to be, or not to be3


 エレベーターを降りると、エントランスの二階部分に到着する。何度も画面で見た光景に、思わず声が漏れた。予想より広く、人が多い。腕輪のない人、つまりゴッドイーターではない人々の姿もあったのでツバキさんに聞いてみると、極東支部のエントランスは一般人にも開放されているらしい。ゴッドイーターやフェンリル研究員をはじめ、清掃員やフェンリル職員の身内なんかも出入りしているという訳だ。
 エントランスの散策はまた後程するとして、本題である。
 ツバキさんは、エントランス二階のテーブルとソファが設置されている一角へ向かう。遠目からでも、そこに第一部隊が集まっているのが分かった。コツ、とツバキさんがヒールを鳴らして歩み寄ると、最初にヘアバンドを着けた茶髪の少年が気づいた。彼がコウタだろう。次々にこちらに気付いた面々がソファから腰を上げ、半円をつくった。アリサはいなかったが、サクヤさんは来てくれていた。
 わたしはもう一度深呼吸をして、ツバキさんの隣に立つ。
 ツバキさんは第一部隊の面々を見回して、わたしを紹介した。

「お前たちの新しい隊長だ。挨拶を」
「第二世代ゴッドイーター、ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ少尉です。よろしくお願い致します」

 視線が刺さる、刺さる。どこを見ればいいのか分からず、目の焦点を合わせずに口を開いた。
 対面する第一部隊からの視線も痛いが、「第一部隊が集まっている上にツバキ教官もいるし知らないゴッドイーターもいる」ということで周囲の人からの視線も痛い。

「以前伝えていた通り、ヒノはゴッドイーター歴としてはコウタやユイトと大差ないが、戦績は目を疑うほどだ。学ぶことも多いだろう。サクヤやソーマはベテランとして、ヒノを支えてやるように」

 ツバキさん、ハードルを上げるのはやめてください。

「ヒノ、ここにいるのがアリサを除いた第一部隊だ。左から橘サクヤ、藤木コウタ、如月ユイト、ソーマ・シックザール。サクヤは今休暇中だが、これからは、彼らとともに戦ってくれ」
「頑張ります」
「今日はヒノもお前たちも、任務はないだろう。雑談でもして、親睦を深めておくように」

 ツバキさんはそう言って、シャキシャキと歩いてエレベーターに向かった。あまりにも視線が痛いのでわたしも連れて行って欲しいくらいだが、ここを無視してこれからの極東支部ライフはあり得ない。
 わたしはつばを飲み込んで、嫌な沈黙の降りる中で無理矢理笑顔を作った。

「あの、へへ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」

 穏やかな笑顔で応えてくれたのは如月ユイトくんだ。さすが主人公というべきか、協調性が高く人当たりが良い。出世街道を邪魔してしまったのが申し訳ない。

「よろしくお願いします!ヒノさんって呼んでいいっすか」

 次いで反応してくれたのは、第一部隊のムードメーカーだ。そのフランクさに救われる。

「よろしくね、新しい隊長さん。悪いけどわたしちょっと用があるから、今日はこれで失礼するわ」

 透けたパレオを揺らして、サクヤさんが去っていく。その内仲良くなれたらいいな。

「……せいぜい死なないことだな」

 ソーマさんは不穏なことを言って去っていく。打ち解けるのが一番難しそうだ。
 残ったのは、笑顔のコウタとユイトくん。きっと彼らも、わたしの配属には納得しきっていないだろう。分かってはいるけれど、こうして残ってくれたことが嬉しかった。
 ユイトくんもコウタも笑顔だけれども、わたしが事実上の上官になるからか、どことなく困っているような、接し方に迷っているような雰囲気を感じる。背景に「どうする?」「なんて話す?」というテレパシーが飛び交っているようにさえ思う。

「あーっと……わたしが隊長の立場になって一応年上でもあるんだけど、ゴッドイーター歴変わんないし、気安くしてくれると助かる。敬語もいらないよ。コウタ、と、ユイトくん」
「あはは、なんで僕だけくん付けなの」

 ユイトが手をひらひらさせながら笑う。さすが主人公。これで戦闘能力も高いのだ、さぞおモテになることだろう。
 ユイトと呼ばせてもらうことにして。
 コウタとユイトがアナグラの案内を提案してくれたので、ありがたく甘えることにした。これから生活するにあたって、確認しておきたい設備は多い。食堂をはじめ装甲車駐車場、任務受注方法の確認もしたいし、医務室の使用についても聞きたい。あと、エントランス一階の一角を陣取っているよろず屋に挨拶もしておきたい。
 好奇の視線を受けながらアナグラを練り歩き、食堂では自販機で買ったジュースを片手に少々くつろぎ、ゴッドイーター同士お決まりの"神機について"の話もした。コウタはアサルト、ユイトはロング/アサルト/シールドのお手本装備だった。
 会話が途切れたタイミングで、コウタがソワソワと問うてきた。

「ヒノって記憶喪失ってマジなの?」

 ユイトがコウタをたしなめるが、実際には記憶喪失などではないわたしにとってはデリケートな問題でもなく、いいよいいよと軽く笑った。むしろ、彼らがどこまでわたしのことを聞いているかは確認したかったので、コウタの質問は歓迎だ。

「そうそう、ロシア支部のゴッドイーターに保護されるまでのことが分かんないんだよね」
「大変だったんじゃないの。俺には想像も出来ないけど」
「ヒノさんが明るく話してくれてるからいいものの、記憶喪失で保護されて戦うことを強いられるって、とてもじゃないけど……あり得ないことだよね」
「あーあと、ツバキさんが言ってたけど、ヒノって最速出世なんでしょ。俺らと同期みたいなもんなのに、任務数は三倍に近いとかも聞いた」
「ツバキさんが"新人詐欺"だって言ってたな」

 わたしの前情報は色々と持っているらしい。が、任務数三倍はわたしも初耳だ。道理で、ロシアで任務に出ずっぱりだったはずである。ロシアではがむしゃらだったので自分の任務数については「お金がたまるなあ」程度しか考えていなかった。こうして改めて他人の口から聞くと、かなり無茶をさせられているのではないかと思える。
 
「詐欺でも新人なのは事実だからね。分かんないこともいっぱいあるから、聞くことも多いと思うけど」
「任せろ!って言いたいけど、俺らも新人なんだよな」
「あはは、それだよ。まあ、アナグラに関してヒノさんより知ってることが多いってだけだね」
「改めてよろしく、二人とも」

 どうにか二人とは打ち解けられたと思いたい。
 コウタに手を差し伸べると、快活な笑顔で握手に応じてくれた。次いでユイトも、わたしの手を握ってくれる。
 その瞬間、覚えのない映像が脳内で再生された。
 笑顔のコウタ、神機を肩にかつぐリンドウさん、オウガテイルを倒すソーマさん、髪をはらうアリサ、瓦礫に絶叫するサクヤ。わたしの知らない光景が現れては消えていくのと同時に、むずむずするような温かいものが流れ込んでくる。優しいひだまりの中にいるような、穏やかな心地になり――一気に血の気が引いた。
 記憶や感情の共有――これは新型神機使い同士の間で稀に起こる、感応現象だ。つまり、わたしの記憶をユイトも見ているということになる。この世界にはあるはずのない環境を、ユイトが見てしまっている可能性があった。
 わたしは握手した体勢のまま、ユイトの様子をうかがった。ユイトはきょとんとしていて、何を見たのか判断がつかない。
 
「……"レン"って、友達?」

 ユイトは首を傾けて、予想外のことを言った。
 


 ゴッドイーターにはそれぞれ"倉庫"が与えられ、任務に必要なアイテムやアラガミから回収した素材を保管しておけるようになっている。必要な場合はターミナルを通じて取り出し申請をし、受け取りに行くという流れだ。
 わたしは部屋にあるターミナルを操作し、自分の倉庫にアイテムと素材が入っていることを確認した。昨日わたしと一緒にロシア支部から移動してきた品々は、回復錠を始め、きちんとカウントされている。アラガミ素材が少ないのは、ロシア支部でほとんどを売却、譲渡したためだ。せっかく集めたアラガミ素材を手放したのは、荷物を減らしたかったことも一因だが、資金稼ぎによるところが大きい。バレッド作成でわたしの懐は――イヴァンのおかげで全属性二種ずつ揃った――すっからかんになってしまったのだ。回復錠の購入も出来ない状態で極東支部に行くことには抵抗があった。

「貯金もちゃんと入ってる、よしよし、オケオケ」

 ターミナルをスリープ状態にすると、装置正面のモニターが沈黙する。信号がなく黒に染まった画面には、ちょうどわたしの顔がうつっていた。この一月で、少し日に焼けて、顔の丸みが無くなった。
 わたしがこの世界に来て、失ったものは二つある。一つは過去、一つは長く伸ばしていた髪。得たものも二つある。一つは新型神機、もう一つは、ヒマワリのような虹彩の色だ。
 モニターに触れると、モニターの中のわたしも手を伸ばしてくる。そのまま、わたしはわたしの目元をなぞった。何の変哲もない色だったはずの目は、黄色と橙色の混ざったような、明るい色をしている。アラガミ関係者にだけ分かるように言うと、アラガミのコアによく似た色だ。
 
「理由なく世界が変わってるから、目の色が変わることの理由なんて考えもしなかったんだけど」

 レンの、目の色だ。
 ユイトが見たわたしの記憶は、ロシア支部でのものと、レンと名乗る少年だったという。
 レンは、リンドウさんの神機に宿った人格である。付喪神のようなものだろうか。専門家ではないので上手なたとえが思いつかないのだが、ともかく、少年の姿をした神機の意思である。
 理由は不明だが、わたしはこの世界にきたことで、レンと一体化してしまったらしいのだ。
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