15.もう大丈夫

安室さんがわたしを抱えたまま、現場で一番偉そうな刑事さんのところへ行き、この人は実際なにも見てないし聞いてないし大して役に立たないし今日は疲労困憊でボロボロだから事情聴取は明日にしてもらえないかという話をした。言葉はもっとオブラートに包まれて優しかったけど、要約するとこんな感じだ。刑事さんも安室さんに抱えられてぐったりしたわたしをチラリと見て、了承してくれた。

車の外に出して欲しいとは言ったけど、事情聴取を先延ばししてくれるとは思わなかった。よく気がつく人だ。本当になにも話せることはないんだけど。
そして警察の方が、わたしを車で自宅に送り届けてくれるそうだ。ありがたいことだ。車の後部座席に下ろしてもらった。荷物持ってきますね、と安室さんが離れて行く。あの人はこのあと、車の処理とか、事情聴取とかで忙しいんだろうな。
少ししてから彼が後部座席のドアを開けて、乗り込んできた。手にはわたしの鞄。あれ?この人も帰るの?いいの?

「色々残ってますが、明日に処理することにします」

大抵の面倒なことは代理がやってくれます、と小さく笑った。次に、運転席と助手席に警察の人が乗る。住所は安室さんが伝えてくれた。シートベルトをして、そのまま発進。もう事故は嫌だ。

マンションの前に横付けしてもらって、シートベルトをモタモタ外してる間に、安室さんが反対側の扉から降りた。わたしが座っている方の扉を開けてくれて、わたしの足の上に置いてあった鞄も持ってくれる。どうぞ、と差し出された手に引っ張られて立ち上がる。少しよろめいてしまったけど、もうちゃんと歩けそうだ。

「ありがとうございました。ここまでで」
「いえ、今日は」

ああこのまま同じ部屋に帰って行くパターンか。理解した。振り返って、警察の人にお礼を言う。明日の11時に事情聴取があることを伝え、彼らはにこやかに去っていった。
安室さんはわたしの手を引いたままだ。彼が持っている鍵でエントランスも玄関も開く。がちゃん、と玄関の扉が閉まり、安室さんが内側からしっかり鍵をかける。わたしは玄関の電気をつける。よろめきながら靴を脱ぐ。まだ私の手は安室さんに捕らえられたままだ。何だろう。安室さんも靴を脱いだ。ようやく手が開放された。でも、次は体が捕らえられた。
後ろから抱きしめられている。

「もう大丈夫」

耳元で安室さんが呟いたその一言が、わたしの中でぶわっと広がった。もう大丈夫なんだ。もう怖いことはないんだ。この部屋の中だったら、安室さんに縋り付いていいんだ。わたしは力なく彼にもたれかかって、ゆっくりと呼吸する。言葉は要らなかった。体の前に回された腕に触れる。その時ようやく、わたしの手が震えていたことに気付いた。手を引いてくれた時からわかっていたのだろうか。だからこうやって、安心させてくれるのだろうか。優しい人だ。