責任取って


side凪


 告白されるということ自体は、初めてではなかった。今の時代、手紙や呼び出しではなくメッセンジャーアプリが用いられる。凪自身、告白された経験があるとはいえプレイボーイというわけではないので検証には数が足りないかもしれないが、クラスメイトの会話を漏れ聞いても規則正しいフォントを用いた告白ばかりであるように思う。
 前向きに交流を取らなくとも、連絡先というのは案外簡単に流出する。クラスでメッセンジャーアプリグループを組んでいれば、クラス中に連絡先が開示されたも同然。いつの間にか一方的にフレンド登録されており、そこから別のクラスの生徒へも渡る。そのため、凪の記憶にない女子生徒から突然告白メッセージがくることがあった。整った電子の文字の告白とはいえ女子生徒が勇気を出していることはなんとなくわかるので、凪の記憶にないだけで何らかの関わりがあった女子生徒なのだろうが、凪の印象には残っていない。知っている女子生徒からのそれを気まぐれに受けたこともあるが、何に対しても無気力で無関心で面倒くさがりなタチなので、結果は推して知るべしである。
 そんなご時世なので、人通りのある場所で顔を真っ赤にしながら告白されればそりゃ興味も沸く。空山世治は告白で終わりではなくそれをきっかけにして、宣言通り毎朝凪のもとに現れた。赤面しながらも嬉しさを隠さず、見えない尻尾を全力で振っている様子を毎朝見れば、可愛い子だなとも思うし近づいてみてもいいかと思う。その内、彼女以外と自分が話している姿が想像出来なくなり、彼女のことを知りたいと思うようになり、しっかり口説き落とされた。
 恋人同士となってからも、空山は朝の挨拶を欠かさなかった。凪も彼女を真似て、彼女の教室を訪れて雑談をした。自分が訪ねられる側ならばともかく、足を運ぶことが面倒だと思わないことには我ながら驚きである。

 凪は、自分の机の横でしゃがみこんでいる空山を見下ろした。凪からすればほとんどの女子生徒は<小さい>に分類されるが、<愛らしい>と思うのは彼女だけだ。
 何を話していても嬉しそうな空山のつむじを何気なく押そうとしたものの、ふと手を開いたまま乗せた。

「ウッ」

 空山がブローを食らったかのような声を出す。
 凪は、自分の行動に真っ赤になって硬直している空山の頭を撫でてわずかに口元を緩めた。微妙な笑みを目撃した空山がさらに赤面したことには気付かず、凪ははっとして弾かれたように手を離した。凪が一番後ろの席でなければ、後ろの席に迷惑をかけていただろう勢いだ。
 凪は両手を上げて降参のポーズをとる。突然危険物扱いされた空山が首を傾げていた。その表情がほっとしたことを表していて、自分の行動にどぎまぎしてくれるのは嬉しいが離れて喜ばれるのは複雑で、しかし再び撫でる動作が出来なかった。

「どうしたの?」
「あたま、ちっちゃくない?」
「それは思ったことないけど」
「ちっちゃい。俺、つかめるよ」
「首もがないで……」

 バスケットボールを片手で持つのはさすがに難儀だが、バレーボール程度なら楽に持てる。空山の頭を撫でて、その感覚になったのだ。

「頭、握りつぶせそうだった」
「殺害予告しないで」

 凪は男子の中でも頭一つ分長身だ。その分手足も大きい。逆に、空山の頭が極端に小さいわけがない。これは凪自身の手が大きい故の感覚だと分かってはいたが、頭を撫でるなどという動作を生まれてこの方行ったことが無いため、空山の頭を持てそうだというのは大きな衝撃だった。
 降参状態で固まっていると、しゃがんでいる空山がにへと笑う。

「また撫でて」

 凪がつむじを押しただけで赤面するくせに、こういうことを言うのだ。さすが、公開告白してきただけあるというべきか。
 空山が時計を確認して立ち上がる。SHRまでの短い逢瀬だ、長話は出来ない。
 空山は、ぽす、と軽く凪の頭に手を乗せた。

「では、良い一日をお過ごしください」
「……うん」

 空山は心配になるくらい赤面して、ドアに激突しながら自分の教室に戻って行った。
 凪はそれを見送ってから、上げていた両手を降ろして机に突っ伏す。顔に熱が集まっているのが分かった。彼女が立ち去ってくれて良かった、情けない顔をさらすところだった。
 仕返しされた。悔しい。あと、可愛い。
 女子が自分より小さいことは知っているのに、それが実感に変わるとこうもかき乱されるとは。恋愛になど特に興味もなかったが、悪くないなと思ってしまう。

「ほんと……」

 頭を抱え込んで呟く。ほんと、ほんと。
 彼女がこんなにも可愛いものだとは知らなかった。

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