26.正義の導き

思った通り、事件が起きていた。コナンくんの居る部屋で、石栗さんが亡くなったのだ。動揺しているのはやはりというか、石栗さんの友達の3名だけで、毛利さん親子や鈴木さんまでもが落ち着いている。安室さんはわたしに簡単に状況を説明してくれた。コナンくんが誘拐されたあの日のこともあって、心配してくれているようだ。でもわたしは大丈夫だった。慣れてしまっているのもあるけど、あの日の夜に「もう大丈夫」と言ってくれた彼が居るから。きっと彼はわたしの住む家が安心できる場所という意味で大丈夫と言ってくれたのだろう。しかしわたしは、抱きしめてくれた彼の側が「大丈夫」なんだと感じた。だから今は!大丈夫。
しばらくして静岡県警の車両がいくつか到着した。東京都外だというのに、駆けつけた静岡県警の刑事さんともコナンくんたちは知り合いらしい。どれだけ顔広いわけ?
安室さんや毛利さんは2階の現場に向かい、色々と調べているようだ。わたしにはよくわからないけど、密室殺人だったらしい。扉のすぐ前に石栗さんのご遺体があるそうで、下手に動かせないため、警察は2階の窓から現場に入って行った。それを一階の窓から眺めていた。

のちに、大学生3名が事情聴取されることになった。わたしはずっとここで休んでいたのを全員が見ているため、除外された。
どうやら彼らにはかつてもう一人仲が良い男がいたらしい。今年の冬に亡くなったそうだ。仲が良かった友人が一年の間に二人も亡くなるなんて、残された人たちはやり切れない思いだろう。さみしいだろう。しかも、もしかすると友人の誰かが犯人かもしれないという状況。あまりにも不幸だ。考えただけでゾッとする。

「そう言えば蘭、あの時妙なこと言ってたわよね?」

鈴木さんが蘭さんに言う。扉の前に立っただけで部屋の中はクーラーが効いてると言ったそうだ。足元から漂う冷気でそう思ったと言う。その会話を聞いていたコナンくんが、何か閃いたように顔を上げ、少しだけ口角を上げた。トリックも犯人も分かったのだろうか。あの子の頭の中は、わたしの脳では到底理解できないような紐付けがされているのだろう。まもなくこの事件は解決する。そして犯人は捕まる。

残された人はどうなるだろう。友達が友達を殺した。その嫌な事実は一生心に残るだろう。忘れたくても、忘れたと思っても、顔を見れば思い出してしまうだろう。わたしがその立場なら、きっと友人とは疎遠になってしまうだろう。顔を合わせるたびに亡くなった友人と、罪を犯した友人を思い出す。そんな悲しいことがあるだろうか。耐えられるだろうか。
わたしが余計なことを考えているうちに、コナンくんが謎解きの誘導を始めたようだ。今日は眠りの小五郎をやらないのだろうか。今まで一度も眠りの小五郎を生で見たことがないので、すこし残念だ。
コナンくんが上手いこと話を進めていく。最終的に毛利さんが犯人を言い当てる。桃園琴音さん。眠りの小五郎ではない毛利さんを見て刑事さんと鈴木さん、蘭さんまでもが違和感があると言う。辛辣だなあ。わたしは結構かっこいいと思ったんだけどなあ。
桃園さんは罪を認め、動機を語り始めた。聞きたくない。聞きたくなかった。友人を殺したいと思うほど強い憎しみを抱いた理由。友人が恋人を殺した。わたしは、わたしは。こんな時に、わたしだったらなんて考えるのが癖になってると気付いた。考えたくない。でも、わたしだったら。足元を見つめる。心の底から愛しいと思う人を殺されたら、犯人を殺す。わたしも同じことをするだろう。いや、もっと苦しめたいと思うかもしれない。考えたくない。知りたくない。わかりたくない。安室さんの背に隠れ、警察に連行される彼女を視界に入れないようにする。
安室さんの背中をぼーっと見つめる。不可抗力とは言え、安室さんに与えられた人生だ。今のわたしは、たとえどんなに愛しい人を殺されたとしても、彼に誓って復讐なんてしない。できない。彼はわたしを正しい道に導く人だ。

「苗字さん、大丈夫ですか?」

彼が振り向いて訊ねる。

「大丈夫です」

あなたが居る限り。