03:28


 わたしはシャルを引き渡し、そのまま施設内の見回りを買って出た。わたしが索敵能力に優れていることは衆知なので、引き留められることもなかった。
 念のため、"円"を大きく広げたまま移動する。アドルがシャルの所へ移動するのが分かった。予想通り、シャルの監視につくのだろう。
 わたしはさりげなく、シャルの携帯が保管されている部屋に向かう。シャルの捕獲で一部研究員は舞い上がっているが、実際は午前三時だ。人の気配は少なく、そう神経を尖らせる必要はない。
 シャルの携帯はほどなくして見つかった。コウモリのモチーフで、中々に個性的だ。解析のためか電子機器に繋がれている。

「これ……どう……?どう……?」

 一つでもコードを引き抜けば警報が鳴りそうだ。このまま操作するのもリスクが高い。
 わたしはしばらく携帯を見つめ、意を決して、携帯からコードを引き抜いた。ピーピーと控えめなエラー音を聞きながら、携帯を操作する。"円"を小さくして人の動きを警戒しつつ、震える指先で、出来る限り迅速にアドレス帳を探った。
 クロロ=ルシルフルという名前を見つけ、すぐに発信する。
 たった二回のコール音が、とてつもなく長く感じた。

『――シャルか』

 落ち着いた、男の声が聞こえる。シャルが推薦した人物なのだから、幻影旅団の団員に違いない。
 わたしの喉から、ひぐ、と引きつった音が出る。逃走に成功しているとはいえ、強い人は怖い。あのビルで出会ったのはシャルの他、"マチ"と"ノブナガ"だったはずだ。クロロ=ルシルフルとやらは何者なのか全く分からないので、余計に怖い。

「あの、わたし、シャルナークさんを誘拐した者です」
『女の方か』
「はい。時間がないのでサクサク喋ります、すみません」
『腰の低い誘拐犯だな』

 仲間が誘拐されているというのに、電話の相手は落ち着いた口調だった。にも関わらずプレッシャーを感じるのは、それだけ相手の実力が高いということなのだろう。
 わたしは唾を飲み込んでから、シャルにしたような対応を心掛けた。雰囲気に呑まれていては、目的の達成は無理だ。

「彼は無事だよ、携帯のことも許可もらってる。クロロにかけたらいいっていうのも教えてもらった」
『シャルが?』
「彼を助けるついでに、この施設を壊してほしい。わたしたちは行動の制限をかけられていて、自力での脱走が出来ない。場所も教えるよ」
『それがお前の目的か』
「うん。わたしと、アドル。狐面付けてた人ね。アドルは脱走するっていう発想も出来ないし、脱走したくてもわたしの行動を見逃せないから話してないけど……」
『頼まれなくても暴れるつもりだが、お前たちの命の保証は出来ない』
「わたしもアドルも、自分の身は守れるよ。ただ、アドルと遊ぶことより施設の破壊を優先してほしい。もし混戦になったら、シャルのことはわたしがちゃんと守る……ように頑張る」
『時間がないというのは?』
「この電話がバレたらまずいっていうのが一つ。あと、近いうちに、シャルにも何らかの制限が課せられるはず。それが出来る人は今ここにいないけど、来てしまったら、シャルは幻影旅団に戻れないかもしれない。だからわたしは長々電話してられないし、さっさとシャルを助けに来てほしいし……って言ってる間に誰か来そうだからもう本当にやばいんだよ」

 この部屋にいるところを見られた時点でアウトだろう。電話の内容さえ聞かれなければいい、と開き直って携帯を握っている。ペナルティは避けられないが、研究員はほとんどがシャルにかかりきりなはず。それに、貴重な被検体である己を、決して殺しはしないと分かっている。
 始終早口なわたしとは対照的に、クロロの語調は変わらない。

『シャルは何て?』
「団長次第だけど助けてくれるって。だから団長さんとやらにも伝えてほしい」
『俺だから安心しろ』
「クロロだよね?」
『そうだが』
「団長さんは?」
『俺だ』
「あっそういう……じゃあ、ええと、どうかよろしくお願いします」
『まあ、ついでだ。たまには慈善活動もいいだろう』

 わたしは冷や汗をかきながら――温度感覚もないというのに――施設の場所を知らせる。幻影旅団も目星はつけていたのだろう、あまり驚いた様子はなかった。
 わたしは、そういうことで!と一方的に通話を終わろうとするが、悠然とした声で引き留められる。過言でも比喩でもなんでもなく"まずい"状況であることがきちんと伝わっていないらしい。

『俺から二つ、お前に質問させろ』
「手短に」
『狐面はアドルだろ。お前の名前は?』
「アドルファスです。わたしはトルテシア」
『流星街の出身か?』
「一回だけ、一人でここを飛び出した時に行ったことはある。アドルは分からない、少なくとも出身は違うけど」
『……分かった、なるほどな』

 質問の意図は全く分からないが、相手が満足したので良しとする。目的も無事に果たせた。

「今度こそ切るよ、クロロ」
『緊張しなくていい。昔のようにしろ』
「えっ」

 おかしなことを言われたが、指は勝手に通話を終了していた。
 クロロの言葉を深読みする暇もなく、わたしは急いで発信履歴を削除する。近づいてくる人の気配に、無難な言い訳を必死で探した。
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