18.探偵ごっこは楽しいかい

めちゃくちゃ怖い一日を経験したからと言って、ポアロのシフトは減るわけでもない。あの事件があった日から、もう何度もシフトに入っている。安室さんとも普通に顔を合わせる。何も変わらない。一つだけ変わったことといえば、この少年だ。

「ね〜ね〜名前さん〜お話しようよ〜」
「この前も言ったけど、バイト上がった後ならいいよ」

江戸川コナンくんが付いてくる。安室さんがシフトにいない日を見計らってわたしに接触してきてる。話そうと言われても話すことなんて特にないのに、と思いながら受け流す。大抵この子が言い寄ってくる日はシフトがラストまで入っていて、夜になると蘭さんが目を光らせているため、彼にとっては都合悪く、わたしにとっては都合良く、時間が合わない。

「あら〜コナンくん、苗字さんにまた振られちゃったわねー」

榎本さんが無邪気な笑顔で言う。初めの頃は、空いてる時間なら私語だとか気にせずにお話ししてていいのよ、と言われたけど、勤務態度が死ぬほど真面目な人間という設定(?)を貫き通した結果、一緒になってコナンくんをはぐらかしてくれる。楽しんでいるようだ。

「ポアロでちゃんと話したことないの名前さんだけなんだもん」
「マスターもでしょ?マスターの方がおもしろいお話いっぱい知ってるよ」

にこっと営業スマイルを乗せてお水のお代わりを注ぐ。アイスコーヒーだけで何時間居るんだこの小学生。キッチンに戻ると、榎本さんが笑っていた。

「コナンくんも熱心ねえ。苗字さん少し話してあげたら?」
「いや、実はわたし…ほら 見えます?鳥肌」

榎本さんに腕を見せて、小さな声で言う。

「子ども苦手なんですよね」


*

別に、無理に鳥肌を立てたわけじゃない。普通にあの事件のおかげでコナンくん及び毛利さん一家と関わると恐ろしいことが起こる、と体に刷り込まれているような。あの時の恐怖がブワッと帰ってくるような。子どもというか、コナンくんが苦手だった。見た目はこんなに可愛いのに。わたしは彼の正体も知ってるし、彼自身には何の非もないが、苦手なものは苦手である。
全力で逃げ回るわけではなく、なんとなくタイミングをずらしていたら今まで逃げれてた、というだけなんだけど。今日はついにそうも行かなくなったようで。
この子と話すのが、涙が出るほど嫌というわけではないし、数分一緒に居ただけで事件に巻き込まれるとか思ってるわけでもない。ただ、気持ちの問題だ。

閉店業務を終わらせてポアロを出ると、毛利探偵事務所に続く階段にコナンくんが座っていた。

「名前さん!お話ししよ?」

蘭さんは友達と夕食を食べに出かけたらしく、毛利さんは急に飲み会の誘いが入り出て行ったとのこと。置いてかれちゃったの?と聞くと、置いてってってお願いした!と言う。なんてことよ。

「名前さんとご飯食べる約束したから、一人で大丈夫って言ったんだ」
「いつそんな約束したっけ?」
「ダメかな?僕お腹すいちゃった」

驚いた。そこまでする?もう夕食には遅すぎるというくらいの時刻だ。何がそんなに彼の興味に触れたのか。わからない。ひとまず、中身は高校生とは言え見た目は小学生の少年を一人置き去りにできるわけもなく。ファミレスでいい?と聞くと、にこやかに頷いた。


「どれにする?お子さまプレート?」
「お日さまハンバーグ」
「おいしそ〜わたしもこれにしよ」

駅の近くにあるファミレスに入った。オーダーした後に、一応と思って安室さんにメールした。

"コナンくんに捕まったので、晩ご飯食べて帰ります。遅くなります。もし家に帰っていたら、冷蔵庫に昨日作ったおかずの残りがあるので食べてください。帰ってなかったらすみません。"

送って1分もしないうちに返信が来た。

"了解"