08:44


 静観していた団員が動き出し、尋問はひとまずお開きになった。

「すんなり別れるんだな、お前たちは。てっきり一緒にいるものだと」

 クロロの呟きは、純粋な驚きからだった。
 わたしは買い出しに出かけたアドルとシャルを見送り、クロロに向き直る。

「アドル強いよ?」
「そっちじゃない。よくアドルファスがトルテを置いていったな、ということだ」
「わたしだって身は守れるよ」
「団長の言うことも分かるぜ。アドルファス、すげえ形相で追っかけて来てたもんよ」

 ノブナガが深く頷いて同意した。ノブナガはどこか楽しそうに、アドルとの戦闘を語ってくれた。
 ノブナガはアドルの足止めから、わたしを追いかけるように誘導している。強敵と呼ぶに相応しいオーラや、混ざり気のない純粋な敵意と殺気は、まだノブナガの肌に残っているという。その、ただでさえ強敵と判断していたアドルが一層般若となったのが、わたし誘拐の瞬間だった。わたしを抱えたクロロを目視出来たのは一瞬だが、アドルはその瞬間、ターゲットをノブナガからクロロに切り替えたのだ。普段は"狩る"側のノブナガが、その時ばかりはアドルこそが捕食者だった、と。
 わたしは、クロロやノブナガの主張を理解したが、やはり現状を"らしくない"とは思わなかった。

「そのときは敵だったからだよ。今は、助けてくれたって分かってるから」
「アタシらが幻影旅団であることは変わりないのに、かい?」

 次に口を挟んだのはマチだ。マチは、ビルでの遭遇とは打って変わって友好的に見えるわたしに、どうやら呆れているらしい。
 わたしは確かにいくらか気を抜いているが、自分の目の前にいる彼らが殺人者であることを忘れているわけではない。わたしが一人でも力を抜いていられるのは、
 
「さっきも言ったけど、わたしは、幻影旅団が相手でも身を守ることが出来る」

 わたしの身を殺意や敵意から守る、薄い氷壁だ。ただの氷で出来た壁だが、高速で自動修復を行うので、いかなる攻撃にも耐えることが出来る。氷壁はわたしが"円"をしている時にしか発動しないが、"円"は常に展開しているので問題はない。その強度をアドルも十分知っているからこそ、攻撃手段を持たないわたしから離れられるのだ。
 
「……ワタシの攻撃防いだ、あの壁のことか」

 フェイタンが少々不機嫌そうに口を挟む。
 
「そ。あれはアドルが本気で殴っても壊れないよ。加えてアドルは、貴方たちを牽制できるくらいには強い。本気のあの子と殺し合うのはオススメしないけど?」
「ノブナガ程度にいいようにされているクセに、生意気なこというねお前」
「おいフェイ、どーいう意味だそりゃあ」
「事実を言ただけよ」

 ノブナガとフェイタンが仲良さそうに殺気を飛ばす。
 わたしはそっと立ち上がると、巻き添えを喰らわないようにマチの近くに移動した。
 マチはすました顔だった。わたしが座る場所を探していると、何故か座る場所変更の提案をされる。

「……身を守るなら、団長の近くがいいんじゃない?」
「ん、気軽に話せる同性って久しぶりだから」
「ふうん。……。じゃあ、一緒に行こ」

 マチは、すいとクロロの方へ足を向けた。
 わたしは、別にクロロと一対一が嫌だったわけでは、と思いながらも歩き出す。素っ気ない言葉に反した優しい声音に釣られてしまったのだった。
 クロロの隣にマチが座り、わたしは二人と向かい合うように座る。
 わたしがクロロをうかがうと、クロロは随分嬉しそうに見えた。脱走時の手助けに加えてあれだけ話したので必要以上に身構えることもないが、何を考えているのか相変わらず分からない。

「ずっと俺が聞いてばかりだったからな。トルテは、何か聞きたいことはないか?」

 わたしが一番聞きたいのは"恩返し"の件だが、クロロは答えてくれそうにない。

「……そういえば、戦利品って何持って帰って来たの?」
「ああ……トルテ、スプラッタ得意じゃないだろう?そういうヤツだ」
「その施設にずっといたからある程度は慣れてるけど、進んで見たいものじゃない、え、クロロって魔獣コレクター?それとも人体収集家……?」
「俺だって傷つくんだ、そんな目で見るな」
「否定はしないと」
「欲しいものがあれば、盗るんでな」

 人間の被験体は、何もわたし一人ではなかった。人工キメラ被験体としては二番目――一番目はアドルだが、失敗している――もっと広く被験体をカウントすれば二桁目になるだろう。今まで実験で命を落とした人や動物は、サンプルとして保管されている。それらを目にする機会もあったのだ。
 とても良い気分にはなれない。思い出してしまった嫌な記憶を追い払っていると、クロロが何やら一人で頷いた。

「戦利品を手元に置くのは、なんらおかしいことではない」
「……そうだね?」
「トルテ、お前は戦利品だ。だから俺たちに礼をする必要はないし、蜘蛛にいても何ら問題はない」
「蜘蛛?」
「幻影旅団のこと。コレらと同様に、俺の所有物というわけだ」

 クロロは、上機嫌に戦利品の箱を指先で叩いた。視界の隅でマチがため息をついていたが、この場にいる団員は誰も反対しない。幻影旅団に入れるというのならばともかく、あくまでも所有物であり、クロロ自身で面倒を見ると言っているからだろうか。
 それでいいのか、幻影旅団。
 わたしは呆気にとられながらもゆるりと頷く。思い描いた自由とは異なるが、悪い話ではないような気がした。妙に友好的な態度は相変わらず引っかかるし、油断ならないと思っているが、どの道報酬を払うアテもない。

「じゃあ、飽きて捨てられないように気を付けるよ」
「二十年近く探していたものを、そう簡単に手放すものか」

 二十年という数字に、わたしは脳内で記憶をさかのぼり始める。二十年を丁寧にたどることは出来ないが、およそ二十年前が最後の脱走だったことを思い出した。自分の置かれた状況に耐えかねて、アドルを置いて流星街まで脱走したのだ。当時は流星街とマフィアンコミュニティのつながりなど知らず、"とにかく遠くへ"と行き着いた先が流星街だった。
 そういえば、電話で『流星街の出身か』と聞かれていた。
 わたしは、クロロを見上げながら首をひねる。本当に、会ったことがあるのだろうか。

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