61.生まれ変わる

買い物をしすぎた。大荷物になってしまった。普段なら安室さんに連絡して迎えに来てもらおうかと考えたけど、今あの人は今この国のためにお仕事で忙しい。おとなしくタクシーに乗る。もう夕方を過ぎ、時期に暗くなるころだ。

運転士さんにマンションの近くのコンビニへ向かってもらう。カーナビに住所を入れて発進した。
今日はどこも混んでいて、結構疲れた。到着するまで寝ようと目をつぶったところで、運転士さんが驚いたように声を上げた。
気になって目を開けると、カーナビがバチバチと音を立ててショートしていた。そんなことある!?運転士さんが急ブレーキを踏み、車が停止した。周りを見回すと同じように混乱した車が衝突したり、道路に人が下りたり、パニック状態だ。

「すみません、お代は結構ですので」

そう言ってタクシーを降ろされた。そりゃそうだ。この状況では進めないだろう。どうしてこんなことになったのだろうか。車業界に悪質な攻撃でもされたのだろうか。仕方なく電車で帰ろうと駅まで向かう途中、スマホがショートしている人を何人も見た。こわ!どういう条件でショートしてるのかわからないので、ひとまず急いで電源を切った。電車に乗ろうにも改札も不調らしく大混乱、電車のダイヤも乱れまくり、もうこれはお手上げだ。徒歩で帰るしかない。

ヒールを履いてきたのは間違いだった。こんなことになるとは思っていなかったので、大誤算だ。荷物も多いし最悪だ。家に向かって歩き出す。やはりそこら中で大混乱が起きていて、異様な光景だった。非日常的だ。もしかしてもしかすると、安室さんやコナンくんが対峙している事件にうっすらと巻き込まれているのではないだろうか。サミット会場爆破の時も思ったけど、なんとまあ大規模な事件だ。でも今のところおそらく誰も死んでいない。不思議だ。

大混乱の東都に、あっという間に警察車両が増える。パトカーも出動し始めた。歩きながら眺めていたけど、どうやら様子がおかしい。避難してくださいという呼びかけが聞こえる。避難って?どういうこと?近くで忙しそうに呼びかけを続けている警察官に声をかけた。なにがあったんですかと問うと、知りませんかと驚かれた。

「はくちょうが警視庁に直撃するかもしれないんです。まだ時間がありますから、どうか慌てず誘導に従って非難してください」

はくちょうが?それって連日ニュースで取り上げられていたあの人工衛星?驚きすぎて口をぽかんと開けて立っていると、奥に進むと順にバスで移動できますと案内された。そのまま誘導に従って歩いていく。
どうやらスマホが発火したりしなかったひとにはしっかりニュース速報でこの状況が届けられていたようだ。不安げな顔をしながらバスに乗り込む人を見る。

「大丈夫だよ、エッジオブオーシャンに行けるチャンスだと思おうよ。この前の爆発もあったし、今後なかなか行く機会なんて無いよ」

斜め前に並んでいたカップルの女の子が、隣で顔を真っ青にしている彼氏らしき人に励ましの言葉をかけている。そうか、このバスが目指す避難場所はエッジオブオーシャンなのか。あの爆破された施設がある場所だ。つまり、

(そこも危険なのでは?)

一度敷地内の施設が爆破されたからと言って、二度目は無いとも限らない。昔に見た映画でツインタワーだって両方破壊されたし。この世界で新たに建設された建物は危ない。そう思う。行くのはやめよう。するりと列から抜けて、ささっと隠れるように自宅までの道を歩く。
もし、本当にはくちょうが警視庁に落ちたとして、私たちの住むあの家への被害はどれほどのものなのだろうか。あまり距離が離れているわけでもない。私が歩いて帰れると思うほどだ。
安室さんのことを思い浮かべる。あの人なら、人工衛星だとしても跳ね返してくれるような。守ってくれるような気がする。頼り過ぎだ。それでも、おそらくコナンくんも動いているであろう今、大きな被害が出るとは思えなかった。エッジオブオーシャンに被害は出そうだけど。

マンションに到着して、エレベーターのボタンを押したけど動かない。階段しかないのか。もう足が棒だよ。非常階段に向かってひたすら上り続けた。なんで10階に住んでるんだろうって思った。エレベーターなしの生活はできない。
どうにか部屋の前にたどり着き、息切れを抑えながら鍵を開ける。家に入る。ようやくこの大荷物を降ろせるし、ヒールも脱げる。リビングに入って、電気をつける。テレビの電源を入れたら、すべてのチャンネルではくちょうのニュースが流れていた。ひやひやするのは心臓に悪いから見たくない。テレビを消した。
スマホの電源を入れて、通知を確認する。安室さんからの連絡はない。私も、連絡はしない。

マンションの外では防災無線が避難を促している。ベランダに出てマンションの下を覗くと、人通りがほぼ無かった。車もほとんどいない。みんな避難したのだろうか。このマンションに一人ぽつんと居座っているのに、寂しさや不安は微塵も感じない。

空に人工衛星が見えた。確かに近い。こんなにはっきり見えるとは思わなかった。ていうか本当に都内の市街地に墜落するんだ。現実味がない。映画みたいだ。私は部屋の中に戻り、窓に鍵をかけてカーテンを閉めた。できるだけ何事もなかったように過ごして、あの人を待とう。あの人が日々命を懸けて守っているこの日本の平和を信じよう。

(料理でもしよう)

いつ帰ってきても大丈夫なように。以前のように不安を消すためじゃなくて、あの人のためになるように。

(わたしも変わったなあ)

自分が作った食事を誰かが食べるなんてこと、ほとんどなかったように思う。母が出て行ってから父の食事も作ったけど、投げつけられたり捨てられたりするので、すぐに作らなくなった。そこから一人暮らしの間も含め、自分以外のために料理をするなんて思ってなかった。適当に作って、適当に食べれればいいと思ってたけど、今はそうじゃない。あの人を喜ばせたいし、あの人のためになりたいと思って台所に立っている。こんな気持ちになれたことは今までになかった。

まさか自分が、この東都で、彼とこんな関係になるなんて。私が死んだことになったあの日まで、考えもしなかった。一生関わることのない、自分とは違う世界だと思ってた。
だけど今、こうして彼を待っている。もとより、彼については正体くらいしか知らなくて、実際に一緒に生活して初めて為人を知った。もちろん知らないことも山のようにあるだろう。それでも、私が愛しいと思ったあの人は、嘘じゃない。