それは〇愛ですか5


 貞ちゃんはわたしを精一杯あやしてから、まるまるとした愛嬌のあるぬいぐるみに擬態した。
 京都駅から新横浜駅まで新幹線で移動し、電車に乗り換え、横浜駅で一度改札を出た。学生の頃の遊び場を貞ちゃんに見せたかったのだが、貞ちゃん用のコートがない。一番厚着な戦装束は目立ちすぎるし、他に霊体化していて装備できるものと言えば内番服と浴衣だ。真冬にはとても似合わない。

「冬服買ったら、また来ようね。あんまり覚えてないけど、案内するからさ」

 トートバッグに声を掛け、電車に乗るため改札を通ろうとして、通れなかった。
 生態認証で通れた時代ではないことを、気を付けていないとすぐに忘れる。改札に引っかかって転倒するという無様をさらし、穴があったら入りたいくらいだったが、幼馴染に発見されたのでプラマイゼロだ。

「九乃だな」

 そう呼びかけられたとき、わたしは密かに感動していた。
 刀剣男士は、わたしのことを名前で呼ばない。わたしの本名を知ってはいるのだが、神霊と縁を結びすぎないようにするため、<主>呼びが推奨されている。審神者制度発足当初はそれこそ神隠し対策だったらしいが、わたしが審神者になったときには、慣例的なものになっていた。
 <時の政府>もわたしの名前は呼ばない。使われるのは<梧桐>という号だ。
 わたしの名前を呼ぶということは、正真正銘、この時代のわたしの知り合い。地元の駅でもないのにと顔を上げると、立っていたのはクールに育った幼馴染だった。実家に向かう途中でその弟とも合流した。
 糸師冴と糸師凛。近所に住んでいるサッカー大好き兄弟だ。わたしはよく彼らの面倒を見ていたので、懐かれていた自覚がある。わたしも、彼らのことはとても好ましく思っていた。サッカー以外への興味の無さは考えもので、冴ちゃんの傲岸不遜み感じる振る舞いも気がかりだったが、兄弟仲は良かったし素行に関してはかなりいい方だった。
 よくよく成長した冴ちゃんと凛ちゃんは、五年前より笑わなくなっていた。しかし、元気そうで大変よろしい。口の悪さはフルスロットルだったが、舌打ちは投げキッスみたいなものなので良い。
 わたしの帰還を喜んでくれたらしい二人は神妙な顔で、帰宅任務に緊張するわたしに付き合ってくれた。わたしが面倒を見て甘やかしていたはずなのに、わたしが甘える立場になっていた。
 五年だ。わたしの知らないところで彼らは成長し、彼らの知らないところでわたしは全てを失くしていた。
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