53.ひみつのはなし

沖矢さんとは普通の会話をした。なんの当たり障りもない世間話だ。特別なことはなにもない。食後に食器の片付けを少しだけ手伝わせてもらって、時間も時間なので帰ることになった。沖矢さんが車を出そうかと言ってくれたけど、丁重にお断りした。ついでなので、私がコナンくんを毛利さんのおうちまで送る。これも沖矢さんが引き受けようとしたけど、珍しくコナンくんが断った。食事の間、二人の様子を見ている限り、とっても親しそうに見えたんだけどな。私になにか聞きたいことでもあるのだろうか。

ふたりきりで道を歩く。コナンくんは何か聞きたそうにしているけど、一向に口を開かない。珍しい。何でもかんでも口をはさんでくる子だと思っていた。今日は私から質問しちゃおう。

「沖矢さんって安室さんの友達?」
「え!?なんで!?」

食事の間に、流れで私が安室さんと婚約しているという半紙になった。安室さんという名前は出さなかったけど、職場の同僚ですと言った。コナンくんは知っている人だけど、もしかすると沖矢さんとは面識がないかもしれないと思ったからだ。だけど彼は楽しそうに、彼とですか、と笑ったのだ。知ってるじゃん。どんな関係なんだろう。今夜聞いてみようかな。その前にコナンくんに軽い気持ちで訊ねた。それだけだ。

「友達…ではないと思うよ。むしろあんまり仲良くないかも」
「え?安室さんが仲良くない人っているんだ!?」
「理由は知らないけどね。だから今日あの家に行ったことは、できれば秘密にしたほうが…」
「えっ」

それは無理な話だ。安室さんが探ろうと思えば、わたしがどこに居たかなんてすぐにわかる。携帯にGPSがついているから。もしかすると、指輪にも。彼に嘘を吐くことはできない。訊ねられたら素直に話してしまうだろう。そうコナンくんに伝えると、GPSついてるの?と驚かれた。
あまりにも自然なこととしてとらえていたけど、確かに変なことかもしれない。いい歳した大人が位置情報を管理されているということ。初めに、子が親にGPS付きの携帯電話を持たせるような、そんな気持ちで受け取った。だから今もなんの疑問もなく持ち続けている。実際この機能に助けられたこともある。それをこの子に言ってもいいものか。

「名前さんが安室さんを心から信頼してるのって、そういうお仕事だから?」
「えっ」

相当信頼してないとGPSなんて持たないよと笑う。そりゃそうだ。実際私が逮捕された両親からGPSを渡されたとしてもドブ川に投げ捨てるだろう。信頼しているし、彼になら何をされてもいいと思っている。でもそれは、探偵だからとか、警察だからって話ではない。

「ちがうよ。あの人だからだよ」

思わず笑ってしまう。どんな理由だよとも思う。しかしこれしかないので、こう言うしかない。コナンくんも呆れたという顔をしている。わかる。

「信じてるんだね、安室さんのこと」
「そりゃもうね」

この世界の誰よりも信じている。しっかりとコナンくんの瞳を見て答えた。コナンくんは立ち止まり、俯いてしまった。え?ドン引きされている?さすがにちょっと惚気すぎたのかもしれない。恥ずかしくなってきた。

「…安室さんが名前さんを騙してても?」

俯いたまま呟く。声は暗い。まさか未だに安室さんのこと敵側の人間だと思っている?あまりにも長い間疑われていない?不安になる。この人たちが分かりあって協力していく未来はあるのだろうか?

「騙されててもいいんだよ」
「安室さんがいつかいなくなっちゃっても?置いて行かれるかもしれないんだよ?」

彼は顔を挙げて、必死な表情で私に訴えかけてくる。思ったよりも真剣な様子に思わず驚く。私は屈んでコナンくんと目線の高さを合わせた。

「あの人は、私の前から居なくならないよ」

安室さんは、と言うのはやめた。コナンくんは安室透という男が実在しないことをわかって、わたしに問いかけているのだ。わたしを心配してくれている。初めはあんなに私のことを疑っていたのに、かわいい子だ。

「コナンくんが思っているようなことにはならないよ」

思わず頭をなでる。いつの間にこんなに懐いてくれたのだろうか。この子の前では情けない姿しか見せてないはずなのに。それはそれでとっても恥ずかしいことだけど。

「もしかして、知ってるの?安室さんから何か聞いてる?」
「何も聞いてないよ。何かを知っているわけじゃないけど、わかってはいるんだよ」

あの人にも秘密だよと言うと、コナンくんはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「名前さんが転がされてるかと思ってたけど、逆なんだね」
「え!?それは無い無い!」

何を言うんだこの子は。私がいつだって彼の手のひらの上でタップダンスしてる方なんだよ。

「心配しないで。大丈夫」

さあもう君のおうちだよと手を引いて歩き出す。すぐに毛利探偵事務所の看板が目に入った。

「またね、名前さん」
「うん、おやすみなさい」

コナンくんが階段を上がって、家の中に入るまで見送った。