05:20
ジリリリリリ、とけたたましい警報音が目覚ましだった。
わたしは目を見開き――見開いたはずだが、相変わらず真っ暗だ。勢いで体を起こしたので、変にひねったかもしれない。
頭に響く警報を聞きながら、身動きすべきではないなと欠伸を一つ。すぐに解放されるだろう。
「にしても、幻影旅団一行の行動速いなあ」
ぐんと"円"を広げると、とんでもないオーラ量を主張する二グループを察知する。どちらも二人組だと思われた。一方に、アドルが迎撃に向かっているのが分かる。
ドアが開くのを呑気に待っていると、視界が真っ白に染まった。ドアが開くよりも前に電気が点いたらしい。意識をして瞬きを繰り返し、目を慣れさせる。眠気もすっかり吹き飛んだ。
『ロックを解除しました。侵入者の足止めをお願いします』
立ち上がり、その場で声を張り上げる。
「捕虜はー?」
『解放はしません。あなたは侵入者の足止めに務めてください』
「五対二は無理でしょう」
『ある程度戦力の低下が確認でき次第、捕獲します』
「うわ欲張り。ところで今何時?」
『午前五時二四分です』
"お仕置き部屋"を出ると、緊急事態につき避難を促すアナウンスが響いていた。早朝だというのに慌ただしく、しかし研究員の動きに焦りは見られない。本当に肝が座っている。
わたしは、アドルが対応していない組を目指して移動を始めた。わたしは攻撃が出来ないので、アドルが合流するまでの足止めが目的だ――表向きは。
幻影旅団はわたしの頼んだ通り、施設の破壊も積極的に行っているようだ。悲鳴よりも轟音と地響きがわたしの耳に届いている。この調子では流れ弾に当たるより、生き埋めになる確率の方が高そうだ。
避難誘導に逆らって移動し、二人組に近づく。そろそろ相手のテリトリーかと身構えると同時、二人組の片割れの気配が、猛スピードで近づいた。
「うおっ」
「チッ」
カン!と硬質な音がして、氷壁が刃物を阻む。小柄な影は、舌打ちをしてすぐにわたしから離れた。
わたしは、薄い氷壁が消えてから、おっかなびっくり両手を上げる。
前方に、わたしを襲った者とコートを着た男が立っている。殺気が、目に見えそうなほど濃い。
「さっき電話したトルテシアです……ええと、団長さんから聞いてる?」
すると、ふっと息がしやすくなった気がした。少なくとも、コートの男に敵意はなさそうで、小柄な方もある程度の警戒を解いてくれたらしい。
コートの男が歩み出て、わたしに近づいてくる。「やはり」と呟いた声は、電話で聞いたものとよく似ていた。
「トルテか。道理で温かいと思った」
わたしは手を下ろしながら眉を寄せる。
温かいとは一体何のことだ。わたしには温度感覚がないので生憎同意できないのだが、『やはり』『道理で』という副詞がつく意味が分からない。おまけに"トルテ"呼び。シャルといいクロロといい、幻影旅団の団員はコミュニケーション能力が高いらしい。
わたしは疑問に思いながら、クロロ本人を見上げる。
犯罪集団のトップとは思えない、穏やかな顔つきの男だった。ガラス玉のような真っ黒の目が少しだけ恐ろしく、見えない強さをひしひしと感じる。真っ黒のファーコートに大きなイヤリングにオールバック、額には十字の刺青と全力で存在を主張している。
「わたしはあなたたちを足止めするよう言われてるけど、このままシャルのとこに案内するね」
「ああ。彼は知っているか?」
クロロが斜め後ろに立つ小柄な人影を示す。鋭い目元しかうかがえないが、どうやら男らしい。
なぜわたしが知っていると思ったのか甚だ疑問だが、正直に首を横に振った。
「そうか。彼はフェイタンだ」
「フェイタン」
「はやく行くよ団長。おい、ささと案内しろ」
フェイタンは独特のイントネーションで言うと、わたしを睨んで顎をしゃくった。目つきは素なのかもしれないし、顎をしゃくった"ような気がした"だけだが、間違っていないだろう。
わたしが先導し、軽やかに移動を再開する。
「強制"絶"のままだから、ちょっと探すかもしれないけど」
「分かっている。ここの人間が攻撃してきたら、変わらず反撃して構わないか?」
「うん、わたしは生きてる人間に攻撃できないようにされてるから」
「ほう……。ところで、被拘束者を強制的に"絶"するという拘束具は解除可能なのか」
「アドルが全力で殴れば壊れるかなあ」
遭遇した職員をフェイタンが処理していく。あまりの早業に感心もするが、決して気分が良いものではない。自分から頼んだとはいえ、死体を見慣れているわけではないのだ。
勝手知ったる施設内を進み、ある部屋の前で止まる。わたしは"円"を張ったままオーラを手に集めるという荒業で、施錠されたドアをこじ開けた。中をのぞくが誰もいない。
「シャルナークさーん!」
「いないようだな」
「おう?」
「んっ?」
わたしの頭上から室内をのぞいていたらしいクロロに驚き、冗談のようにあっさりと体勢を崩す。ひょいとクロロに抱えられたので転倒することはなかったが、フェイタンから呆れの視線をいただいた。
わたしは両手両足を力なく垂らしたまま、控えめに弁解をする。
「大きく"円"を張ってると、細かい動きは分かんないんだよ。わたしの近くに来るときは教えて」
「鈍感にもほどがある」
「皮膚感覚が死んでるんだよ……」
クロロに下ろしてもらい、探索を再開する。
この区画にいるはずだと、片っ端からドアを開けていく。わたしはドアをこじ開け、クロロは蹴破り、残っていた研究員をフェイタンが始末する。わたしは研究員から非難や銃弾を浴びつつも、氷壁で防御して無傷、フェイタンやクロロは言わずもがなだ。
一人生け捕りにしてシャルの居場所を吐かせたほうがいいのではと思い始めた頃、わたしはようやくシャルを発見する。相変わらず拘束されており、口をふさがれていた。
「見つけた!」
わたしを狙う銃弾は氷壁につかまり、研究員はフェイタンによってあっという間に事切れる。フェイタンがそのままシャルの猿轡を外してかついだ。
血の海からかつがれて出てきたシャルは、少々疲れをにじませているものの、元気そうである。
「あ、だーんちょー。フェイもさんきゅ」
「五体満足で何よりだ」
「フン、間抜け」
「あはは」
仲間らしい、テンポのいい会話だ。ここが晴天のカフェテラスならば完璧だった。
「トルテも、団長に連絡とれたんだ?」
「うん、携帯ありがとう。取りに行こうか?」
「出来れば頼みたいかなあ」
「わたし場所は分かるから、ちょっと行ってくるよ」
「フェイはシャルを連れてそのまま離脱してくれ。俺がトルテに同行する」
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