to be, or not to be2




ボストンバッグをリュックのように背負い、片手には神機ケースを持って、わたしは極東支部のヘリポートに降り立った。
 各支部にそれぞれ特色があるとはいえ、支部を中心としたアーコロジーの形状や、外部居住区をアラガミ防壁で囲むという基本構造には変わりがない。ロシア支部から極東支部へはるばる移動しても、目に入る景色は大差が無かった。
 今や気候は変動し、街はアラガミが跋扈している。ロシアもそうだ。よって、四季折々の景色が美しいはずのかつて日本と呼ばれていた国に来ても、温泉を楽しんだり寿司を食べたり花火を見上げたり、なんてことは出来ない。どこだって資源はカツカツで、主食はジャイアントトウモロコシだ。悲しい現実である。

「ロシア支部からのゴッドイーターですね」

 輸送ヘリから離れると、ヘリポートの誘導員に声をかけられた。

「はい、ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ少尉です」
「お待ちしておりました。あちらの入口から極東支部内へどうぞ」
「ありがとうございます」

 ロシア語も堪能になったとはいえ、やはり日本語が耳に馴染む。
 中に入ると誘導員と分かれた。ここからは自力で行動しなければならないらしい。少々寂しいが、わたしは一兵士にすぎない。案内がつかないのも当然だろう。事前に送ってもらったフロアマップを端末に表示させ、まずは神機保管庫に向かって移動する。
 神機は、神経接続しているときは腕の延長として脳が認識するので、"重い"や"邪魔"とは思わないのだが、接続していないときはただの嵩張る重たい荷物だ。わたしの神機はバスターブレードという近距離刀身の中で最も重い種類なので、余計に重い。ゴッドイーターは身体能力が強化されているからまだいいものの、一般人が持ち歩くには凶悪な代物なのである。
 たどり着いた神機保管庫は静かだった。神機を放置していくわけにもいかず、神機の並ぶ空間に呼びかける。

「すみませーん。誰かいませんかー」
「なに?」

 無人と思っていた空間から返事があった。ひょっこり、銀髪が顔を出す。リッカさんだ。神機整備班の若き責任者で、腕のいい整備士である。アリサが白に近い銀髪だとすれば、彼女は黒に近い銀髪だろう。
 良く知った顔との対面に喜びたいのをぐっとこらえる。極東支部では、うっかり名前や情報を口走らないよう緊張せねばならない。

「えっと、極東支部に配属になりました、ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァです」
「ああ、聞いてるよ。新型なんだよね、楽しみだなあ」
「神機、預けて行っても?」
「いいよ。あ、わたしは楠リッカ。神機の整備とか調整をしてるんだ」
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく。そんな堅苦しくしなくていいよ」

 リッカさんは重い神機ケースをさらりと受け取って、少しだけ笑った。カッコイイとカワイイが共存している。これからわたしの神機は大いにリッカさんのお世話になるので、深々頭を下げた。ゴッドイーターは神機が無ければただの人なのだ。整備士の存在の大きさはロシアで思い知っている。
 神機保管庫の次は、自室となる部屋へ向かう。極東支部内のベテランゴッドイーターの部屋があるフロアの、一番奥がわたしの部屋だ。濃紺の絨毯を歩き、突き当りのドアの前に立つ。
 わたしの予想が正しければ、ここはリンドウさんの部屋だ。
 センサーに腕輪をかざすと、小さなディスプレイに『open』の文字が光る。手を触れずとも、質素なデザインのドアが横にスライドした。

「失礼しまーす……」

 入って右手にベッド、左手にはソファ。奥に一人用の冷蔵庫と、支部のエントランスにあるものと同じターミナルが設置されている。予想通りの間取りだ。
 タバコや酒のにおいがするかと思いきや、そんなことはなかった。わたしからすればオーバーテクノロジーな物品も多いこの時代、良い消臭剤があるのだろう。クローゼットは空で荷物は運び出されているようだが、ソファの背側の小物置きに写真立てが取り残されていた。正直、写真立てがなければ、ここがリンドウさんの部屋だと確信は持てなかっただろう。

「おお、こんな顔なのか」

 リンドウさんと、リンドウさんの姉の雨宮ツバキさん、幼馴染の橘サクヤさんが写っている。現在、ツバキさんはゴッドイーターを引退して管理する側にまわり、サクヤさんは第一部隊で活躍中のはずだ。
 先人の残した写真立て。もしくは、あえて置かれた写真立て。リンドウさんは死亡ではなく行方不明の段階なので、業者の清掃が入らず置き去りになったのかもしれない。
 前の方の忘れ物ですよ、と届けてもいいが、これを残した/置いたであろうツバキさんやサクヤさんのことを思うと触れるのを躊躇う。結局、そのままにしておくことにした。

「これからよろしくお願いします」

 尊敬する大先輩に頭を下げる。
 荷解きしようと思ったが、荷物なぞ変えの服しかない。"こちら"に来てから一月そこらでは物は増えないし、そもそもさして嗜好品のない世界だ。持ち物を増やすのも難しい。ボストンバッグをクローゼットに置いて、引っ越し作業は完了とした。


 続いて向かうは支部長室である。ノック代わりに腕輪をセンサーに読ませると、入室許可の電子音がしてドアがスライドする。
 軍と言えど形だけなので正しい作法もなく、わたしは挨拶しながらこわごわ足を踏み入れた。

「ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ、入ります」
「やあ、ようこそ極東支部へ。わたしはヨハネス・フォン・シックザール。この極東支部を統括している」

 デスクにつく金髪の中年男性が、静かな笑みを浮かべる。声は柔らかく優しいが、なんとなく背筋を正してしまう。上の立場の者らしい威圧感を感じるからだろうか。
 彼は腰を上げて、わたしと握手を求めてくる。慌てて応じた。

「ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ少尉です。はじめまして、シックザール支部長」
「ロシアからの転属、感謝する」

 ぐっと手を握られ、正直ちょっと奮った。シックザール支部長が何か企んでいることはしっかり覚えているのだが、嬉しいものは嬉しい。
 シックザール支部長が椅子に座り直す。わたしは自然と手を後ろで組んで立った。

「緊張しているね。ゴッドイーターとなって間も無いのに、部隊を預かるのは気が重いだろう」

 はい、その通りです。

「きみのデータは見た。とてもじゃないが、新兵の戦績とは思えない。素晴らしいよ」
「ありがとうございます。ですが、その……第一部隊の隊員を隊長に任命するのではなく、わたしを指名されたのは何故ですか」

 わたしはこの世界に来てから、色々と思い切りが良くなったように思う。

「自信を持ってくれ、きみだからこそ第一部隊を任せられる。きみは、きみが思っている以上に、実力のあるゴッドイーターだよ」

 わたしは事前知識というズルをしているので、褒め言葉はやや複雑だ。実力があると言われても、いまいち実感がない。これから戦う数を重ねるにつれて沸いてくるのかもしれないが、いや、それも難しそうだ。なんたって第一部隊には、わたしにとって最強のゴッドイーターと天才のゴッドイーターがいる。
 非常に複雑な心境なのだが、

「これは、きみにしか任せられない」

 わたしはこういう言葉に弱いのだ。


 ラボラトリは、支部長室よりは肩の力を抜けた。狐顔のペイラー・サカキが、親しい友達のように笑顔を向けてきたからかもしれない。

「予想より四三九秒早い。きみが噂の"新人詐欺"くんだね」

 肯定するには抵抗があったが十中八九わたしのことなので、斜めに頷いた。

「ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァです」
「わたしはペイラー・サカキ。アラガミ技術開発の統括責任者をしている」

 アラガミ関連研究の第一人者である。シックザール支部長も、元々は研究畑の出のはずだ。サカキ博士とシックザール支部長は、役職に就く以前からの長い付き合いだったような気がする。定かではない。
 フェンリルが大きくなり始めた頃の話や、ゴッドイーターが戦い始めた頃の話も見たような、見ていないような。肝心なところはてんで覚えていない。役立たずの頭である。
 サカキ博士はキーボードを軽快に叩きながら、わたしとの会話を続行する。

「色々と顔を合わせることになると思う。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「今日はゆっくりするんだろう?」
「第一部隊との顔合わせがあります。この後、雨宮ツバキさんのところに」
「ああ、そうだね。そういえば、きみはアリサとの面識はあるのかい?」
「ありません。名前を聞いたくらいで」
「そうか。……」

 サカキ博士はどことなく思案気だ。アリサに何かあったのだろうか。第一部隊で活躍しているはずでは、と考えてはっとする。そういえば、リンドウさんが行方不明となるきっかけの"任務時の不祥事"はアリサがきっかけだったのではなかったか。
 アリサは今、精神的に追い詰められているのでは?
 わたしは心の中で頷いた。そうだ、そんなこともあった。彼女のメンタルケアで新型同士の感応現象どうのこうの、主人公が頑張っていた覚えがある。忘れていた詳細部分を思い出してきたぞ。

「第一部隊隊長、大変だとは思うけど、どうか頑張ってくれ。期待しているよ」
「はは……」

 期待が重すぎる。わたしは後頭部をかきながら笑った。
 
 
 神機保管庫、自室、支部長室、ラボラトリ、ときて、次はブリーフィングルームに向かった。ツバキさんとの待ち合わせ場所である。第一部隊への紹介の前に話しておきたいことがあるからと、事前にメールがあった。
 指定された時間には早いが遅刻するよりはいいだろうとブリーフィングルームに入り、既にいらっしゃっていたツバキさんを見て一瞬呼吸が止まった。完全に油断していた。

「アゥッ……ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ少尉です」
「ようこそ、アナグラ(極東支部)へ」

 本日何度目になるか分からない自己紹介をする。
 足を組んで座っていたツバキさんは、バインダーを持って立ち上がる。服装も仕草も、全てが色っぽい人だ。部屋で写真を見ていたのでやや衝撃は少ないものの、仕草の色気までは分からない。同性でもドキドキするし、この色気で元バリバリゴッドイーターだったのかと思うとさらにドキドキする。
 新人/プレイヤー目線では"鬼教官"という印象もあるので、支部長以上に背筋が伸びる。仲間想いの優しい人なのだが、クールビューティーでちょっとばかりとっつくにくい。
 
「雨宮ツバキ中尉だ。第一部隊と第三部隊の管理、新人教育を担当している。これから少尉の上官にあたる」
「よろしくお願いします」
「よろしく。まあ座れ」

 ツバキさんが優雅に足を組む一方、わたしは式典ばりにきちんと座った。

「ヒノ、と呼ばせてもらっても?」
「どうぞどうぞ」
「では、ヒノ。聞いているとは思うが、先日、わたしの愚弟である元第一部隊隊長・雨宮リンドウ少尉がMIA認定を受けた。ヒノにはその後を任せることになっている。普通なら新人に任せるような仕事ではないが、戦績を見る限り問題はないだろう。支部長の推薦もあってな、ヒノに決定した」
「はい」
「正直に言おう。部隊の人間からは反感もあるだろう。そこは、すまないが分かってくれ」
「覚悟してます」

 わたしだって逆の立場だったら嫌だもんな。他支部のぽっと出新人が、ベテランの後釜で自分の上官だなんて。

「第一部隊には、ヒノを含めて六人が所属している。ソーマ・シックザール、橘サクヤ、アリサ・アミエーラ、藤木コウタ、如月ユイト。後半三人はヒノと同様にまだ新人だ」

 聞き慣れない、如月ユイトという名前。彼がおそらく、主人公の立場なのだろう。わたしがいなければ、第一部隊隊長に任命されるはずの人物だ。新人でありながら第一部隊隊長を務め、ベテランに背中を預けられる天才ゴッドイーターである。

「アリサと面識は?」
「ありません。名前は聞いてました」
「そうか。第一部隊は六人だが、現在、アリサは療養中だ。リンドウの事故のショックが大きくてな。あと、サクヤも。わたしやリンドウとは昔馴染みなんだ……しばらく寝ていないようだったから、休暇をやっている」
「二人、欠けているんですか」
「ああ。じき復帰するだろう」

 サクヤさんもお休み中だったか。リンドウさんとの関係を考えれば当然だろう。まだ恋人という関係ではなかったはずだが――"最初"から恋人関係であったなら、わたしの性質上、リンドウさんに惚れこむこともなかっただろう――恋い慕っていたのは想像に難くない。
 対して、実の弟が行方不明なのに凛と仕事をしているツバキさん、理性が強すぎる。
 
「それで、アリサのこと……リンドウのことでもあるんだが。一応、隊長になるヒノには伝えておきたいことがある」
「なんでしょう」
「リンドウが行方不明になった経緯というのが、アリサの錯乱だった。両親をヴァジュラに殺されたアリサは、ヴァジュラと対面して冷静を保てなかったらしい。錯乱して建物に向かって発砲、リンドウは廃墟に閉じ込められ、そこを新種のヴァジュラが襲い、第一部隊員は撤退を余儀なくされた。……それが、報告で明らかになった事実だ。アリサはロシアから極東に来ても、定期的にメンタルケアを受けていたから、実戦に出すにはリスクが大きかったのかもしれない……が、まあ、それは今言ってもどうしようもないな。彼女が立ち直ろうとしていて、仲間がそれを支えていることは確かだ」

 わたしは神妙な顔で聞きながら、イヴァンの言葉を思い出していた。イヴァンは、アリサが『上層部の命令か知らんが大事に大事にされてる』と言っていた。恐らく、メンタルケアのことを指していたのだろう。ロシアではその精神衛生を危惧して、実戦が少なかったのかもしれない。
 待てよ。そうすると、"極東支部でヴァジュラを見て錯乱してリンドウさんを孤立させた"ことに何らかの意図を感じずにはいられない。アリサは、優秀な新型ゴッドイーターとして極東に派遣された、だけではないのだろうか。
 わたしは、大した情報を持っていない。大まかな流れだけだ。
@リンドウさんが行方不明になり、死亡処理もされる。
➁アラガミの進化の袋小路にたどり着いたヒト型アラガミ・シオを保護する。
Bシックザール支部長の企みをシオの存在と引き換えに阻止する。
Cリンドウさん生存が判明し、アラガミ化が進行している彼を死ぬ気で連れ戻す。
 ふむ。分かってはいたが、カッコよく先回りなんて芸当は出来そうにない。がむしゃらに出来ることをするしかない。
 目下、第一部隊と打ち解けられるかが問題である。

「反応が薄いな。支部長かサカキ博士から聞いていたか?」
「いえ、初耳です。びっくりしてます。自分で大丈夫かなって思ってます」
「新兵には重い任務だろうな。なんとかしろと言いたいところだが、今回は特殊だ。何かあれば、相談くらい乗ってやれる」
「ありがとうございます」
「何か、聞いておきたいことはあるか」
「えー……そう、ですね…………」
「無ければいい。ひねり出そうとするな」
「はい」
「サクヤは今本調子じゃないからな……ユイトやコウタは話しやすいだろうから、彼らに聞いてもいい」

 ソーマさんの名前が出てこないので笑いそうになった。ソーマさんは結構ツンツンしているもんな。ちなみに、わたしが思う最強のゴッドイーターは彼である。理由は忘れたが特殊な出生で幼少からゴッドイーターとして第一線で活躍しているベテランだ。単独行動と軍規違反が多く出世できないとかなんとか。名前の通り、シックザール支部長の実の息子でもある。
 ツバキさんが時計を見て立ち上がった。

「そろそろ集まっている頃だろう。エントランスに移動するぞ」
「分かりました」

 いよいよ顔合わせのときらしい。わたしも椅子から立ち上がると、何度も深呼吸をしてツバキさんに続いた。
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