45.夢のような幸せ

私と安室さんが婚約したという話はあっという間に鈴木園子さんに伝わり、婚約おめでとう会(?)を開催してくれるという話にまで発展してしまった。なんということだろう。この婚約は偽装であって、私たちの結婚はあり得ない…ということを伝えられないのがもどかしいというか、罪悪感がある。最初は断ったのに、安室さんが思ったより乗り気だったので、結局開催していただくことになった。心苦しい。人から見たらめでたいことなんだから、頑なに断るのも不自然だということだろうか。鈴木さんがお店を貸し切ったらしく、そこで食事会という形になった。富豪の考えることはすごい。お礼とかその辺の礼儀は詳しくないので安室さんに任せてしまおう。

「安室さん、名前さん、婚約おめでと〜!」

パーティー用のクラッカーの音が響く。今更気付いたけど、この状況はとても恥ずかしい。彼氏ができたことをお祝いされる高校生みたいな状況だ。いや、いい歳した大人で「婚約」祝いなのだから重みというか本気度が違うわけだけど。
実際は存在しない婚約なので、何とも言い難い気持ちだ。安室さんの横に立ちお礼を言う。毛利さん親子と鈴木さん、コナンくんといういつもの(?)顔ぶれである。蘭さんは梓さんに声をかけていたけれど、私と安室さんが二人ともお休みをもらっている日なので、梓さんが居ないとポアロはマスタが一人で回すことになってしまう。その日はシフトなのでと断る梓さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。すみません実在しない婚約のためにいろいろとご迷惑をおかけして、、、

安室さんは私の隣で満足そうに微笑んでいる。この盛大な婚約お披露目パーティーも彼の作戦のうちなのだろうか。私はこんなに盛大に祝われた以上、この婚約が嘘っぱちでしたとなれば申し訳なくてここに居る人たちに顔向けできない。言ってしまえば名前から何もかも偽りの身分だけど、こんなに思いっきり人を騙すのは初めてだ。適当なごまかしというレベルじゃない。完全に嘘だもの。

微笑む安室さんとは対称的に、私の顔は上手に笑えていないだろう。今更気が引けてきたなんて言えないけど。ちらりと安室さんの方に視線を向ければ、少し驚いた顔をした。

「どうかした?」

小さな声で訊ねられる。なんでもないというように首を振る。

「ねえねえ二人の話聞かせてよ〜」

コナンくんが寄ってくる。先日もそうだったように、現在も私たちの関係を疑っているようだ。蘭さんや鈴木さんも身を乗りだして聞きたがる。安室さんが仕方ないですねと言いながら話し出そうとしたが、コナンくんが静止する。

「名前さんから聞きたいな」
「え?私?」
「うん!いつも安室さんばっかり話してるから、名前さんのお話が聞きたいんだ」

困ったな。私はうそが下手だ。嘘にならないように話すしかない、
何が聞きたいの?と尋ねると、全部!と返ってくる。全部て。女子高生組は出会いから現在に至るまで!と大盛り上がりだ。僕も聞きたいですねなんてふざけたことを言いながら安室さんもあちら側についてしまった。どうしてそんなことするの?私を試してる?観念した。危ういところがあればきっと安室さんがフォローを淹れてくれるに違いない。

「出会いは結構前で、以前勤めてた会社を辞める時に探偵の安室さんに依頼したんだよね」
「名前さんは上司の不倫騒動に巻き込まれてたんですよ」

そうそう、なんて懐かしむように相槌を打つ。初耳だそんな設定。あまり複雑な設定はボロが出そうで怖い。

「その関連で、恨みを買ってそうで怖かったからこっちに引っ越してきたの。慣れない土地だからって安室さんがいろいろと面倒を見てくれて。それでいつの間にかこういう関係になってたんだよね。ポアロで働き始めたときにはもう半同棲って感じだった」
「え!?そうなんですか!?」

きゃ〜と楽しそうな歓声が起こる。私は目の前にある料理を一口食べた。ぼんやりと話した内容に「関係性」以外の嘘はない。付き合ってないし、同棲というより同居のようなものだったけど。

「プロポーズは?」

コナンくんがまだ詰めてくる。ここで安室さんがようやく止めに入ってくれた。それは僕ら二人の秘密だからと言った、それでもコナンくんは聞きたいと強請る。安室さんにとって予想外だったのは、先ほどまで料理とアルコールにしか関心がなかった毛利さんが口を挟んだことだ。さあ話してみろ聞かせてくれと毛利さんにも詰められて、安室さんの表情をうかがうと、どうにでもしてくれとあきらめた顔をしていた。

「コンビニでしたね。退院して家に帰る途中に寄ったコンビニの、イートインスペース」
「え!?コンビニでプロポーズ!?」
「お恥ずかしい。秘密にしたかったんですけどね」

気障な人というイメージがあるのか、コンビニプロポーズは意外だったようで。毛利さんは大爆笑している。失礼よお父さんと止めに入る蘭さんと、もっと聞かせてよとぐいぐい押してくるコナンくん。この子どうしたんだろう。普段より推しが強い気がする。

「あれれ?婚約指輪してないの?」
「ちょっと」

思わぬところで安室さんが止めに入った。ここで?指輪は都合が悪かったのだろうか。彼が用意すると言ってからしばらく経ったけど、指輪はまだ渡されてない。

「今日はぺらぺらとうるさいわね!エビフライでも食べてなさい!」

鈴木さんがコナンくんの口にエビフライを突っ込んだ。そのままおとなしく、不満げな表情でエビフライを食べていた。なんだか可愛い。コナンくんはそれきりだたけれど、毛利さんが食いついた。

「もしかして指輪ねーのか?」

どう答えればいいかわからなくて安室さんの方を見る。彼は参ったなとつぶやきながら立ち上がった。

「この話が出てしまったので、こんなタイミングですみません」

そう言って私の席の隣に跪き、どこからともなくするりと取り出した小さなボックスを開いて差し出す。

「結婚してほしい。この指輪を受け取ってくれますか?」

開かれた箱の中には綺麗な指輪。プロポーズのやり直しですと話しながら、彼が私の指にリングを嵌める。わたしはそれを呆然と眺めていたけど、ぽろりと涙が零れ落ちた。
この状況を私はただ幸せだと感じて受け止めた。それが悲しかった。安室さんが私を真っ直ぐ見つめて、指輪を差し出して、プロポーズしてくれた。どこからどう見ても夢に描いたような幸せだ。
そう、夢なんだ。
この私が感じてしまった幸せは夢だ。遠くない未来に必ず消え去るものだ。それが悲しかった。悲しいと思っている自分に驚いた。気付いてしまったんだ。この人に本当に愛される未来が来ないことが、こんなにも悲しいということに。いつの間にこんなに贅沢になったんだろう。いつの間にこんなにわがままになったんだろう。一度零れ落ちたら涙は止まらなくて、右手で顔を覆う。

「すみません…嬉しくて」

震える声でそういえば、全員その言葉通りに受け取ってくれただろう。安室さんは不思議に思うかもしれないけれど、幸せ過ぎて嬉し泣きする渾身の演技だと思ってくれたら良いな。あさましくも、あなたの本当の愛を欲しがったなんて、どうか気付かれませんように。