74.信じていてねあなたのことを

安室透としての生活が終わってから暫く。忙しい毎日が続いていた。潜入していた組織が解体されて、関連のある他の犯罪組織の摘発だったり、過去自分が得た情報から居場所が特定された犯罪者を追ったり。後始末がすんなり終わると思ってなかったけど、まさか半年以上かかるとは思っていなかった。日本ではもちろん、海外でも行うことがあり、様々な場所を飛び回った。
東都のマンションに置いてきた名前については、工藤くんから定期的に連絡がある。はじめの数ヶ月は寂しそうだとか、元気がなさそうだとか報告を受けた。申し訳ない気持ちを抱く反面、嬉しくもあった。自分が彼女にとっていかに特別で大切な存在であるかを知らされている気持ちだった。
しかしこの1〜2ヶ月は、何ら変わりない、安室さんのいない生活に慣れてきたようだと伝えられていた。想像に容易い。人間は環境に慣れる生き物だし、名前は順応力が高い。半年以上音沙汰もない男を気にしてばかりの生活をするとは思えない。名前は賢い。だから、早く帰りたかった。

同じチームで動く部下の中に、女性がいる。事務処理能力に長けている。現場に出てばかりの人間が多いので、とても助かっている。時々職務上で連絡を取る仲だった。6人のチームで出張となり、ビジネスホテルで泊まった日。事件が起こった。6人それぞれ個室を与えられていて、20時に解散した。早めにシャワーを浴びて、コンビニで買った弁当を食べている時に、部屋にその女性が訪ねてきた。仕事のことで話があると言われたが、明らかに僕の部屋に入る気があって、これは危険だと思った。彼女が僕に向ける視線が熱っぽい。疲れているから翌日にしてくれと頼み、その場を乗り切った。
そういう感情は、絶対にありえないと思っていた存在だった。優秀な部下。ただそれだけだ。人間の感情は見た目だけではわからない。自分ですらこういう経験をしたのだから、女性である名前だって、無いとは限らない。以前のように僕が側で見張りのようにひっついてることもない。途端に不安になった。僕がいない隙間を埋めるように男ができていたら、どうする?寂しいと思っていたところに都合良く現れた良い人がいたら、靡かないとは言い切れない。人間はわからない。考えたくない。名前に限ってそんなことはない。
幸運なことに、この出張先での仕事が片付けば、暫く落ち着くはずだ。つまり、名前に会いに行ける。死に物狂いで仕事を進めた。一刻でも早く仕事を片付けたかった。おかげで、予定より数日早く東都に戻ることができた。
夜だった。もしかしたらもう寝ている時間かもしれない。本当は明日に連絡したほうがいい。わかってる。わかっているけど、1秒でも早く会いたい。車に乗り込み、7ヶ月ぶりに名前に電話をかける。緊張した。しかし、通話はつながらなかった。寝ているのだろうか?もう一度だけと心に決めてもう一度電話をかける。

「もしもし」

つながった。7ヶ月ぶりに聞く彼女の声。心がホッとする。

「これから少しだけ会えないかな。近くを通るんだ。家にいるだろ?」
「い、今からですか?!」

喜んでくれると思った。彼女も僕との再会を待ち望んでいたのなら、喜んでくれると思った。だけどどうやら違うらしい。モヤッとした気持ちを抱きつつ、都合が悪かった?と聞いてみると、そうだけど大丈夫と言う。誤魔化すような言動に不信感が燻る。

「20分くらいで着くから。じゃあ」

嘘だ。ここからマンションまで10分もない。少し早めに着いても不都合がなければ何の問題もないだろう。彼女が化粧を落とした姿だっていつも見てたし、支度が終わってないと言われてもそれでいい。名前と会えればそれでいい。
マンションに到着して、車を停めてエレベーターで上がる。10階に着き、扉が開く。目の前に名前が居た。

「出かけるのかい?」

疑いたくない信じたくない。でも僕が向かうと言ってるのに、この時間に出ていく理由は何?不信感ばかり募る。タイミングが悪かった。部下からそういう目で見られたという経験があったから、もしかしたらと思ってしまう自分がいる。本当はひと目見て、ただいまと言って抱きしめたかった。どうしてこうなってしまったんだろう。