03:03


 アドルに起こされて時計を見る。呑気にシャワーを浴びて、交代で睡眠をとることにしていたのだが、まだ交代の時間ではないはずだ。
 わたしは再び枕に顔を埋め、右手の人差し指だけをピンと立てた。ふにゃふにゃの念字が空中に描かれる。

『もう交代?』
「追手を警戒してんだろうけど、とりあえず今晩は待機してろって連絡が来た。僕行ってくるから、シャルナーク見張ってて」
『ねむ』
「トルテ、そうも言ってられないでしょ」

 わたしの視界が明るくなる。ベッドから離されたことを感じて状況を確認すると、アドルによってソファに移動させられていた。アドルが欠伸をかみ殺しながら、クッションをわたしに押し付ける。
 うつらうつらするわたしやアドルとは対照的に、シャルは元気そうだ。相変わらず床で長座して、退屈そうにアドルの動きを目で追っている。
 わたしは目を見開いて深呼吸し、睡魔をわずかに退ける。

「アドル、シャルとは打ち解けた?」
「捕虜と打ち解けてどうするんだよ」
「でもほら、ほとんど立場変わらないでしょ」
「そうだけど……。しりとりとか、にらめっことかしてたくらいだよ」
「アドルの変顔、超クオリティ高かったよ」
「仲良しじゃん」

 アドルが不思議そうな顔をした。単に暇だったから、知っている方法で暇つぶしをしただけで、特に打ち解けようというつもりはなかったのだろう。
 
「じゃあ行ってくるから、シャルナークのこと見ててね。何かあったらすぐ呼んで」
「ほい。気を付けてね、いってらっしゃい」
「いってきます」

 アドルが億劫そうに部屋を出る。幻影旅団との戦闘後、軽食も睡眠もとれていないのだから当然だ。ここの職員が携帯食でも渡してくれればいいのだが、とアドルを見送る。
 わたしはアドルの気配が遠ざかったのを確認してから、機敏な動きでソファを立つ。抱いていたクッションを床に置いて、シャルの近くに座った。

「研究員グッジョブって感じ」
「それで、外との連絡手段って何かあるの?」
「わたしもアドルも携帯は持ってない。この部屋にも内線しかないよ」
「俺の携帯も取られてるけど」
「……あれ、そもそも連絡手段がない……?」
「ダメじゃん」

 うっかりしていた。そりゃそうだ、捕虜の携帯など没収するに決まっている。

「シャルの携帯を奪還するしかない?」
「出来るの?」
「……」
「ダメじゃん」
「待って、待って。何か特徴はない?アラーム設定とか、においがするとか」
「武器に香水仕込む趣味はないかなあ」

 シャルは飄々と肩をすくめる。自分から連絡を入れなくても、いずれ仲間が助けに来ると確信しているらしい。
 一方のわたしはそう呑気にしていられない。シャル救出のついでに――わたしやアドルには構わずに――施設を破壊しつくしてもらわなければならないのだ。
 シャルの携帯を取り戻すより、職員の携帯や固定電話を使う方が現実的だろうか。がっつり履歴が残ってしまっても、幻影旅団ともなれば電話番号の流出くらい痛くもかゆくもないだろう。そう思案していると「俺、団員の番号なんて覚えてないよ。すぐ変えるヤツいるし」と飄々と言われた。
 シャルの携帯を探すしか、幻影旅団とコンタクトを取る方法はないらしい。見つけたらどさくさに紛れて持ってきてしまえばいいが、どうやって探せば。馬鹿正直に尋ねるのは愚策である。

「……武器、でもあると?」
「うん」
「念能力発動の媒体として利用するってことだよね」
「携帯を限界まで強化して殴ってるかもしれないよ」
「地味」
「ひどいなあ」
「どっちでもいいけど、遠隔で操作することって出来る?ほんのちょっとオーラを送るだけでも」
「俺"絶"なんだけど」
「そうだった……しんどい」
「でも、捕まる直前も使ってたし、オーラが残ってる可能性はあるよね」
「そっか!わたし、"円"なら得意だから!探してみる」

 "円"は、能力者のオーラをドーム状に広げる索敵系の能力だ。念能力者ならばある程度たしなんでいる技だが、わたしはそれがすこぶる得意だった。
 "触れているかどうか"すら分からないわたしにとって、周囲の状況を触覚以外で判断するための重要な手段なのだ。常日頃から使用していることと、莫大なオーラ量によって、大型の"円"をはるのも朝飯前。
 鼻息を荒くするわたしに、頑張ってねとシャルが笑う。

「壊されてないことを祈るよ」
「分析したいだろうからそれはない、と思う」

 わたしはこの部屋に合わせていた"円"をぐんと広げる。大きい分、細かい動きの把握は出来ないが、オーラの動きには敏感だ。

「あった!」
「お、良かった。どのあたり?取りに行けそう?」
「B棟の地上一階の真ん中あたりかな」
「……ちなみに、ここはどこ?」
「A棟の地下二階」
「地下なんだ」
「うん。出入りが規制されてる区画じゃないから、散歩って言ったら近くまでいける……はず。アドルと交代したら、見回りって言って取りに行ってみる」
「場合によっては勝手に使ってもいいよ。番号登録してるし」

 シャルの申し出はありがたかった。携帯を部屋まで持ち帰られるか分からないし、紛失にもすぐ気づかれるに決まっているのだ。
 ありがたいのだが、わたしは口元をゆがませていた。妙に好意的だとは思っていたが、ここまでくると、後で法外な報酬を請求されそうな気がする。 
 
「……で、団員ってどう登録されてるの?」
「"クロロ=ルシルフル"にかけるのが一番いいよ」

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