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 わたしはアドルとともに、ジャポン式座法・正座で背筋を伸ばした。
 対面には、クロロをはじめ、フェイタン、シャル、ノブナガ、マチが揃っている。シャルの拘束具はアドルファスが破壊済みで、マチは箱を一つ"戦利品"と言って施設から持ち帰っていた。
 正座は強いられたわけではない。マチと箱を漁るクロロ、ストレッチをするシャル、うつらうつらするフェイタン、アドルを気に入ったらしく絡むノブナガ、という和やかな光景の中、わたしが真面目腐った顔でおもむろに座した。そこに、空気を呼んだアドルが続いたのだ。
 アドルが小声で「足きついんだけど」と抗議してくるが、誠意を示すための伝統的な座法なのだ。わたしは首を横に振った。

「本日は、あの施設を破壊してくれてありがとうございました」
「いやそこの兄ちゃんも相当……」
「ノブナガ、シッ!」

 シャルが何かを剛速でノブナガに投擲する。針のようなものが壁に突き刺さったのをしりめに、わたしは話を続ける。

「改めまして、トルテシアです。こっちはアドルファス。シャル奪還のついでとはいえ、手間をかけたのは事実なので……見返りとしては、何を」
「なんだ、そんなことか。見返りなんぞ俺達は求めていないさ。ただの恩返しのつもりだったんだが?」

 クロロが手をひらひら振りながら言う。「あと普通に話せ」と付け足した言葉の方が、やや真剣みがあるように聞こえる。
 わたしは隠しもせず顔をしかめた。何度か感じていたが、クロロはまるでわたしのことを知っているように話すのだ。問いかけの言葉を探す間に、クロロが箱を示した。
 
「古書に関しては完全に無駄足だったが、一応戦利品もあった。トルテやアドルファスが負い目に感じるようなことはないだろう。……そもそも幻影旅団に慈善活動の依頼をするという図太さがあるんだから、見返りだの報酬だのは踏み倒す気満々だと思っていたが」
「あんな場所からも気に入るのがあったのなら良かったけど。でもさ、手間だったのには変わりないし、戦利品だってわたしの持ち物でもないでしょ」
「……変なところをこだわるんだな」
「これが仲のいい友達とか、まっとうな善人なら納得もするよ」
「初対面の犯罪者だと油断が出来ないか?」
「うん!」
「トルテは、初め丁寧なくせに豪胆だな」

 アドルとシャルが視界の端で頷いていた。わたしはあえてコメントを返さない。何本か心臓に毛でも生えていないと、長年の監禁と実験生活の中で自我など保っていられないのだ。
 「トルテの言うことも一理あるが」A級賞金首集団幻影旅団の団長が顎に手を当てた。他の団員は、成り行きをクロロに任せて静観している。

「その、納得できない部分に"恩返し"をあてて欲しいんだがな」
「そこが一番不可解なんだけど……」
「……。幻影旅団には、ここにいるメンバーの他、パクノダもいる」
「はあ」
「思い出さないか?」
「思い出すも何も、初対面では」

 わたしが正直に述べると、クロロはすっと視線を外した。

「なあトルテ、ここは甘えておこうよ」

 アドルに控えめに声をかけられた。アドルはやや顔色が悪く、正座がよほど厳しいらしい。手を床について腰を少しだけ浮かせていた。

「僕ら身一つしかないし、さっさと拠点見つけないといけないじゃん。僕一人ならともかく、衣食住は大事でしょ」
「でも気持ち悪くない?」
「じゃあ後払いってことで。生活基盤がちゃんとしてから、お金貯めて払うとかさあ」
「利子……」
「はあ、利子など発生しないし、二人とも楽に座れ。それより、『僕一人ならともかく』?」

 アドルがこれ幸いにとあぐらをかく。わたしもそれにならって、慎重に長座した。

「トルテは色々不自由な体なんだ。触覚・痛覚・温度感覚が息してないから、本当は運動も出来ないし、温度変化も禁物なんだよ。"纏"とか"円"だっけ?そういうので身を守ってるんだ」
「だから、『皮膚感覚が死んでる』と言ったのか……先天的なものか?」

 特に隠しているわけではないので、勝手に話し始めたアドルに怒ることもなく、気だるげに補足した。クロロに情報を与えることで、少しでも脱走扶助の見返りにしたいという考えもあった。

「後天だよ。だから"どうすれば熱い"とか"どうすれば怪我する"とかは分かる。あそこの実験での副作用みたいなもん。厄介だけど役に立つこともあるから、悲観してる訳じゃないよ」
「実験、か。ずいぶんと金をかけた施設だったようだが、あそこでは何を?」
「……第一級隔離指定種に"キメラ=アント"っていうのがあるの、知ってる?女王蟻っていう特定の個体の体内で、遺伝子のかけ合わせが出来るヤツ」

 知らないことを前提にした問いかけだったが、クロロはあっさり頷いて見せた。詳細はともかく、そういう存在があることを把握していたらしい。
 
「"ライガー"は、虎よりも獅子よりも優秀って言ったりするでしょう?混ぜてできた子供はすごく優秀だから、人工的に可能にしようっていうのがあの施設の目的」
「悪趣味だな」
「でしょ?もちろん人種間じゃなくて異種間だし、顕微鏡下では受精卵にならないっていうんで、元からある個体に別の遺伝子を無理やり叩き込むっていう思い切った方法をしてたんだよ」
「トルテは叩き込まれた方だということか」
「そうそう。違う動物の情報が、がん細胞みたいに一気に増えちゃうの。詳しいことは、やっぱり分からないけど。……ともかく、そういう事情で面倒な体質だから、環境に左右されやすいワケです。食事も気を使うしね」
「血まみれになってたこともあったんだよ。あれは肝が冷えた……」

 わたしの空腹感は鈍いが、食欲はいまのところきちんと機能している。味覚もなんとか働いてくれているのだが、口を動かして食べることが苦手なのだ。舌を噛んだことに気付かずに食事を続け、緊急治療を施されたこともある。
 わたしに悪意はないが、アドルのトラウマは着実に増えているのだった。

「アドルファスもトルテと同じなのか?」
「"元"だけどね。僕は上手くいかなかった失敗作で、トルテの世話係として生かされてたんだ。トルテがハンター語をちゃんと話せるようになるまでは通訳もしてたよ」
「母国語はジャポン語だろう」

 クロロは、さらりと極東の島国の民族言語を口にする。
 これには素直に驚いた。アドルもわたしも、彼らの前で一度もジャポン語を話していないのに、どうして分かったのだろうか。
 わたしはジャポンの出身だ。紆余曲折あって大陸の悪趣味研究機関で被検体をしていたが、本来はジャポン人である。島国であるジャポンは、世界共通語であるはずのハンター語すらメジャーではなく、ジャポン語しか話せない人も少なくない。わたしもその類だった。そこで、わたしより先に被検体をしており、かつ、ジャポンと少数民族のハーフであるためにどちらの言語も扱えるアドルが、通訳兼世話係としてわたしについたのである。
 そういった事情をクロロは知らないはずなのだが。

「それで?悪趣味な実験に関わりたくないというのは分かるが、ある意味で恵まれた環境だったんだろう。脱走に強い意志があるのは、なにかやりたいことでも?」
「わたしは、友達を探したくて」

 アドルは腕を組み、うなりながら首を傾ける。

「僕は……まさか出られると思ってなかったから、すぐには思いつかないなあ」
「それもそうかあ」
「そうだよ。でも、まずはご飯食べたいかなあ」

 大食漢のアドルは、腹をさすりながら呟いた。

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