きみと素敵な一日を2


 昼休みに手早くお弁当を食べて、また隣のクラスを覗いた。にぎやかな教室に凪くんの姿はない。わたしのクラスにも御影くんの姿は無かったので、二人で食堂にでも行ったのだろうか。食堂に行ってみようかと教室から離れると、背中に声がかけられた。

「誰か探してるの?」

 振り向くと、璃乃が教室のドアから顔を出していた。わたしに気付いて、わざわざ席を立ったらしい。右手には箸を握っている。
 わたしはうるさい心臓を自覚しながら、精一杯かっこよく笑った。

「凪くん探してくる!」
「えっ?!」

 きょとんとした璃乃にウインクをして、食堂を目指して早足になる。
 璃乃に宣言した以上、もう引き返せない。かっこ悪いことはしたくない。走り出したら止まりたくない。この勢いのまま、凪くんに会いたい。
 食堂にいたら流石に人目が、と徐々に冷静さを取り戻したところで、廊下を曲がると凪くんがいた。「オッ」と変な声が出たが、昼休みの喧騒にかき消されたと思いたい。
 凪くんは御影くんと並んで、こちらへ歩いてきていた。眠たそうで、気だるそうに歩いている。
 わたしは凪くんに釘付けだったが、先にわたしの存在に気付いたのは御影くんだった。自分たちの進路を妨げている女子生徒がいたら、そりゃ声もかけたくなるだろうとは思うので、御影くんが特別気を利かせてくれたわけではない。進路妨害している上に自分をガン見している女子生徒すら眼中にない凪くんが呑気すぎるのだ。

「空山さん?」
「御影くん、ちょっとだけ凪くんを借りてもいい?」
「凪を?」

 呼ばれてるけど、と御影くんが凪くんの視線をわたしに誘導してくれる。
 眠たげな目がわたしに向けられ、それだけで単純な恋心は舞い上がりそうだった。心臓が、ソロパートにテンションが上がりすぎたドラマーの演奏よりもうるさい。口から出そうなそれをなんとか胸に留める。
 凪くんはわたしを見たものの、表情ひとつ変えなかった。

「誰?」
「空山です」
「俺に用事? めんどくさい。玲王、代わりに聞いておいて」
「それは駄目なやつだと思うけど……」

 御影くんは何かを察してくれたのか、代理を拒否する。わたしは今とんでもなく赤面している自覚があるので、やはり凪くんが呑気すぎる。
 しかし、これで引き下がるわたしではなかった。あの、超絶面倒くさがりな凪くんが、知りもしない女子生徒と、一対一になる手間を許容してくれるとは思っていなかった。覚悟していた状況になっただけだ。
 わたしは、生徒の行き交う食堂近くの廊下で一度深呼吸をした。興味なさそうな長身を見上げて、両手を握る。

「凪くん」
「うん」

 返事をしてわたしを見てくれるだけ幸いだ。それだけで嬉しいが、それだけでは、まだ土俵に立っていない。

「わたし、空山世治。御影くんと同じクラス。凪くんって好きな人とか彼女いる?」
「そういうのはいないけど……」

 凪くんが少し驚いたような顔をした。わたしの言わんとすることに気づいたらしい。ここまで言ったのだから察せられてしかるべきだ。
 付き合える付き合えない以前に、話しかけないと友達にすらなれない。

「わたし、凪くんのこと好きで、でも話したことないし、凪くんはわたしのこと知らないと思うから、あの、これから話しかけるから!」
「え、うん……?」
「とりあえず名前覚えてほしい。あと色々凪くんのこと知りたい。毎朝挨拶しに行くから、邪険にしてないでくれると嬉しい」
「うん……?」
「あ、でも本当に鬱陶しかったら優しく教えてね。じゃ! お時間いただいてありがとう! 御影くんもありがとね」
「俺は何もしてないけど」

 驚きから困惑に変わっていく凪くんを目に焼き付けて、御影くんにも礼を言って踵を返す。
 言った、言えた、ちゃんと伝えた。自分の力で土俵に上がった。とりあえず、凪くんに認識されるところはクリアした。ついでに告白もしたので、突如挨拶しにいっても変な誤解を与えなくていい。悩んでいる間にまたいじいじしてしまうくらいなら、最初から全力で当たりに行く。
 「玲王、俺告白された?」「されたな」「どうしよ」「俺に聞かれても」そんなふたりの会話を聞きながら、わたしは何もないところで転んだ。


 五時間目後の休み時間に、御影くんがわたしの席へやってきた。
 御影くんはその家柄ルックス成績等等から注目度が嫌でも高い男子生徒だ。同じクラスとはいえ普段ほぼ関わりがないわたしに話しかけているというのは、なんとなくクラスメイトからの視線を感じる展開なのだった。食堂近くの廊下で公開告白をこなしてきた後なので痛くも痒くもない。
 他のクラスメイトからの視線はともかく、御影くんがわたしの席の横に立ったのには背筋が伸びた。御影くんは凪くんの保護者のようなイメージが定着しているのだ、わたしの目的が凪くんとはいえ、御影くんの存在感はどうしたって大きい。
 御影くんは座っているわたしを見下ろして、なんとも形容し難い複雑な顔をしていた。

「昼のアレ、マジ?」

 何かしらの苦言を呈されるかと身構えていたので、わたしは肩の力を抜いた。

「マジだよ」
「なんか意外すぎて……空山さんってあんなに男前な告白するんだな」
「ありがとう。既にあんまり記憶がない」
「嘘だろ」
「部活の邪魔はしないから」
「ああ……うん。流石に恋路にまで口出すような無粋なことはしないよ」

 御影くんは「凪かあ……」と思案げにした。

「凪はかっこいいからモテるのは分かってるんだけど、いざ告白に遭遇すると……告白を振るのは予想できるけどさ、宣戦布告はどうすんのかなって」
「引いてた?」
「あんなにびっくりしてるの初めて見た」
「アタクシ、凪くん、落とします」

 拳を作って言うと、御影くんが笑った。

「空山さんって面白いキャラだった?」
「清き一票、よろしくお願い致します」
「凪誠士郎彼女総選挙でもやってんの?」
「このくらいふざけないと照れてしぬ」
「心配になるくらい赤面してたし、派手にコケてたな」
「見てたの?!」
「もうちょっと転んでてくれたら、俺も凪も声をかけたけど」
「惜しいことをした……」

 御影くんがまた笑う。御影くんは我が学年イチのモテ男なので、あちこちで流れ弾に当たった女子生徒の声がした。

「応援ってのも変だけど、凪を落とすの頑張って。空山さん面白いから」
「うん」

 御影くんは爽やかに言って自席に戻った。凪くんの誕生日や食べ物の好みを聞こうかと一瞬思ったが、それこそ凪くんとの話題になると気付いてやめた。
 さて、明日から、凪くん口説き落としチャレンジの開始である。


- 45 -

prevanythingnext
ALICE+