20.会いたいし会いたくない

バックリボンのタイトなワンピースにショルダーウォレット、ヒールが7cmのパンプス。ポインテッドトゥを選んだ。髪は外巻きにして、安室さんに揃えてもらったデパコスで顔面装備。以前、死ぬ思いで稼いだお給料で買ったアクセサリーは手元にない。おそらくもう両親が質にでも出して、彼らの財産のうちに入ってしまっただろう。とっても悔しい。昨日の帰りに寄ったお店で買った安物のアクセサリーを身に着ける。ブランド品を買えるようになる日はいつなのだろうか。
永遠にこの家に、今の状態で住んでいても良いと言われたら、貯金分はすべて美容とブランド品につぎ込むだろう。現状、いつここから放り出されたとしてもしばらくは生きていけるようにと思って貯金している。家賃水道代光熱費、すべて安室さん(または安室さんを通して国)に支払ってもらっているので、食費しかかからない贅沢な暮らしだ。お金は貯まる。
生活費ほぼ払わないくせに贅沢してるな、と思われるのもなんだかちょっとだけ嫌なので、私物は少ない。しかし持っているものを駆使してどうにか着飾って、化粧もしっかり施して、いわゆるお洒落して家を出る。正直楽しい。コナンくん+”ミステリー”トレインというのは確かに恐ろしい組み合わせではあるけど、「遊びに行く」という気分は最高だ。
苗字名前としてこの生活になってから「遊びに行く」のは初めてだ。当然気分も上がる。十中八九事件は起こるだろうけど、どうか私の目の届かない範囲で起こりますように。そう願いながら電車に乗る。

そういえば、今日のミステリートレインに安室さんは居るのだろうか。昨日は家に寄った形跡もなく、私がミステリートレインに参加することも伝えていない。コナンくんは何かしらの思惑があってわたしを誘った。わたしを誘う理由は、安室さん(=バーボン)関連だと思う。つまり、安室さんもコナンくんに誘われている可能性が高い。気付いたら一気に憂鬱になってきた。こんなバチバチにメイクして気合入れましたというような姿を晒すのは少し恥ずかしい。普段の休日はすっぴんで部屋着のまま寝転がっていることを知られているから、なおさらだ。外と内のギャップ、いや、落差が激しい女だと思われるんだろうな。その通りなんだけどさ。

*



絶対コナンくんたちと一緒に居ると思ったのに、列車に乗り込むご一行の中に彼の姿はなかった。列車内で彼らと合流するか。
毛利さん親子と、ショートカットの女の子が目に入り、「蘭姉ちゃんの友達」ってこれか、と関心した。鈴木園子だ。近づくと、コナンくんはもちろん、見知った顔の子どもが数人。うわ、全員名前わかる。こうも主要メンバーが揃っているということは、絶対に事件は起こるだろうと予想がつく。頼りの安室さんが居ない今、この身を守れるのは自分だけなんだとぼんやり考える。この人生で今のところ恨みを買った記憶もないし、うっかり犯行現場を目撃しない限りは大丈夫だと信じたい。うっかり組織のお仕事現場を目撃した経験があるので、全く安心してない。単独行動は凶、ラッキーパーソンはここにいる全員、ラッキーアイテムは人!そういうこと。お手洗いすらも一人で行くのは危うい。今日はとことんべったり付きまとってやろうと誓った。
ご一行に近づくと、一番に気づいたのは毛利さんだった。挨拶を交わす。私と毛利さんが話しているのを、少し離れたところに居た蘭さんが気付いて駆け寄ってくる。

「名前さん!よかった〜来てくれて!コナンくんが昨日パスリング渡したっていうから、心配してたんです。園子、最近ポアロに入った苗字名前さん」
「苗字名前です。もしかしてパスリング用意してくれたっていう蘭さんのお友達ですか?すみません、初対面の私の分まで」
「鈴木園子です!気にしないでください、こちらこそ初対面の人のが多いようなところに来させてすみません。この子がどうしても名前さん呼びたいって言うから!」
「だって〜〜〜〜」

この子とはもちろん、コナンくんである。どうしても参加させたかった割には安室さんいないけど、いいのかな。鈴木さんと挨拶を済ませた後、隣にいるボーイッシュな女の子と向き合う。

「僕は世良真純、よろしく。コナンくんが呼びたいって言うから、どんな人が来るかと思ったら。もしかして以前コナンくんが誘拐されたとき車から運び出されてた人?」

思わぬところからその話題が出されて、不意打ちだったので動揺した。あの日安室さんに抱えられて移動するさまは、あの現場にいたすべての人に見られていただろう。めちゃくちゃ情けない上にとんでもなく恥ずかしいから考えないようにしていたのに。蘭さんにも毛利さんにもコナンくんにもバッチリ目撃されていたと思うといたたまれない。側に居た蘭さんを見ると、とってもいい笑顔を返された。見てましたよと顔に書いてある。
それどころじゃなかったので全く気付かなかったけど、あの日、真犯人?にバイクで一撃かましてぶっ倒したのは世良さんだそうだ。すごすぎる女子高生。世良さんだけ記憶にないというか、初めて見る顔だったので、中心人物ではないのかなあなんて考えていたけど、どうやらそうでもないようだ。バイクで敵をぶっ倒せるモブJKは居ないだろう。

下で子供らしい笑顔を向けるコナンくんと向きあう。

「来てくれてありがとう、名前さん」
「どういたしまして」

コナンくんの後ろに立つ、フードを深く被りマスクをした少女にも、はじめまして、と声をかける。彼女は無言でじっと目を見つめた後、灰原哀よ、と言い残して離れて行った。シャイなんだということにする。明らかにいい印象を持たれていないことはわかる。バーボンと思われる安室さんと以前から交流のある人間としてコナンくんから説明されていたのだろう。そんなに警戒してもらっては逆に申し訳なくなる。私をどんなに疑って探ったとしても、この子たちが欲している情報は何も出てこない。逆に申し訳ない。ごめんね。

灰原さんが向かった先は、阿笠博士と子供たちがいた。挨拶してらっしゃいとでもいったのだろうか。子どもたちは全員一斉に駆けてきた。子供のパワフルさは迫力がある。博士が追ってくる。自己紹介とあいさつを手短に済ませる。

ミステリートレインの車内はとても広く、豪華だった。私は蘭さんと鈴木さんと同じ個室に入り、配られた指令通りに動き、口裏を合わせることにした。参加型の謎解きゲームってことか。私は謎を解くのは向いていないから、仕掛人側でよかった。

世良さんが遊びに来て、指令が書かれたカードを手渡してすぐのことだ。コナンくんたちがやって来て、ここって7号車だよね?と聞いてきた。さも何ともないというような顔で「ここは8号車」と答える女子高生たちを見る。みんな女優だな。

ゆっくりお茶でも飲みながらお話しましょう、ということで。一応喫茶店で働いているし、この部屋唯一の大人であるわたしがお茶を淹れた。ほっと一息ついてから、蘭さんが楽しそうな顔で私に問いかける。

「あの日、安室さんに名前で呼ばれてましたよね?しかもお姫様抱っこもされてましたよね?」
「安室さんって、ポアロで働いてるっていうイケメン店員?ちょっと名前さん、職場恋愛ってやつ?」
「違うよ〜〜やめてよ〜〜恐れ多いよ〜〜〜」

鈴木さんも一緒になって聞いてくる。世良さんは楽しそうに様子をうかがってるのみだ。昨日コナンくんに話した内容と同じ説明をする。以前から知り合いで、それ以上でもないと言い切る。ゴシップ好きな女子高生たちが思ったよりもあっさり引き下がってくれたところで、もう一度コナンくんたちが訪ねてくる。

「あのさ、ここってホントに…」

鈴木さんが8号車だと言い張り、コナンくんは個室から出ていったが、どうにも怪しんでいる様子だった。もうダメだろうな、と察する。あの子にとってはミステリートレインが用意した「偽物」のミステリーなんて、おままごとのようなものなんだろう。