52.謎のお食事会

安室さんが私の上で爆睡したその日から2日間、私は熱を出して寝込んだ。朝晩、安室さんが食事とタオルを置いてくれる。熱を出すなんて久しぶり過ぎて、結構しんどかった。
3日目の朝、完全に熱が下がって復活した。今思えば、あの日にいろいろとありすぎて、頭と体が追い付かなかったのではないだろうか。パンクして熱を出したんだ。復活したわたしは、安室さんにしっかりお説教を食らった。明らかに食べ過ぎてそれを全部吐いたことが一番怒られた。この歳になって人に怒られるなんてめちゃくちゃ情けない。穴があったら入りたかった。どうしようもなく不安になった結果の過食で、不安の原因はあなたでしたなんて言えない。ばれているのだろうけど。
ポアロでキッチンに入り食器を洗っていると、お約束というようにコナンくんがやってきて、私の目の前のカウンター席に座った。

「名前さん、今日は何時まで?」
「あと2時間で上がりだよ」
「安室さんと交代だよね?」
「うん」

オレンジジュースを出す。いつもの通り、マスターがこの子のために作ったデザートも一緒に。今日はチョコレートムースだ。おいしそう。私の分もあったので持ち帰る。

「僕と夕ご飯食べない?」
「また?食費毛利さんに請求するよ」

請求なんてしないけど、この子が面倒なこと考えてるなら上手にあしらいたかった。わたしには少し難しかったようで、コナンくんは心配しないでと笑顔で返した。

「今日は僕が用意するから」
「家庭科の宿題?」

コナンくんが用意するの?わたしに?小学一年生で家庭科やるっけ?といろいろ考えたけど、適当にはぐらかされてしまった。無理に断るのもまた微妙だと思ったので、コナンくんについていくことにした。夕食はコナンくんと食べることになりましたと安室さんに連絡しておいた。あと2時間後に顔を合わせるけど、一応。
二時間後、退勤前に安室さんに声をかけられた。

「指輪は?」
「ちゃんと持ってますよ」

ネックレスに通してあるのを見せると、近づいてきて、私の首の後ろに両手を回した。ネックレスを外して、指輪を取り、私の指に嵌めた。

「いってらっしゃい」
「遅くならないように帰ります」

指についてる方がGPSの制度が高いのだろうか。


*


「どこいくの?」
「もうすぐだよ」

コナンくんに連れられるがまま歩くこと数分。見覚えのある、特徴的な建物が目に入った。阿笠博士の家だ。阿笠博士の家で子どもたちと夕ご飯を食べる約束なのかもしれない。私が行っていいのだろうか。てっきり阿笠博士のおうちに行くかと思っていたのに、コナンくんはそこを素通りして、隣の豪邸の前に立った。
えっそこはもしかして工藤新一さんのご自宅ではないでしょうか。コナンくんの実家だ。でもそこは今誰も住んでいないはず。

「高校生探偵の工藤新一くんはしばらく家に帰らないって蘭さんが言ってたけど?」
「うん。新一兄ちゃんは帰ってないよ」
「ご両親が居るの?」
「二人は今アメリカに居るよ」

だとしたら私とコナンくん二人きりじゃない?どういうこと?ここに連れてこられた意味も意図もわからない。コナンくんは勝手に玄関のカギを開けてしまった。いいの?

「合鍵を預かってるんだ」
「そうなんだ」

コナンくんにつづいて玄関にお邪魔すると、男性用の靴がいくつか置いてあった。あれ?誰か住んでる?廊下にはふわりといい香りが漂う。この香りはカレーだ。今夜はカレーだ。コナンくんが私の分のスリッパを用意してくれている間に、奥の扉から人が出てきた。

「お待ちしてました」
「お、お邪魔します」

驚きすぎて目を見開いた。目が乾燥したので瞬きを繰り返した。私とコナンくんを出迎えたのは、いつかミステリートレインで世良さんを連れて行った眼鏡の男性だった。リビングニ案内されて、お茶をいただく。帰ってから食べようと思っていたマスターのチョコムースを手見上げとして差し出した。知らない人のいるところに連れて行かれるとは思ってなかったので、仕方ない。

「沖矢昴です。東都大学の院に通っています」
「昴さんが前に住んでた家が火事でなくなっちゃって、この家を借りてるんだよ」
「苗字名前です。世良さんだけじゃなくてコナンくんともお知り合いだったんですね」

私の言葉にコナンくんは首をかしげる。沖矢さんは口元だけで笑って、そのことなんですが、と続けた。

「本当は世良さんとは面識がないんです。コナンくんに頼まれてあの個室に彼女を迎えに行ったんです。あの時は咄嗟に嘘をつきました、すみません」

こっわ!コナンくんが頼った人だから、この人自体は悪い人ではないのだろうけど、もしこの人が悪い人だったとしたら、あの時私はコロッと騙されて、世良さんは危険な目に遭っていたかもしれない。なんてことだ。自分の頼りなさと情けなさ、不甲斐なさで思いっきりダメージを受けた。大人なのに危機管理能力が低すぎる。

「過ぎたことですから。まさかまたお会いすることになるとは思いませんでしたけど」
「ええ、コナンくんからあなたのお話を伺っていて、一度お会いしてみたいと頼んだんです」

この子は一体わたしの何を話したんだとコナンくんの表情を伺うと、気まずそうな顔をしている。

「お腹すいちゃった!早く食べようよ」
「そうですね。用意します。名前さんはどうぞ座っていてください」

お言葉に甘えて座って待つ。知らない人に勝手に動き回られるのも嫌だと思うし、私にできることは無さそうだ。野菜が大きめのカレーが出てきた。パンかご飯かと聞かれたので、パンにした。まだ煮込んでからそう時間が経ってなさそうなカレーだ。おいしそうではあるけど、野菜の大きさが独特だ。一人暮らしだとこうなる。気持ちがとってもよくわかる。どうせ食べるのは自分だし、誰かに文句を言われる筋合いもない。適当に切って適当にぶち込んで火が通れば食べれるし、市販のカレールーを入れればなんでもおいしくなる。そういうものだ。安室さんの几帳面な料理の方が珍しいと思う。こうして、謎の食事会は始まった。