19.重たい指輪

お日さまハンバーグを食べながら、コナンくんが話す。

「名前さんってどこに住んでるの?」
「ポアロから電車使って40分くらいのところだよ」
「一人暮らし?」
「うーん そんな感じ」

あの部屋はもともと安室さんの家だけど、もうわたしの家として使ってしまっている。前よりも安室さんがあの家に来る頻度は増えたけど、週の半分以上は居ないし、一人暮らしと言っていいだろう。

「電車使って40分って結構遠いよね?」
「徒歩の時間も含めるけどね」
「どうして家の近くのお店じゃなくてポアロで働くの?」
「なにこれ?面接?」

ポアロでマスターと本当の面接した時よりも面接みたいだ。ニコニコと可愛い笑顔を浮かべたままわたしの答えを待つ目の前の少年を見る。探られてるんだろうな。何でだろう。怪しい素振りなんて見せたことないし、明らかに非力というか、何の力も持たなそうな一般人に見えると思うのに。そのまんまなんだけど。
安室さんがくれた苗字名前としての設定は脳に刻んであるので、すらすらと答える。

「前の仕事を辞めた後にね、安室さんに働き口を探してるって話をして、紹介してもらったの」
「へえ、安室さんと前から友達だったんだね」
「友達っていうか、以前助けてもらったことがあってね」

ハンバーグの上に載っている目玉焼きの黄身をプチっと潰す。半熟で美味しそう。一口大に切ったハンバーグを絡ませて食べる。おいしい。ファミレスのハンバーグの味は、一度目の人生の時に食べた味とあまり変わりないように思う。お店の名前は微妙に違ったりするけど、不思議だな。

「蘭姉ちゃんが言ってたよ。普段は苗字さんって呼んでるのに、この前の車の中で名前で呼んでたって」
「多分、仕事とプライベートで分けてんのよ、知らんけど。社会ってそういうものなのよ」
「へえ」

コナンくんはセットのライスをモリモリ食べてる。男の子だな。ベジタブルミックス全部食べれて偉いねと言うと苦笑いされた。

「名前さんってお酒飲めるの?」
「飲める歳だよ」
「見たらわかるよ」
「コナンくんは大人になってからね」

ドリンクバーから持ってきた烏龍茶をストローで飲む。今の質問でようやく納得した。コナンくんは安室さんのことを敵だと思ってるんだ。

どのタイミングでどういう理由で安室さんを敵と認識したのか、これから味方…というか、警察の人間だということを知ることがあるのか、わたしにはわからない。だから迂闊なことも言えない。今、コナンくんの前にいるのは、敵である黒の組織の幹部バーボンと仲が良いらしいポッと出の女なんだ。わたしはそういう立ち位置なんだ。理解した。
ここ数日話そう話そうと寄ってきてたのも全部そのためか。わたしの出生?偽装した身分?自体を怪しまれていたわけじゃないと安心する。安室さんが探られてる点に関しては、安室さんはわたしより数百倍頭がいいし、わたしが何もかもが嫌になって持ちうる知識を全てバーっと話してしまわない限り大丈夫だろう。持ちうる知識とは、コナンくんと哀ちゃんの正体と安室さんの正体くらいだ。きっといずれ安室さんの正体には辿り着くのではないかと思う。この子はとっても鋭いから。つまりわたしは役立たず、お役御免ということだ。わたしにこれ以上近づいても何の収穫もないと思う。しかしそれを伝える手段がないので、このままファミレス尋問は続く。

「バーボンってどう思う?」
「ウイスキー?あんまり得意じゃないんだよね」

ハイボールにしても苦手、と答える。事実である。そんなことは聞いてないだろうけど、もちろんコナンくんだって「怪しいよねバーボン!怖いよね〜」なんて答えを期待しているわけではない。このワードによってどんな反応をするのか見ているんだと思う。

「コナンくんはお酒に詳しいね。飲んでないよね?」
「し、新一兄ちゃんが教えてくれたんだ〜!飲んでるわけないよ!」
「新一兄ちゃんて?もしかしてあの高校生探偵の工藤新一?親族なの?」
「あーえーっとうーん、すご〜く遠い親戚!」

ワタワタと答える少年が微笑ましい。工藤新一だって未成年でしょーがと思ったけど黙っておく。時間を見るとだいぶ遅い。そろそろ出て、コナンくんを家まで送り届けて帰るべき時間だ。
出ようか、と声をかけて伝票を手に取り、レジに向かう。コナンくんもパタパタとついてくる。小さいな。

「名前さんごちそーさま!」
「はい。送ってくから、はぐれないようにね」

店の外に出て、コナンくんの手を握る。別に逃げられないようにとかそういうわけじゃない。先日の誘拐事件だって自主的に誘拐されに行ったこの子が、一体いつどんなきっかけで事件に自ら巻き込まれに行くかわからないから、手を繋ぐことにより自衛しただけ。コナンくんは慌てて手を離そうとする。ちょっと照れてる?

「よく知ってる道だとしても、夜道は危ないから、離れちゃダメだよ」

ぎゅっと手を握った。夜の道は怖い。お酒飲んでたらもっと怖い。偶然たどり着いた先で、コナンくんの言う「バーボン」が組織のお仕事をしているところを目撃してしまう確率だってあるわけだ。何億分の1だろうか。わたしはそれを引き当てたわけだけど。今思うと運命の悪戯と言う他ない。運命の悪戯なんて馬鹿げたワードを使ってしまうほど、おかしな出来事だった。
毛利探偵事務所が視界に入る。もうすぐお別れだ。

「名前さん、遠回りになっちゃったね」
「いいよ、そんなに変わらないし。明日はポアロのバイトもお休みだし」
「やっぱり明日お休みだったんだね」

え?とコナンくんを見下ろすと、にこっと笑ってわたしに何か差し出した。なにこれ?おもちゃの指輪?

「これ、蘭姉ちゃんの友達から貰ったんだ!名前さんにあげようとしたんだけど、お仕事あるかなって思って渡してなかったんだ。でも明日お休みなら来れるよね!」
「え?明日?どこに?この指輪に関係ある?」
「知らないの?ミステリートレイン!明日の朝出発だから、絶対に来てね!その指輪がチケット代わりのパスリングだよ。忘れないでね」

渡されたリングを手に、唖然とする。なんだこの無理矢理感は。強制参加?普通に行きたくないんだけど。事件の香りがする。ミステリートレインって名前からもうダメ。ミステリーを謳った企画にコナンくんが参加した場合、企画外の事件が起こるのが目に見えている。明日は家でゆっくり家事しようと思ってたんだけど、と言うと、毛利探偵事務所へ続く階段を登りながらコナンくんが追い討ちをかける。

「そのパスリング、名前さんのために用意してもらったんだ。貰い物だからお金払ってないけど、結構するらしいよ?ネットオークションでも高値で取引されてたくらいだし…」

じゃあね名前さん今日はありがとうまた明日!と言い残してコナンくんは去って行った。プレッシャーのかけ方がえげつない。無碍になんてしないよね?と言われているようだ。
せっかく一日中まるっと寝れると思った休日だったが、予定が入ってしまった。行きたくないなあ。