06:39
クロロの移動スピードは予想以上だ。わたしは念で身を守ってはいたが、すぐに抱え方が丁寧なものに変わった。
「全く……首を痛めるぞ」
「見た目はアレかもだけど、ちゃんと強化はしてるよ」
「そんなんで、よくシャル連れて逃げ切ったな」
「自分での移動とは勝手が違うし」
あっという間に棟を移動してアドルらに近づくと、戦闘音と破壊音が一層ひどくなる。
砂埃の中、アドルの姿を確認しようとした瞬間。猛スピードで景色が流れた。クロロの支えのお陰で体勢は崩さなかったが、前もって予告してほしかった。
「びっくりしたじゃん」
「舌を噛むぞ」
忠告され、口を閉じる。
この速度ではアドルがわたしの誘拐に気付いたのかどうか怪しい。わたしは若干の不安を感じたが、オーラの動きをみると、狙い通り追いかけて来ている。一安心だ。
クロロとわたしを追うのは二人だ。アドルともう一人。電話の内容を察するに、マチが残ったのだろう。
わたしは巻き上がる髪を押さえながら、早朝の街中を眺める。一々確認する余裕はないが、どうやらクロロは、地面と平行にビルの側面を走っているらしい。わたしは初めての光景に呆気にとられた。念を使えばわたしにも可能かもしれないが、壁面垂直移動など思いつかない。
クロロが足を止めたのは、街の外れにある工場跡だった。クロロいわく仮拠点(アジト)の一つ。現在地は分からないが、移動速度と時間を鑑みるに、研究施設からは十分距離があるだろう。
わたしはようやく地面に立った。たたらを踏んでしまい、クロロが短く笑う。
「はは、弱いなあ」
「だから、自力で走るのとは勝手が違うんだって……」
工場内に人の気配はなく、稼働もしておらず、静かなものだった。朝日が降り注いでおり、中々に神秘的で清々しい光景だが、A級賞金首のアジトだと思うと複雑だった。
クロロに着いて進んでいくと、フェイタンと拘束されたままのシャルがいた。クロロが混ざるのを尻目に、わたしは踵を返す。
「忘れるところだった、アドルが攻撃しないように出てくるよ」
「いってらっしゃーい」
間延びしたシャルの声に見送られ、入ったばかりの建物から出る。
ちょうど、ノブナガという名らしい団員と入れ違いになった。「お前、」と声をかけられるが、一瞬のすれ違いで足を止められるほど器用ではないし余裕もない。話は後で聞くとしよう。
わたしは慣れ親しんだ気配の前に躍り出て、両手を広げて叫んだ。
「ステイ、アドルファス!」
工場ごと破壊するつもりだったのか、走りながら臨戦態勢だったアドルのオーラがみるみる収まり、わたしの前で急ブレーキをかける。
ズザアアア!と靴底を痛めつけて停止したアドルが、わたしを凝視する。心底身を案じた当人は、怪我はおろか怯えた様子すらないのだから仕方がない。
わたしは晴れ晴れしい顔で、ぐっと親指を立てた。
「とっても良い朝だ、アドル!」
「?…………あ!はあああああ、察した……」
アドルが深いため息とともにしゃがみ込んだ。
わたしもしゃがみ、疲労困憊のアドルの顔をのぞきこむ。何も知らされなかったアドルファスは、当然、死ぬ覚悟もしてノブナガやマチと戦ったのだ。わたしが攫われたことも、相当こたえたに違いない。
痛みなどとうに忘れたというのに、罪悪感がわたしの胸を刺していた。
「その、黙っててごめん」
「…………いいよ、それは。僕のせいみたいなもんだし」
「シャルの携帯借りて、旅団の人にお願いしたんだ」
「…………じゃあ、ここは、幻影旅団の隠れ家?」
「そうみたい。気まぐれかもしれないけど、ちゃんとわたしとアドルを助けてくれた」
「…………てか、待て(ステイ)って、僕じゃなくてトルテだろ」
「確かに」
「…………」
「立てる?中入ろう」
アドルがようやく顔を上げる。成人男性に似合わない弱弱しい表情だ。
わたしは先に立ち上がり、ほらほらと急かす。アドルはしばらくしゃがんで脱力していたが、やがてひどく億劫に腰を上げた。
「トルテも、よく頑張ったね」
「誰に向かって言ってるんだか」
急にいつもの調子でそう言って笑うので、わたしもいつもの調子で返した。
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