43.大切にしたくない

暫くして、毛利さんと蘭さんは自宅に帰ったけれど、コナンくんだけは残った。もう少しお話してから戻ると言っていた。お話ってなんのお話?と思うけど、口には出さなかった。この子の前で下手なことを言うとすぐに暴かれそう。あまり話さないほうが良い。幸いここには安室さんが居るので、安室さんにお任せすれば万事解決 怖いものなし。少しずつお客さんが増えてきたので、まじめに働いた。新作の注文があったときだけは安室さんに助けてもらった。そしてあっという間に時間が過ぎて、ピークは過ぎ去る。久しぶりに立ちっぱなしだったので、足が疲れた。安静にしていた機関で完全に足の筋力が衰えた。ホールで片づけを終えた安室さんが、レジにお金を入れて、わたしに紅茶を淹れてくれた。

「久しぶりで疲れたでしょう」
「いいんですか?すみません。いただきます」

カウンターにはまだコナンくんが居る。結構な時間が経っているはずだけど、暇じゃないのかな。普通に考えて退屈だろう。時々少しだけ話したりもしたけど、ほんのわずかだ。ちなみにバイト割で飲食代2割引きだ。ありがたい。
一息ついて、紅茶を飲む。安室さんがとってもいい笑顔で私を見ている。コナンくんへの仲良しアピールだろうか?あまり露骨すぎると怪しまれそう。私は普段通りでいいのかな。

「名前さんって、本当に安室さんの婚約者なの?」

今までじっとしていたコナンくんが急に核心をついてきたので、思わずむせてしまう。せき込むと肋骨が痛いのに。思わず小さい声で呻きながら痛む場所を抑え、背が丸まった。安室さんがさすってくれる。

「ひどいな、僕らを疑っているのかい?」
「本当に安室さんと?安室さんと婚約したの?名前さん」

ピンと来た。わかったわかった。まだ安室さんのこと悪人と思ってるんでしょ。悪い人に騙されてるよってことかな?顔を上げると、ジトっとした視線を安室さんに送っていた。意外だった。そんな思いっきり疑ってますよという顔をするんだ。安室さんを見ると、彼はさも愉快と言うように笑っている。

「君の言いたいことはわかるよ」

え!?わかるの!?怪しまれてることバリバリ伝わっちゃってるの!?伝わってることも言っちゃうの!?いいの!?
めちゃくちゃ驚いたけど、表情に出さないように精いっぱいだ。彼はホールに出て、コナンくんの隣の椅子に座った。そしてわたしには聞こえないような小さな声で何かを伝えた。なに?隠し事?別にいいけど。わたしは気にしてないというようにティーカップを洗った。

「え!?知らないの!?」
「声が大きいよ」

コナンくんが信じられないという顔で私と安室さんを交互に見る。
あれ?なんだか二人、以前より親しくない?コナンくんが気安くなっているというか、警戒心が薄れているような?責任はとるよと言い残して彼は他のテーブルのセットに行ってしまった。何の話?責任?誰への?コナンくん?

「名前さんは…その、本当に?本当に安室さんのことが好き?」
「好きじゃない人と婚約なんてしないよ」

そう答えると、複雑な表情を浮かべて、この人あぶねーなとつぶやいた。バッチリ聞こえたんだけど。わたしが危ないってどういうこと?私って本当に害のない人間だと思うんだけどな。

その会話を聞いて、安室さんが笑みを浮かべていたなんて、私たちは知る由もなく。

*

ポアロを閉めたあと、安室さんの車に乗る。ポアロで安室さんに作ってもらった賄いのオムライスが美味しかった。久しぶりだったからそれなりに疲れて、車に乗った後は目を閉じていた。眠ってはない。それがわかっているので、安室さんが口を開く。

「指輪」
「え?」

必要だろ?と言うので、目を開けて自分の手を見る。昨日新しくしたばかりのジェルネイルがかわいい。もちろん指輪なんてついてない。でも確かに、婚約者のふりをするなら婚約指輪は必要だ。

「一緒に買いに行こうか」
「通販で買いましょう。指輪のサイズわかりますし」

わざわざ二人で出かけるよりも効率的だ。予算教えてくれればわたしがポチりますよと言うと、安室さんは黙り込んでしまった。わたしのセンスが心配なのだろうか。普通のシンプルなものにすればいいじゃん。そこは任せて欲しいんだけどな。

「やっぱり僕が用意しておくよ。何か要望は?」
「ブランドとかデザインとかですか?特にありません」

あまり高いものは避けてもらえればと言えば、そこで会話が終了した。婚約なんて、お金のかかる設定だ。わたしは負担がないけれど、安室さん(もしくは国)のお金がかわいそう。その指輪は、安室さんの目的が達成されたら無効になるものだ。わたしたちの婚約は無くなる。そうしたら、指輪も手放すことになるのだろう。要望はないと言ったけれど、いつか手放さなれけばならないのなら、愛着の湧かないようなものがいいと思った。だけど安室さんから渡されたのなら、どんなものでも愛着が湧いてしまうのだろう。無理な要望は口にしないのが正解だ。