雲に還りて、2


 個性:龍で困ることそのいち、服。
 個性社会なため、異形型個性向けのアパレルショップもそこそこある。それでも異形型は少数派なので、決して多くはない。わたしは背中が開いた服でないと着用出来ないので、トップスは基本的にカマーベスト風になる。下着はヌーブラ一択だ。
 夏らしく陽が長くなってきたある日、わたしは県内最大のショッピングモールにやってきていた。ここは膨大なテナント数を誇るだけあって、異形型個性向けショップも多い。広々として浮遊しやすいということもあり、わたしのお気に入りの場所である。買い物の用がなくても散歩をしに来る。今日は、散歩のつもりだった。
 いきつけのお店でプラプラ新作を見て回り、一階の広場に出た。広場にはキッチンカーが何台かとまっていて、ジュースやクレープを食べられるのだ。わたしはフルーツジュースの店でモモのジュースを注文した。
 適当な椅子を探していると、首を絞め合うという特殊なコミュニケーションを取っている二人組を見つけた。一人がもう一人の首を絞めているので、"締め合う"というのには語弊があるかもしれないが、振り払ってもいないので。ただ、公衆の面前でのコミュニケーション手段としてははやばいことに変わりないので声をかけた。

「あのぅ、お友達ですか? 首絞めはやばいと思います」

 横から浮きつつ声をかけると、絞められているほうの男の子が涙目で睨むようにわたしを見た。普通にこわいし、これ、友達じゃなくて暴行の真っ最中なのではないか。
 絞めているほうはわたしを一瞥すると、笑顔を浮かべて手を離す。あまりにも清々しい笑顔なので友達かと思ったが、捨て台詞が死ぬほど物騒だったので、やっぱり友達ではなかったんだろうと思う。
 絞められていたほうの男の子は、絞めていた男を睨みながら見送って、姿が見えなくなってからむせはじめた。

「大丈夫? 口出して良かった?」
「あ、はい、ありがとうございます……」
「なんか見覚えが……ああ、雄英の人じゃん」

 体育祭の中継で見た顔だ。"一千万の緑谷"くん。語呂が良くてすぐ覚えた。

「ヒーロー科が絡まれてるってことは、もしかしてあいつヴィランだった?」
「……知らない方がいいと思います」
「まじか。聞かんとこ」
「そういうあなたは――」
「わっ佳駆さん!?」

 思いもよらない方向から、知らない声で名前を呼ばれた。見ると、ボブカットの女の子がぽかんと口を開けている。この女の子も見覚えがあるぞ、雄英ヒーロー科だ。
 何で知っているんですかと思ったことが顔に出ていたらしく、緑谷くんが「前に画像がバズったとき、峰田くんがあなたのことを教えてくれました」と苦い出来事を思い出させてきた。学校と警察から灸を据えられたのだ。野鳥ウォッチャーにウォッチされるとは思わなかった。今度からはもっと高高度で飛び、位置はGPSを頼りにしようと決めた。
 緑谷くんが、首絞め男のことで連絡をしないといけないと言うので、わたしはボブ女子と一緒に緑谷くんを待つことになった。わたしがいる意味はあまりない気がするが、一応目撃者として残ってほしいと緑谷くんに言われたのである。

「――へえ、ヒーロー科みんなでお買い物か」
「あっうん。佳駆さんもお買い物?」

 ボブ女子改め麗日お茶子さんは、妙にそわそわと手を動かしながら聞いてくる。隣同士で座っているのだが、わたしに羽があることを鑑みても間が妙に広い。

「今日はどっちかというと散歩ですかね。というか、さん付けじゃなくていいよ別に」
「いやそういうわけには……」
「お茶子ちゃんはなんか硬いなぁ」
「そ、そうかなーハハハ」
「実くんは元気?」
「ああ、うん、元気だよ」
「あいつ、年々女子への変態度が上がってるけど大丈夫? 変なこと言われてない?」
「ううん……うーん……」
「気持ち悪かったらそう言ってやってね」
「それは大丈夫、言ってる」

 実くんの言動にはかなり問題があると思っている。あれは社会に出る前に矯正すべきである。わたしのことは女として見ていないので背中ガン開きファッションでもそういう被害に遭ったことはないが、ああいう輩は控えめに言っても気持ち悪い。
 小学校と中学校はわたしが容赦なく突っ込んでいたので高校生活が若干心配だったが、さすがヒーロー科女子、対応がたくましい。お茶子ちゃん、なんか狂暴な男子と戦ってたもんな。ほんわか女子っぽく見えてかなりしっかりしているのだろう。
 「引っぱたいてやってね」と笑顔で言うと、何故かどぎまぎされた。

「佳駆さんは、その、峰田くんと仲が良いの?」
「幼馴染だからねぇ……親同士も仲良いし。でも普通だよ。高校に入ってからは、一回会ったかな?」
「そっか」
「まさかと思うけど……実くんのこと?」
「違う! 違うよ! そんなんとちゃうよ! どっちかと言うと逆っていうか!」
「逆?」
「なんもないです……」

 勢い良く否定してきたかと思いきや、しゅんと小さくなってしまった。テンションの上下が激しい。
 そうこうしていると緑谷くんが戻ってくる。

「お待たせ。僕、これから事情聴取に行かなきゃいけなくなっちゃった。舟追さんはひとまずいいって。また聞きたいことがあったら連絡したいって言ってたから……あ、そうだ、連絡先聞いてもいい?」
「ワッわたしも聞いてもいい!?」
「おお、いいよ。お茶子ちゃんはなんでそんなに前のめりなの」
「ご、ごめんね、つい! わはは!」

 友達の友達って、なんだか妙に親近感わくもんな。お茶子ちゃんもそんな感じなのかもしれない。
 緑谷くんとお茶子ちゃんと連絡先を交換する。「実くん経由で連絡とってくれてもいいよ」とも付け足しておいた。
 
「じゃあデクくん、今日はもうお別れか」
「残念だけどね。皆に言っておいてくれる?」
「分かった! 出るところまでお見送りするね」
「はは、ありがとう」

 テンポよく会話をする二人を見ながらジュースを飲み切る。連絡先も交換したので、わたしもここで分かれてしまおうか。緑谷くんのお見送りだけご一緒しよう。
 
「わたしも一緒にお見送りするよ」

 ふよ、と浮きながら言うと、緑谷くんがありがとうと笑う。薄々感じてはいたが、体育祭の苛烈な印象とは大違いだ。人畜無害そうな穏やかな男の子である。
 ショッピングモールの入口で、お茶子ちゃんと一緒に緑谷くんに手を振る。緑谷くんは嬉しいことに女子二人の見送りに照れているようで、さっと走って行ってしまった。
 ちらり、と横のお茶子ちゃんを窺うと、お茶子ちゃんもわたしを窺っていた。浮遊しているのでわたしのほうが目線が高く、お茶子ちゃんの上目遣いを頂戴する。わたしと目が合うと顔ごと逸らされ、うつむいてしまう。丸見えな耳がどことなく赤いのは気のせいだろうか。

「じゃあ、わたしもこれで。まだこの中ウロウロするから、また会うかもしれないけど」
「あっ……」
「え?」
「佳駆さん!」

 意を決したようにお茶子ちゃんが顔を上げる。何故か顔が真っ赤だ。
 
「良かったら、一緒に回らへん? 退屈かもしれんけど……」

 何を言われるのかと思ったら、思いのほか普通の提案だった。てっきり、他にも来ているらしい雄英生と合流するのかと思っていた。
 わたしには何の問題もない。元々、目的なく散歩で来ていたくらいだ。それに、お茶子ちゃんと話すのはあまり緊張しない。未知の世界なヒーロー科の話も聞いてみたいし、実くんの活躍もあるなら聞いてみたい。

「おお、いいよ」
「いいん!?」
「いいよ。それにわたし、ここよく来てて詳しいと自負してるから、欲しい物があるなら案内するよ」
「やった! ありがとう!」

 お茶子ちゃんが花が咲いたように笑う。長めの横髪がこころなしか浮き上がったような気がする。触覚かな。

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