彼は男の子です2




 丁寧に頭を下げるウェイター、足音を吸う絨毯、落ち着いたBGMとなれば、いくら奢りとはいえ身構える。おそらく英語で――流暢すぎる上、わたしの耳には日本語として届く――ウェイターとネスさんが言葉を交わし、四人席に通された。
 そもそも、ウェイターがいるということがジェネレーションギャップだ。大体がAIで済まされているので、生身の人間が接客するというのはよほどのVIP客でもなければ体験できない贅沢だ。
 革のカバーをされたメニューを渡される。英語が併記されたメニューの値段は時代が違うのでピンとこなかったが、乱が小さく感嘆したので結構なものなのだろう。
 いちごパフェを食べたところとはいえここは別腹だ。わたしはいちごのショートケーキとホットコーヒーのセットにした。乱もいちごのショートケーキ、ドリンクはホットティー。カイザーさんとネスさんはコーヒーだけ注文していた。
 品を待つ間にふたりの立場について質問すると、サッカー選手と返ってきた。ドイツのチームに所属しているのだそうだ。スポーツ選手と出会うのは初めてなので少しテンションが上がる。今は仕事で日本におり、その仕事開始日より早く来日して観光していたという。
 さらに驚くべきはふたりとも十代だということ。てっきり二十代だと思っていたが年下だった。刀剣男士は若く見えてとんでもない年上ばかりなので、逆のパターンは新鮮だった。

「それで、ミダレは? ハイスクール?」

 質問の対象が乱だけなのには驚かない。

「事情があって学校には通ってないんだけどね」

 乱が現世用の設定を口にする。わたしは小説家設定だ。わたしの時代では審神者が公務員として扱われるとはいえ、戦力だからこそ表向きは伏せる必要がある。カイザーさんの前ではその設定を口にする必要もなさそうだが。
 穴が無いように設定を組んでいるとはいえ、それがこの時代でも違和感がないかは不安がある。家庭の事情といえば深く突っ込まれはしないだろうが、乱は上手く話題をカイザーさんに戻した。

「カイザーさんってドイツ人なんだよね。ボク行ったことないんだけど、どんなところ?」
「そうだな。ビールとワインとソーセージ、観光地だとノイシュバンシュタイン城が外国人には人気か? 経済大国でもあるな。もちろんサッカーも強い」
「へえ。やっぱりサッカー好きなんだ」
「好き嫌いではなく、俺がピッチの皇帝だというだけだ」
「わあ傲慢」

 会話の合間にいちごを食べた乱が、顔を輝かせてわたしを見上げる。おいしいねえ、とわたしも笑みを返す。万屋街のいちごパフェも美味しかったが、比較的お手頃チェーン店と高級ラウンジではまた違う。時代が変わっても日本の料理は美味しいらしい。
 乱にばかり会話を任せては味わう余裕がないだろうと、今度はわたしがネスさんに振った。カイザーさんは返事をしてくれなさそうなのでネスさんに。

「ネスさん、お仕事で来日されてるということでしたが、サッカーの試合ですか?」
「ああ、そんなところです。今日本で行われているストライカー育成計画に一枚噛むという感じですね」
「ストライカー育成計画……」
「ブルーロックプロジェクトです。今日本では話題になっているという認識でしたが、ご存知ない?」
「えっとぉ、わたしスポーツ疎くて」
「ボクもスポーツわかんなーい」

 乱が即座に乗ってくる。 ネスさんに驚いた様子はない。

「ああ、まあ、そうだとは思いました」
「なぜ?」
「バスタード・ミュンヘンというチーム名も、カイザーのことも全く知らないようだったので。少なくともサッカーには明るくないのだろうなと」

 カイザーさんは、もしやかなりの有名選手なのだろうか。サッカーに詳しくないで納得してくれたから良かったものの、ボロに繋がりかねないところだった。
 この自然な流れで聞いておこうと質問を重ねる。

「有名なんですか? カイザーさんは」
「はい、とても。新時代十一傑(ワールドベストイレブン)に数えられるほどです」
「わーるどべすといれぶん」
「若手サッカー選手として、世界上位十一名です」
「うわすっご。まじですか」

 素直に驚くと、ネスさんが自慢気にする。カイザーさんはコーヒーを飲んでいた。当然だな、と言いたげだ。さすが皇帝。

「なんで十一人なの? 十人のほうがキリよくない?」

 乱の疑問にはカイザーさんが答えた。

「サッカーは十一人で一チームなんだよ。ほんとに知らないんだな」
「けっこう多いんだね」

 乱の基準が本丸の部隊編成だということがなんとなく分かってわたしも頷く。十一人をまとめるのは大変そうだ。
 乱がサッカーのルールについての質問を始めた。純粋な疑問半分、サッカーの話をしておけばおかしな口説きが炸裂しないだろうという思惑半分だと思われた。
 わたしも聞きながらコーヒーを飲んでいると、対面のネスさんに見られていることに気づいた。

「なにか?」
「いえ、本当に興味がないんだなと」
「……カイザーさん?」
「はい」

 名前を出されたカイザーさんの意識がこちらに向く。
 ネスさんの言葉の意味を計りかねた。

「有名サッカー選手でこの通り見目も良いですから、大抵女性はアピールするか、この態度を許容できずに機嫌を損ねるかの二択です。あなたはどちらでもないので」
「美人だなとは思いますよ。ただ見目麗しい存在というのは見慣れてますし、個性の暴力にも慣れてるので、乱を害さなければ別になんでもいいです」
「姉さん♡」
「カイザーへの興味のなさは妹さんも中々ですけどね」
「ボクは姉さんが一番だもん。一番かわいくてかっこいい。あと弟ね」

 乱に相当分厚い主フィルターがかかっているのは当然としても、嬉しいことに変わりはない。燭台切にセットしてもらったヘアアレンジを崩さないように頭を撫でる。乱が笑う。はいかわいい。
 端末を取り出して、嬉しそうな乱を撮影する。無事を連絡するついでに本丸チャットへ写真を送ると、瞬間でドッと返信が来た。にんずうが多いだけに無闇に連絡をしてこなかっただけで、みんな端末を持って心配してくれているのだ。個別に返信出来る量ではないので、【ケーキを御馳走になってる^^】と状況だけ伝える。秒で返ってきた一期の【どなたですかな】という返信は、弟がお世話になって申し訳ないありがとうの意か、どこのどいつが弟を誑かしたのかという意か、どちらだろう。


 主にサッカーの話題が占めたお茶会をありがたくご馳走になり、ラウンジを出る。ちょうどこんのすけから電話がかかってきたのでその場で出た。

『審神者様、大変お待たせしました。帰城用転移ゲートの喚び出しが可能になったかと思います。人目につかないところで喚び出し、本丸へ戻られてください』
「はーい、了解。いろいろありがとうね」
『いえ、この度は政府の不手際でご不便をおかけしました。後日お詫びがあるそうです』
「なんだろ。みんなで温泉旅行とかがいいな」
『それは規模が……』

 電話を切って乱にサムズアップすると、乱も笑顔で返してくる。乱の表情は本当に安堵していて、不測の事態に人知れず神経を尖らせていたことを知った。わたしを守らなければならない立場では、もしやケーキの味も大してしなかったのでは。本丸に帰ったら目一杯労おう。
 豪奢なホテルのロビーで、カイザーさんとネスさんに向き直って乱と一礼する。

「ご馳走様でした。帰る算段が立ったので、家に帰ろうと思います」
「この寒空の下コートもなく帰るのか」

 カイザーさんが呆れたように言う。なんとなく言い方に引っかかりを覚えて乱を見ると、乱もきょとんとしていた。
 まさか、わたしたちが寒そうだからお茶に誘ってくれたのだろうか。そんな好意的解釈が頭をよぎったものの、そうだとすれば誘い文句が独特すぎるし、突っ込むのも野暮な気がして追及しなかった。
 乱がカイザーさんに笑顔を向ける。

「さっと帰れるから大丈夫だよ。心配してくれてありがと。でも姉さんを悪く言ったのは許さない」
「ミダレはこの凡庸な姉のどこがいいんだか」
「姉さんの素晴らしさが分かんないなんてカイザーさん可哀想。ボクが姉さんの立場を考えて動ける優秀な弟であることに感謝してね、じゃないとぶん殴ってるよ」

 カイザーさんが肩をすくめた。

「ドイツに来ることがあったら観光案内でもしてやる」

 もしものこれからを指す言葉に、微笑むことしかできない。事故で過去にいるわたしたちがこの時代のドイツに行くことはあり得ない。カイザーさんやネスさんともこの場でお別れだ。
 わたしとは違って過去に慣れている乱は、カイザーさんのもしもを聞いても変わらず明るかった。せいせいすると思っているのかもしれない。

「じゃあそのときは、美味しいビールのお店連れてってね」
「探しておいてやろう」

 どれだけ幼い見た目でも焼酎を飲む刀剣ならではの失言かとはらはらしたが、カイザーさんとネスさんに気にした様子はない。冗談だと思ってくれたのか、ドイツは飲酒可能年齢が低いのか。あとで調べてみよう。
 わたしはイヤホンを外して、ネスさんに渡した。乱もカイザーさんに返却する。

「楽しかったです、ありがとうございました。あ、お仕事頑張ってください」
「カフェについてはありがと、お世話になりました!」

 ふたりは何かを言ってくれたが、残念ながらもう分からない。もう一度礼をして、ホテルの前で別れた。


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