きみと素敵な一日を


▼デフォルト:空山世治アキヤマセチ
玲王と同じクラス
天体観測部
めちゃくちゃ悩むけど急にアクセルベタ踏みする
サモエドを飼っている

▼おともだち:神木璃乃カミキリノ
凪と同じクラス
茶道部
能天気でも慎重
玲王をミーハーしている




 登校して自席につく。まだSHRまでは時間があり、さほど急がずとも良さそうだ。
 教科書やノートを整理しながら、数学の問題集を家に忘れてしまったことに気が付いた。普段教科書類は学校に置きがちなので忘れ物のやりようがないが、問題集は宿題のために持って帰っていたのだった。ノートを持ってきているだけ幸いである。
 忘れ物問題は、別のクラスの友達に借りるのが最善手だ。わたしは隣のクラスに移動して後ろのドアからのぞきこみ、一番親しい友達を探して手を振った。

「璃乃ー!」

 教室の真ん中の列の真ん中で、クラスメイトと話していた女子生徒がこちらを見る。神木璃乃は一年の時に同じクラスで、何がきっかけだったかもはや覚えていないが、おそらく同じ学年で一番仲の良い女子生徒である。
 璃乃はへらへらとした笑顔で歩み寄ってきた。

「世治じゃん、どしたの」
「数学の問題集持ってる?」
「あるよ。何時間目?」
「一時間目。璃乃も使う?」
「午後だから大丈夫。持ってくるからしばし待たれよ」
「恩に着る」

 ふらっと自席に戻る璃乃を見送りながら、視線を別の席にずらす。璃乃の席がある列から一つ廊下側の列、その一番後ろ。つまり、教室の後ろのドアにいるわたしとかなり近い位置で、白髪の男子生徒が机に伏せっている。寝ているのかただ伏せているだけなのか分からないが、動く様子はない。
 白い頭を見つめて数秒、戻ってきた璃乃に笑われる。

「見すぎー」
「うっいやっ」
「はいご所望の品です」
「かたじけない……」

 璃乃はわたしが見ていた方向を見て、にっこり笑みを深める。

「話しかけてみれば?」
「誰? ってなるでしょ……」
「だからこそさあ、あなたのことを知りたいです! ってさ」
「いやいやいや」

 もう一度ちらりと視線を向けると、緩慢な動作で起き上がっていた。見ているのがバレるわけないと分かっていても、思わず視線を逸らしてしまう。
 彼は凪誠士郎。面倒くさがりでゲーム好き、面倒くさそうにサッカー部に所属し、そこでは天才として活躍していると聞く。去年の体育祭でもやる気なさげなのんびり具合だったので、いまいちスポーツマンな凪くんは想像できない。ぽやぽや小動物系の性格に似合わない長身。よく別の男子生徒に世話を焼かれている。
 わたしは去年も今年もクラスが被っておらず、おそらく彼には名前すら認識されていないだろう。わたしとて、彼のことはろくに知らないが、その、まあ、あの、恋に落ちたものだから仕方がない。
 璃乃が満面の笑みで声をひそめる。

「呼んでこようか」
「やめてやめて」
「えー」
「御影くん呼んでくるよ」
「あたしを殺す気?」
「問題集ありがと」

 横目で凪くんを見てから、璃乃に手を振って自教室に戻る。
 凪くんはその長身から、入学当初からなんとなく生徒の注目を集めていた。ただ、目立った行動が無かったことと、同学年の御影くんという大企業御曹司の万能っぷりにかき消され、比較的影は薄かったと思う。しかし、その御影くんといつの間にか仲良くなっておりサッカー部に引っ張られ、再び自然と目を引く存在になった。
 わたしが凪くんをちゃんと認識したのは、学校の売店だった。挨拶すらせず、遭遇しただけ。それだけなのだが、もっと話してみたいと思ったのがどんどん膨れ上がって恋になった。以来、凪くんの気配を察知するたびに横目で確認する日々を送っている。



「話してみたらいいのに」

 二時間目が終わって問題集を璃乃に返しに行くと、開口一番そう言われた。
 話してみたいで声をかけられるわけがない。何か接点があるわけでもなし。せめて同じクラスとか、わたしがサッカー少女だとか、同じゲームをプレイしているだとか話題があれば良いが、何のゲームをしているのか分からない。
 わたしはまた横目で凪くんを見た。凪くんはフードを被ってゲームをしていた。

「じゃあさ、璃乃は『ちょっと話してみたくて』って御影くんにアタック出来るの?」
「無理でしょ。どんだけ人気があると思ってんの」
「だったらわたしだって無理だよ。面白がってるでしょ」
「あたしは世治のためを思ってさぁ。御影くんは接点ワンチャンだけど、あのものぐさ王子はこっちから行かないと無理じゃん」
「それは、でも、別にわたしは別にそんなんじゃないし」
「えー?」

 そんなんじゃないこともないが。そりゃ、話せるなら話したいし、かの、か、彼女になれるもんならなりたいが。
 にやにやする璃乃の肩を小突いて、教室を後にする。
 璃乃の言うことは尤もなのだ。凪くんは自分から動くタイプではない。食事すら面倒だとゼリー飲料を好んでいることも聞いている。部活にも御影くんが引っ張って行っている。そんな凪くんと関わるのは、クラスが別のわたしには不可能に近い。
 わたしだって、なれるものなら凪くんの隣の席になりたかった。しかしなれない。クラスが違うのだから。
 わたしは英語の授業を話半分に聞きながら、片想いを拗らせる。ノートに小さく薄く<凪 誠士郎>と書いてすぐに消した。名前すらかっこいい。
 そう、隣の席にはなれない。でも、誰かが凪くんの隣に座って、誰かが凪くんと一緒に日直の仕事をして、誰かも凪くんを好きだろう。凪くんも、誰かを好きだったりするかもしれない。わたしにはとても、凪くんを振り向かせられる気がしない。それでも、凪くんに彼女がいるという噂を聞いたらショックをうける自信がある。何も行動していないのに、わたしは勝手に振られるのだ。
 関われるものなら関わりたい。話しかける度胸もない。しかし、やらねば何も叶わない。

『宝くじはさ、まず買わないと当たんないわけ』

 父親の言葉が頭をよぎる。当たる当たらない以前に、買わないと話にならない。宝くじなんてどうせ当たらないのに、と言ったわたしへの返答だった。
 やってみないと分からない、ではない。まず土俵に乗らないと、やることすら出来ない。
 わたしはシャーペンのグリップ部分を指先でこねながら、高揚を自覚して顔を上げた。
 あのときああしておけばよかったと、後悔するのだけは嫌だった。

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