55.役立たずの付き添い

今日は安室さんの探偵のお仕事についていく日だ。東都から離れた場所に行くそうで、車に乗る。今日はあらかじめ予告されていたので、朝も余裕を持って起きたし、準備も完璧だ。

「遺産相続でしたよね?」
「そう」

運転する安室さんに話しかける。今回の依頼内容は、死んだ父親が残した遺産を巡るものだ。遺書によると、どこかに隠してある壺を見つけた人が所有権を得るそうだ。その壺の値段が桁違いで、4億円相当だという話だ。おそろしい。相続権のある息子3人と娘2人が血眼になって探したが見つからず、ネットで毛利さんに依頼したらしい。場所が山奥で結構な田舎である上に、車でないといけないような土地だったので、面倒になった毛利さんは安室さんを紹介したということで。全く都合のいい人だ。

距離的にも一泊は確実だし、すんなり終わらない場合もあるのでお泊りセットも持ってきた。山奥に小旅行の気分だ。当然ながら私が役立つわけがないので、おとなしく過ごしているだけの人になる。

「4時間も運転大変ですよね。わたしが交代できたらいいんですけど」
「マニュアルだからね」

AT限定免許なので運転できない。AT車でもレンタルしてこればよかったのだろうか。
山奥へ向かうほど天気が怪しくなってきて、依頼者の住む土地につく頃には大雨が降っていた。
車を降りて傘をさす。とっても大きな平屋だ。このあたりの地主なんだろう。インターホンを押すと、40歳くらいの体格のいい男性が出てきた。

「安室透と申します。高田智義さんからの依頼で参りました」
「ああ、あなたが。どうぞお入りください」

わたしもぺこりと会釈をしてお屋敷に入った。くつがびしゃびしゃだ。靴下まで濡れてなくてよかった。

「ここでお待ちください。家族を呼んできますから」

大きな机の側に座布団をポイポイと投げて男性は消えて行った。雑な人だ。依頼しておいてその態度はどうなのと思いつつ、座布団を整えて安室さんお隣に座る。小さな声で安室さんが私に話しかけた。

「あまり歓迎されて無さそうだ」
「そう思います」

基本的にこういう場面で、一番態度が悪い人は死ぬ。ミステリー映画ではそうなる。どうかだれも死人が出ませんようにと祈るばかりだ。

暫くして、ぞろぞろと何人か集まった。先ほど私たちを案内した男性は次男の公雄さんで、依頼した智義さんは三男だそうだ。智義さんはひょろりとした眼鏡の男性で、くまが目立つ。不健康そうだ。長男の浩三さんは中肉中背というか、普通の中年と言う感じ。一番性格がきつそうなのは次男の公雄さん、特徴が無いのが長男の浩三さん、頼りなさそうなのが三男の智義さん。覚えた。
女性は二人で、長女の佳代子さんと次女の奈々未さん。佳代子さんは浩三さんの1歳上だそうだ。白髪交じりの髪で、化粧はほぼしていない。次女の奈々未さんはダークブラウンのストレートロング、真っ赤な口紅で派手めな人だ。みんなそれぞれ個性的だ。

(顔が全く似ていない)

ぱっと見血縁関係があるとは思えないほど似ていない。佳代子さんは鼻が小さいけど、浩三さんは団子鼻。奈々未さんはつり目だけど、公雄さんは俊として見える垂れ目だ。輪郭もそれぞれ違って、兄弟と言われても信じられない。本当に兄妹なのだろうか。と、わたしが感じるほどなので、安室さんも感じていることだろう。

「お父様の遺言書は?」
「こちらです」

依頼主の智義さんが金庫を開けて、そこから遺言書を取り出した。机に置かれたそれを安室さんが読んでいく。和s足しも隣から覗き込むと、公雄さんがすこし苛立ったような声で私を止めた。

「あんたは探偵でもないんだろ?勝手に読まれちゃ困る」
「ちょっと、兄さん」
「すみません」

まさか怒られると思ってなかったので驚いてしまった。しせいを正して自分の手元を見て待つ。田舎っぽいと言うか、古めかしいと言うか、なんとなく察していたけどここに「女」が居ることをよく思っていないようだ。ついてきたのは失敗だったかもしれない。

「#苗字さん#、もしよければお茶を運ぶのを手伝っていただけますか?」

え?私お客さんなのに?と思ってしまったが、声をかけてきた奈々未さんはどうやらこの場所から私を遠ざけようとしているみたいだ。断るのも変だし、もちろんですと返事して立ち上がる。
奈々未さんについて行った先の台所で、彼女に謝られた。

「すみません、わざわざ来ていただいたのに、こんな家で」

あの場に居ると理不尽に公雄が突っかかってくると思って、と言う彼女に、やはり助けようとしてくれたのだと知る。

「公雄と浩三と、姉の佳代子は男尊女卑というか、古めかしい考えの人なんです。もうそんな時代でもないのに」
「そうなんですね」

智義さんは違うようだ。佳代子さんはきりっとして、言い方は最悪だけど顔からすると公雄さんとおなじくらきつそうな人だと思っていたけど、この家の男性陣に対抗するには強くなければならなかったのだろうと推測した。苦労してそう。クソ失礼な考えだ。失礼ついでにもう一つ。

「みなさんあまり似ていませんよね」
「ええ、誰も血はつながっていないの」

やっぱりそうかと思ったけど、口には出さなかった。