36.愛していないよ

「わかった、必ず送り迎えをしよう」
「本気ですか?」
「もちろん」

安室さんの目からも「これは絶対譲らない」という意思が感じ取れた。確かにここで無理に断って何か起きた方が嫌だなと思ったのでそれは受け入れた。今日の女については僕の方で調べるからと言い残し、彼は席を離れた。お風呂場に向かったようだ。お風呂の掃除をしてくれるらしい。ありがたい。最近バスソルトを買ったようで、使ってもいいよと言ってくれたけど、一度も使ってない。今日のように、彼がお風呂のお湯を入れてくれる時にバスソルトも使ってくれる。私より美容に気を遣っている人?もとからあんなに綺麗なのに?参っちゃう。

自室に戻り、今日買ってきた服を取り出す。買って正解。これはかわいい。本当ならさっそく明日にでも新しい服を着て、またお買い物に行きたいところだったけど。しばらく単独で外出は自粛しよう。部屋の模様替えをしたくて、明日は可愛いルームライトを探しに行こうと思っていたのに。残念だ。
今までは必要最低限の者しか置いてこなかった部屋を、私好みの家具を揃えて完全に居座る気満々アピールをしようかと目論んでいた。まんまと失敗に終わった。
趣味の物置いて元のインテリアを崩し過ぎるのも良くないと思っていた。いつかは出ていくのだから当然だ。それにしても味気ない部屋である。部屋なんて、寝ることができればそれでいいと考えている人間だと思われていたら嫌だ。なんとなくそう感じたので、心機一転(?)で家具を少しずつ集めようとしていた矢先にこれだ。

私好みの部屋を完成させて「そろそろ引っ越してくれ」なんて簡単に言いにくい状況を作ってやりたかった。パラサイトと言っても過言ではないほどに安室さんに金銭面で甘えまくりの生活。以前までは申し訳なさをちょっっっっとだけ感じていた。今だって感じていないわけじゃない。でも、それよりも、可能な限りここに居座りたい!という欲が出てきたのである。金銭面的な理由はもちろん、他にも理由がある。

この部屋には安室さんが居る。近くにいる。おそらく組織関係の潜入捜査がきれいに片付くまでは居るのではないだろうか。今みたいに毎日帰ってこなくてもいい。近くに居るという事実が欲しい。
今日のこともあるけど、私にとって東都で生きていくにあたり、一番安心できる場所は「安室さんの目の届くところ」だと実感した。もう見えないところに行ってくれ!と山奥に放り出されたら困るけど、そうされない限りはここに居座りたい。安心が欲しい。私は心配性であるから。

つまり、あんまり「この家に興味も執着もないですよ〜雨が凌げて寝転がれるスペースがあればどこでもいいで〜す」なんて勘違いされないように。「わたしはここがめちゃくちゃお気に入りで、引っ越しとか考えていませんけど?」というアピールをしたかった。あえなく失敗。今日の一件が片付いた暁には、この作戦(?)を再び実行したい。


「名前、風呂入れるよ」

ドアをノックして、扉の向こうで安室さんの声がした。返事をして入浴の支度をする。安室さんがお湯入れたんだから、先に入ればいいのに。こういうところが「お父さんっぽい」と思う。
先日、これを言葉にして伝えたのは完全に間違いだったと思う。捉え方によってはめちゃくちゃ失礼だし、他意(?)はなくとも普通に地雷女っぽい発言だった。後悔してる。だけど、そうも言いたくなるほどに安室さんは優しい。向けられるまなざしは、一度目の人生で大切だった家族の温かさに似ている。父がくれた無償の愛のような…

愛?


ちょっと、いや、かなり烏滸がましいことを考えていたようだ。少なくとも、とっても大切に面倒を見てもらっているが、愛なんてものではない。勘違いするなわたし。安室さんの恋人は「この国」って言ってたじゃない。SNSで盛り上がってるのを見たじゃない。わたしはその国の一員?として保護していただいているのであって、私に向けて愛があるなんて考えるのはとっても恐ろしい。私が私を恐ろしいと思った。一体いつからこんなに烏滸がましい人間になったんだか。安室さんの優しさを勘違いするような面倒な人間にはなりたくない。お風呂で身も心も清めようね。