63.確かめあいたい

最近お気に入りのスクラブを使って、肌をツルツルにした。お風呂上りにはボディミルクで保湿した。完璧だ。スキンケアもスペシャルに頑張った。こっそり眉毛を少し書いといた。安室さんが返ってくるまで夕食を作る。今日は魚を煮る。甘辛い味付けで、ネギと一緒に。白米ももうすぐ炊ける。安室さんのシフトがあと20分で交代の時間だから、ちょうどいいはず。

ひとまず準備を終えてソファーに座る。自分からめちゃくちゃいい香りがする。新しく買った香水だ。髪もケアを頑張ったのでツヤツヤのはずだ。部屋着も比較的可愛いのを選んだ。もちろん、下着も。気合い入れすぎだろうか。気合入ってるなって一目でわかる状態だ。どこに触れられても恥ずかしくないように準備したのに、逆に恥ずかしくなってきた。何なんだこの気持ちは。複雑だ。
いつの間にかソファーで眠っていて、玄関の扉の音で目が覚めた。時計を見るとちょうど帰宅する頃の時間だった。おかえりなさい〜〜とソファーに横になったまま声を上げると、ただいまという返事と同時に、リビングに安室さんが入ってきた。

「寝てた?」
「寝てました。けど、夕食の支度は終わってます。いまから温めますね」
「ありがとう。先にシャワーを済ませてくるよ」
「今日はお湯入れてますよ」

そう伝えたけど、安室さんはさっさとシャワーで済ませて出てきた。早いことだ。マンションにしてはかなり広めの湯船で気持ちいいんだけどな。後でもう一回浸かろうかな。
用意した夕食を、二人で食べる。おいしいと言ってくれる。嬉しい。その一言のために頑張って作ったんだ。思わず笑顔になる。

「食器は僕が洗うから、ゆっくりしてて」

お言葉に甘えて、お皿洗いは彼にお任せした。ソファーの背にもたれながら最近はやりのドラマを見る。全円頭に入ってこない。ドキドキしているからだ。緊張してきた。はあ、とため息を吐いて目を閉じる。落ち着こう。数回ゆっくり呼吸をして目を開けると、目の前に安室さんの綺麗な顔があった。驚いて固まる。

「な、にしてるんですか」

わざわざ音を立てずに近づいて、私の顔を覗き込んでいた。悪趣味か。

「据え膳と呼べばいいのかなって考えててね」

彼が私の髪に触れる。するりと手櫛で毛先まで流れた。今日トリートメントして良かった〜〜〜〜この流れで髪が絡まって引っかかって手櫛も通らないとかだったら泣いてた。色々な意味でドキドキした。

「新しい香水も使ってくれてさ」

彼の顔が私の首元に近づく。耳の近くで話されるとぞわぞわする。そのまま首にキスされた。体が反応する。仕方ない。恥ずかしくなって、手で顔を覆った。

「どうして隠すの?」

安室さんの大きな手に捕まって、顔を隠す術を失った。恥ずかしいからですと素直に答えると、楽しそうに笑った。

「かわいいよ」

その言葉と共に、頬にキスをくれる。嬉しい。可愛いと言われたかった。感動してしまった。安室さんが私のことをかわいいと思ったんだ。その事実。

「あの、安室さん」

彼の瞳をしっかり見る。今日は言うぞと心に決めてたんだ。それなのに少しためらって、なかなか続きを口にすることができない。安室さんは不思議そうに、私の言葉を待つ。

「ずっと言えてなくて」
「うん」
「今日こそは言おうと思ってて」
「何を?」

少し焦れたように私の言葉を促す。言葉なんてただの音なのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう。喉に心臓があるんじゃないかと思うほど、鼓動を感じる。

「好きです」

漸く絞り出した言葉は弱弱しく、情けない音だった。それでも彼ならしっかり聞き取ってくれたはずだ。

「もうご存じだと思いますけど、今までちゃんと言えたことなかったなって思って。安室さんが好き、安室さんじゃないあなたも好き。私を生かしてくれて、幸せにしてくれてありがとうございます。大好き。重い言葉だったらごめんなさい、多分わたしはあなたを愛しています」

言い切った後にぶわっと恥ずかしくなって、顔に熱が集まった。絶対真っ赤になっているだろう。ふと安室さんの髪の隙間から見えた耳が赤くなっていたので、少し、いや、とっても嬉しくなった。私から唇を重ねる。触れるだけだ。彼は前髪をくしゃりと崩して、俯きながら口を開いた。

「どうやって言えばいいのかな。僕も君が好きだし、愛してる。きっと君が思うよりずっと」
「そうなんですか」
「そうなんだよ」

顔をあげて、彼はソファーに座った。そして私の顔を引き寄せて、瞼にキスをくれた。目を閉じたまま彼の言葉を聞いた。

「苗字名前になったときから今まで、それなりに苦労や不幸が多かったと思うけど」
「色々ありましたけど、幸せの方が大きいですね」
「本当に?」
「本当に」

言い方が悪いけど、常に自信の塊であるような安室さんが、自信無さげに聞いてくる。かわいいと思ってしまった。本当にわたしはあなたのおかげで幸せを手にしていると言うのに、どこにそんなに不安になる要素があっただろうか。不思議だ。
安室さんの目じりがきゅうと下がる。いつも凛々しい形を保っている眉毛がへにゃりと動く。僕も幸せだと呟いた後、私の背中と足の下に腕を回し、ぐっと持ち上げた。一気に視線が高くなる。驚いて彼にしがみついた。

「どっちの部屋にする?」

つまり、いつもの私のベッドか、一度も入ったことのない安室さんのベッドかと言うことだ。いいの?と彼を見上げる。

「今日はこっちにしようか」

私の視線を受け止めて、満足そうに頷いて、安室さんの部屋の扉を開けた。うそ。この人の部屋に入ったのは初めてだ。めちゃくちゃ緊張する。
ゆっくりベッドの上に降ろされて、彼が覆いかぶさる。すごい。ベッドから安室さんの匂いがするのに、目の前に実物(?)もある。贅沢空間すぎる。

「もし、安室透が終わったらさ」
「え?」
「次の家の寝室は一緒にしよう」

そのまま唇をふさがれる。色々と言いたいことも聞きたいこともある。全部飲み込まれるように口付けられて、ずぶずぶにはまっていく。もうこの人が居ない人生なんて考えられない。同じように思っていてくれているということでいいだろうか。うぬぼれてもいいのだろうか。わたしは、幸せだ。