わたしのヒーロー2


「あ、噂のカノジョ」

 下校時、靴箱にて、知らない生徒に話しかけられた。
 ここは雄英高校。知らない生徒は雄英生、もちろんわたしも雄英生。
 そう、わたしは雄英高校に入学していた。普通科ではあるが、全く行く気のなかった雄英高校に。
 頑張ってみたいと思ったのだ。将来云々ではない、刹那的なもの。今、そうしたいから、そうするだけ。と、非常に軽い気持ちだが、受験勉強はとてつもなく大変だった。わたしの成績はギリギリなのだ。偏差値七九は凄まじい。
 それはともかく。
 金髪頭の男子生徒と、ぶどうのような頭をした男子生徒が、昔から知った友人のように話しかけてきたのだ。

「あっほんとだ!噂の!」
「だろ?あ、悪ぃな急に!」
「わたしの噂なんてある、んですか?」
「俺らのクラスでなー。てか敬語いらないぜ!」

 俺らも一年だからな!と金髪の子が歯を見せて笑う。わたしが敬語を使ったので、新入生だと分かったのだろう。もしかしたら"噂"のせいで、とっくに知っているのかもしれないが。
 というか、噂とは。何事だろうか。

「俺は1−Aの上鳴電気!」
「同じく峰田実!」
「ウェッヒーロー科か……。わたしは三河里架代、普通科」
「三河里か!よろしくなー」
「上鳴くんと峰田くん、ね。それで噂ってなにごと?」

 ずずい、と二人は近寄ってくる。わたしは顔をひきつらせて、近づかれた分だけのけぞった。
 
「ずばり!」
「三河里って轟と付き合ってんのか?」

 ……轟くん、とな。
 轟くんとは、同じ中学の出身で、この雄英高校のA組に推薦で入学した超エリートである。わたしは轟くんを知っているが、中学で特別親しかったわけではない。それどころか、まともに話したのは三年の半ば。
 わたしはその時、彼に励ましてもらった。轟くんにはそんなつもりなかっただろうけど、わたしは、一方的に救われたのだ。
 そんな訳で一方的な恩義を感じていた私は、入学後、下校時に出くわした轟くんに話しかけたことがある。彼らが言う噂の出どころはそれだろう。
 というかだな、轟くんは否定しなかったのだろうか。

「轟くんとは中学が一緒なの。それで挨拶しただけだよ」
「なんだそうかよー」
「その噂に関して、轟くんはなにも言わなかったの?」
「三河里と同じこと言ってたけど、誤魔化してるだけかと思って」
「オイラは怖くて聞けなかったけどな!」
「あー分かる。ちょっと近寄りがたいもんね」

 峰田くんの言葉にうんうん頷く。わたしにとってはヒーロー科イコール轟くんで、つまり凄まじいエリート集団っていう認識だったから、こうして気楽に話せるのは嬉しい。
 にしても、ヒーロー科の人にも一目置かれる轟くんすごい。高校に入学してから轟くんに話しかけた時も、非常に緊張したのだ。
 ヒーロー科については興味があったので、そのまま峰田くんや上鳴くんにA組について問い掛けてみる。彼らはかなり、その、言い方は悪いが、単純なようで、わたしが一々問いかける必要もなくハイテンションで話してくれる。
 しかしここは下駄箱だった。それなりに声も響く。

「……お前ら、仲良かったのか?」

 わたしは、突如背後から聞こえた声に勢いよく振り返った。
 噂をすればなんとやら――轟くんが立っていた。こてりと首をかしげて、わたしたちを窺っている。
 上鳴くんが「たった今仲良くなったんだ!」とわたしの肩に腕を回す。峰田くんも上鳴くんに便乗しているが、どことなく怯えが見える。噂をしていたうしろめたさだろうか。
 わたしは上鳴くんの言葉に苦笑しつつ、ひらりと片手を上げた。

「久しぶり、轟くん」
「ああ」
「なんかごめんね、わたしのせいで変な噂立っちゃったみたいで」
「噂……?ああ、それで上鳴と峰田が。別に謝るようなことじゃねえだろ」
「轟くんの彼女に誤解されたらと思うと」
「……そういうのはねぇよ」

 轟くんは面白くなさそうに言う。わたしは驚き半分、納得半分だった。轟くんはモテそうだけど、轟くんが恋愛しているイメージがわかない。失礼だが。
 驚いたのは男子二人も同じらしく、上鳴くんが声を上げる。ちょっとうるさい。

「えっ!?まじで!?お前でも彼女いねーの!?」
「……なんか腹立つ。凍るか?」
「ヒッ」
「上鳴くん、わたしは凍りたくないから放して」
「見捨てられた!?」
「架代に手は上げねえよ。峰田は別」
「オイラ巻き添えじゃん!」

 上鳴くんと峰田くんが、手を取り合って轟くんから距離を取る。うっかりときめいてしまったわたしは、二人の様子に笑いながら顔の熱を冷ましていた。
 天然こわい。やめてほしい。
 
「はは、A組って仲良いんだね」
「今オイラたちには凍死の危機が迫っているというのにその台詞!」
「いい突っ込みだね」
「呑気だな!?」
「まあいいや、そろそろ帰ろ」
「三河里って自由だな……」

 そう言いながら連絡先の交換を提案してくる上鳴くんも、中々自由だと思う。
 断る理由もないし、何より楽しそうなので、快く頷いた。

「じゃあオイラとも!」
「いいよ。よろしく。大層なものじゃないけど」
「女子の連絡先ゲット……!」

 新しく増えた二つの名前を眺めて、一つ頷く。交友関係が広がるのは嬉しい。普段接点のないヒーロー科に友達が出来て、轟くんとも会えた。今日は良い日だ。
 携帯を、いつもより少しだけ丁寧にポケットに仕舞おうとして、突然腕を掴まれた。
 がっしりした手で、びくともしない。これ、わたしの腕を一周しているんじゃないだろうか。男の子の手って大きいなあ。身長もあるしなあ。そう現実逃避をしつつ、轟くんを見上げた。
 轟くんは少しの間を置いて、連絡先、と呟く。

「俺も、聞いてねえ」
「……そういえば、そうだね。えっと、交換してくれる?」
「ああ」
「なんだよ轟、俺たちが羨ましくなっちゃったのかー」
「俺の方が架代と親しいのに、連絡先知らねえなと思って」
「……轟サン、三河里に好意的だな?」
「そうか?」

 やだ轟くん攻撃力高すぎ。
 わたしはさらに増えた連絡先に、緩む頬を引き締める。轟くんにとってのわたしは、ただの同中女子から友人へランクアップしていたようだ。憧れの人に認識されているというのは素直に嬉しい。
 わたしは小さくガッツポーズを決めた。
 
「ヒーローの連絡先をゲットしてしまった……!」
「えー俺のときにはそんな感動してなかったじゃん!」
「あ、轟くんはわたしのヒーローだから」

 本人の前で言うことでもないかもしれないが、つい、にへらと笑ってしまう。
 轟くんは以前と違い、ため息はつかなかった。だが、ちょっとだけ照れたように視線を逸らした。

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