布で表情は見えない。

乱は大根の処理を山姥切に任せることにして、茶碗蒸しに専念することにする。パックに入った椎茸を出して、包装をはいでいく。

いわしのつみれ汁は後回しにする。いわしは、いつの間にやら叩いたものがボウルにまとめてあったのだ。審神者が気分転換にさばいたらしい。

「山姥さんはさあ。その布、取らないの?ちょっと汚れてない?」
「取らない。これは俺の一部だ」
「確かに顕現時にそうなんだから、一部なんだろうけど」
「……取らないぞ。綺麗とか、言われてしまうだろ」
「はらたつ!」

せっかく綺麗なんだから堂々とすればいいのにー!とわめく乱に「何を言っているか分からない」と山姥切が露骨に顔をしかめる。彼は自分の見目をしっかりと自覚しているにも関わらず、それをさらすことを嫌うらしい。

綺麗なら見せたいじゃん!褒めて欲しいじゃん!

「分かんないなあ。ん?てかさ、顔見られたくないなら、そんなボロ布じゃなくてもいいよね?」
「汚れているくらいが丁度いい」
「逆に目立つよそれ」
「……いや。汚れていれば、綺麗なものと比べるという気も起きないだろう」
「際立つよ!」

乱は、せめて毎日洗濯しようよーーと言いかけて止める。床上の厨に顔を向けると、やはり、審神者がやってきたところであった。床上にある冷蔵庫ーー土間より小振りで、よく出し入れされる飲み物や個人の食べ物が入っているーーを開けていた。乱が声をかけると、お疲れ様、と労われる。

審神者は専用のコップに緑茶をいれると、ぐいと飲み干した。

「主、終わったの?」
「うん。終われた。もう第一部隊戻るから、出迎えてくる」
「はーい」
「……山姥切、フードの大きいパーカー何着か頼んどくから」
「……何?」
「気に入らなければ、無理強いはしない」

乱の視線の先で、山姥切が顔をしかめている。審神者はというと、そのままさっさと厨を後にしてしまった。宣言通り、出陣していた第一部隊の迎えのためだ。

「乱……<俺>はいつもこれを被っていると、愛染と今剣に聞いたが?」

山姥切が、濡れたままの手で布のフード部分を引っ張る。乱は短く笑って肯定する。

「被ってる被ってる。演練にはあんまり行かないけど、どの山姥さんも被ってた」
「それなのにどうして代用品を与えようとする。そういう発想に至る?」
「ボクと話してたからだよ。<主がくる前に><ここで><綺麗だと言われたくないから隠す>んだって」

乱がもう一度笑うと、山姥切は目を見開いて、審神者の去った方向を見やった。






明日演練に行く事になった、と審神者が言ったのは、夕食の席での事だった。乱が訪ねた後に政府から連絡があったとのこと。演練とは、と疑問を浮かべているのは長谷部と山姥切だ。

「他の本丸にいる刀剣との試合だよ。自由参加で、主はまず参加されないけど。大演練という規模が大きなものも催される。今回は、通常の演練かい?」

歌仙が簡潔に解答し、審神者に疑問を投げかける。審神者は茶を飲みながら頷いた。

乱は審神者の隣に座って、豚肉と大根のべっこう煮を大皿からおかわりしていた。審神者が自身の取り皿を寄せてくるので、少量取り分ける。

「はい、主。ってことは、明日は出陣どうするの?」
「ありがとう。……演練終わって時間あれば、演練メンバーで出てもらうかな」
「出陣する刀が演練、に?」

長谷部が姿勢を正した状態で言う。審神者はゆるく首を振った。

「ううん。明日の出陣予定は、歌仙と愛染と……?」
「獅子王と小夜と薬研と俺、ですね」
「うん。内番が、青江と五虎退と山姥切で。遠征が後の、乱と前田と安定と、今剣だから変更で……。出陣だった獅子王と小夜と薬研は遠征に。で、遠征の前田と安定、演練に入ってもらって」
「では、出陣及び演練が、俺、歌仙、愛染、前田、安定。遠征が乱、今剣、獅子王、小夜、薬研。内番が青江、五虎退、山姥切、となりますね」
「あ、待って、乱……青江とチェンジ。留守をお願いする」

内番になるけどいいかな、と審神者は少し申し訳なさそうだ。乱も刀である。じっとしているよりは外に出ている方が好きだが、留守を頼まれるのはそれだけ信頼されているからだと知っているので、快く頷く。これは乱か歌仙の役目なのだ。



乱藤四郎は、この審神者の初期鍛刀である。霊力が豊富であるとは言えない審神者は、それ以降そう簡単に鍛刀出来ず、戦場で拾うことも少なかったため、歌仙、乱、審神者のみの時期が他の本丸よりも長かった。

審神者が刀集めに積極的でなかったことも一因した。政府やナビゲーターの管狐からせっつかれようが、のらりくらりとかわした強者である。

そうであるから、乱と歌仙は刀剣の中でも審神者をよく知っていたし、今いる刀剣がどのようにして仲間入りしたかも知っている。

「今いる十三振……歌仙さん除くと十二振の内、主が鍛刀したのはたった三振。戦場でのどろっぷってやつは四振。あとの五振は、別の本丸から引き取ってきた刀剣だよ。小夜くんの練度が僕や歌仙さん(古参)以上に高いのは、そのせいだね」

掃除や洗濯を終え、昼食の準備をしながら言った。昨晩の残りが少しと、今朝の味噌汁の残りと、用意してあったおかずを温める。三人で使うには十分な大きさの座卓を出して、昼食を並べる。

毎回昼食はあり合わせが多い。朝晩は全刀剣が揃うようにしているのに対し、昼食を本丸で摂る刀数が少ないためだ。遠征時はおにぎりを持って出、また出陣する刀剣は昼食を特にとらない。

「多い、ように思うが」
「多いよ。すっごく。普通刀剣の引き取りなんてないもん」
「僕も、元は別の所にいました。今の主様にお仕えしたいと言ったら、迎え入れてくださったんです」
「そうなのか……。で、その話をしたということは。政府からの連絡で参加する演練とはまさか、」

乱は苦笑で肯定する。どう転ぶかは分からないが、新たに刀剣を迎え入れる可能性は十分にあった。

「長谷部さんも、聞いてるといいんだけど」
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