割れた合わせ鏡
俺の足は急いたように教室へ向かっていた。
織くんのいる3Bの教室へ。
「…っ」
ガラっと教室の後ろのドアを開けるが、そこに望んでいた姿は見つけられなかった。
折角、走って、きたのに…。
珍しく走って脆弱な体は息切れしているが、なんとか気力を振り絞っていつもの席までいく。
「椿ちゃん…」
織くんと仲良しないつものメンバーの一人、お姫様みたいにカッコ可愛い容姿の椿くんを捕まえて、その腕を取った。
「そんなに慌ててどうしたの?れーくん」
「織くん、来てる…?」
「いや、来てないよ」
その答えにがっくりと肩を落とす。
昨日織くんにラインをブロックされてしまった。
それどころかツイッターやインスタまでブロックされてしまって、明らかに故意で零衣のことを避けているとしか思えなかった。
織くんとは相思相愛だと思っていたから、俺が何かしてしまったんだろうか…と昨日から心配で仕方なかった。
織くんの家ぐらい知ってたら良かったのに…。
肝心な時に何もできない自分がもどかしかった。
「そっ、か…」
「丁度さっきその話をしてたところだよ」
「しろちゃん…」
白っぽい髪の柔和な雰囲気の眼鏡の男の子が寄ってきて声をかけてくれる。
椿ちゃんと舞白くん。
どっちも織くんとずっと友達のメンバーで、織くんの気が許せる人たちで、れーが友達になろうとしたらすぐに受け入れてくれた。
というより零衣は基本誰にでも物怖じしないし誰とでも友達になれるタイプなので問題なかった。
「そう。教祖既読付かないんだよね。なんかヤバイよね。こんなこと普段ないのに」
「いつもラインだけは即レスなのにね…」
2人がそう言うならやっぱり誰も連絡を取れていないのかもしれない。
「ねぇ…2人、織くんにブロックされてる…?調べて欲しいんだけど…」
不安げに2人に切り出してみた。
「え、いいけど」
「何かあったの…?」
「あ、うん…ちょっとスタンププレゼントして確かめてみて…」
ふと視線を横にずらすと、あおが教室の隅でぼんやりしているのと目が合った気がした。
零衣が落ち込んでいることは知っているだろうし、そのまま目を伏せて視線を外した。
その間に2人の作業が終わったのか視線が合った。
「いや普通にブロックされてないみたいだけど」
「こっちも」
「そう…」
その返答に再び大きく肩を落とす。
みんなは違うのにどうしてれーだけなんだろ。
やっぱ、俺の事で、何か嫌だったのかな…。
珍しく落ち込んでいると舞白くんと椿くんが気遣うように声を掛けてくれた。
「でも既読はつかないけどね」
「そうだよ。……喧嘩でもしちゃった?」
丁度目線の高さが同じ椿くんが優しくそう言った。
「んー…それも分かんなくて…。喧嘩はしてないけど、理由に心当たりがないのってやばいのかなぁ…?」
「さぁ…教祖の方にも止む終えない事情があるかもしれないよ?」
「だったらいいんだけど…。織くんは…れーのこと好きだもん。…きっと」
拗ねたように頬をぷっくり膨らませると、2人が呆れたように小さく笑った。
「熱いねぇ」
「早く事情が分かるといいね」
「うん!ありがと!何かあったられーにすぐラインして!保健室で待ってるから」
にこっと笑うと2人が頷いてくれた。
2人と話せて少し気が晴れた。
よかった…ここに織くんがいてその場で突き放されなくて。
全然良くないけど。
未だこの状況の理由は分からないままだ。
言葉で嫌がってたのに、れーがえっちばっかり求めるから実は本当に嫌だったのかなとか何度か考えた思考を振り払うように、れーは朝礼前に保健室へと引き返した。
家でも会えるあおには声を掛けないままだった。
保健室のベッドで体育座りして蹲っていた。
足の間には枕を挟んでもふもふと腕の置き場にしている。
織くんが好きだ。
初めて零衣自身を見てくれた織くんが好きだ。
初めてあお以外の人を本気で好きになった。
織くんが向けてくれた言葉の全部が好きだ。
それなのに。
「……はぁ」
一人で誰にも聞こえないように溜息をつく。
織くん、どうしちゃったんだろ。
もしもの事があったら…と思っても、やっばり連絡手段を拒否されている理由が分からない。
心配でそわそわするし、時間が恐ろしく長く感じられる。
末の弟と放課後買い物に出かけたあの日。
あおから今日は織くん返事返せないかもって伝言を貰ってそれっきり連絡が途絶えた。
ショックだった。
織くんも、やっぱりれーは友達の一人としか見てくれないのかな…。
考えた思考を振り払った。
そんなことない。
織くんの言葉も気持ちも絶対本物だった。
嘘をつけるような子じゃないから。
肌を重ねた時の言葉は、全部織くんなら嘘じゃないって信じられる。
「零衣?」
不意に呼ばれた名前にハッと顔を上げる。
「…あ、みよっち?」
黒髪に白衣に眼鏡、養護教諭のみよっちこと三尋木先生が立っていた。
「おやつあるけど食べる?」
「今日のおやつはなぁに?」
みよっちを見上げながらいつもの調子で返事をした。
「クッキーだよ」
「れーね食欲が足りないの。だから今いらない」
ぷくっと頬を膨らませた。
多分いつも通りでいられないし食欲は本当にない。
「何かあった?」
みよっちの優しい声が降ってくる。
「何があったんだろね。れーにも分かんないんだ…」
「そうなの?」
「友達と連絡が取れないの。だからすごく寂しいんだ」
織くん、今どうしてるんだろう。心配だな…。
そう心の中で呟いて目を伏せた。
「それは寂しいね。早く連絡がつくといいね」
「うん!みよっちクッキー1枚ちょーだい!甘いのがいい!」
にこっと笑うとみよっちは頷いてクッキーを取りに行ってくれた。
人と話すことが1番自分のエネルギーになっていた。
いつまでもこのままじゃだめだ。
みよっちが1枚持ってきてくれたクッキーをサクッと齧る。
甘くて癒された気がした。
思い切ってもう一度織くんに電話を掛けてみたけど、やっぱり着信拒否のままなのは変わりが無かった。
相変わらず部屋の電気は消えている。
そろそろ学校に行かないといけないだろうか。
人に会うのが少し怖い。
中断してしまった日常生活を再開するのが余計怖くて携帯の電源すら入れられない。
きっと連絡でいっぱいになっているだろう。
それすら、返事もしたくなくて。
このままじわじわと出席日数が足りなくなるんだろうかなんてぼんやりと考える。
随分休んだ、のに…不登校になることだけはプライドが許さなくて、まだインフルエンザか何かで通るだろうかとぐるぐる考える。
「……っ」
不意にあの日の光景が脳裏にフラッシュバックして、俺───織は思わず顔を腕で覆った。
目元に薄く涙が滲む。
出来るだけ何も感じないようにしているのか、思考も何もかも凍結してしまったかのように感情が動かない。
浅い息を吐きながら襲ってくる恐怖が過ぎ去るまで耐えた。
「行きたくない…」
小さく零れたのはそんな言葉だった。
教室には蒼音もいる。
後ろ姿でも今は零衣を思い出してしまいそうで辛かった。
それにもし本当に零衣に会ってしまったらと思うだけで、涙がじんわりと滲んで頬を伝っていった。
友達に会いに学校に行っているのに、1番会いたい人に拒否されてしまうなんて。
「どうして…俺だったんだろ…」
誰に聞こえるでもない言葉は宙に消えていく。
何故選ばれてしまったんだろう。
最初から壊すつもりで近付いたと言った、零衣が理解できなくて今は怖い。
信じたかった。
零衣の言葉は…言葉も愛も全部本物にしか見えなくて、素直に信じて…。
初めて見てくれたと思ったのに。
初めて俺自身をちゃんと、見てくれたと思ったのに。
それすら全部嘘だったなんて。
「……」
またぼろぼろと涙が溢れてきた。
叶うなら以前の零衣に甘えたいし抱きしめて欲しい。
唯一自分が依存できる相手だと思ったのに、それすらも失って、本当に何もかも無くしたみたいで、今頼れる相手がいなかった。
もうだめかもしれない。
零衣に会ったところで、もう何も望めないのに。
体調が悪いといっても、保健室には行けない。
零衣がいるから。
学校に行くならちゃんと耐えないと…。
不安だった。怖かった。
零衣に抱きしめて欲しいのに、耳元で大嫌いと囁かれるのが、痛めつけられるのが、どうしても怖かった。
何を望んでいるんだろうと、自分で自分がわからなくなった。
「たすけて…」
吐息のような言葉が口から漏れる。
誰が助けてくれる訳でもない。
「行かなきゃ…」
いつかは行かないといけない。
息が整ったら。ここから起き上がれたら。
これでもだいぶ落ち着いた筈だから。
学校にそろそろ行かないといけない。
叶うなら、零衣には会いたくなかった。
椿くんから連絡をもらったのは7限の途中だった。
さっき教祖きたよとラインで言われすぐにでも会いに行きたかったが、授業中に行っても何もできないのですごくそわそわしながらチャイムを待った。
「織くんは…⁈」
放課後また走って階段を登り、教室に行って息を切らしながら織くんの席に行くが、そこに探していた姿はなかった。
「ついさっき行っちゃったよ」
「そんなぁ…すぐ、きたのに…」
へなへなとその場に座り込んでしまった。
体力が無いせいかちょっと走るとすぐ息切れしてしまう。
「どっちに行った?」
見上げながら椿くんに聞いてみると、あっち、と人通りが少ない方の廊下を指差された。
「ありがと…行ってみる…」
なんとか笑顔を浮かべて立ち上がったが、体力の消耗が激しかった。
今ばかりは脆弱な体が憎い。
「れーくん、頑張ってね」
「ありがと」
へにゃっと笑うと、もう一度織くんが行った方の道に走り出した。
早く見つけなきゃ、また明日になっちゃう。
それだけで、いつもより無理して走れる気がした。
階段を下りながら夢中で走っていると、黄色い髪の後ろ姿が目に飛び込んできた。
「織くん!」
「いっ…!いやっ…!」
振り返った織くんが、恐怖に震えた表情で叫んだ。
「え……」
その反応に思わず動きが固まる。
「織くん…?」
元々細いのに少しやつれてしまっている。
何よりれーを見る目が恐ろしい物を見ているみたいな反応で不安になった。
「ねぇ…」
「っ…来ないで…!やだ、やだ…」
近寄ると、織くんが怯えながら横をすり抜けて廊下の方へ逃げていこうとする。
「待って!織くん!」
ショックを受けながら訳もわからず追いかけようとするが、差は開くばかりだった。
「わ…っ!」
スリッパで足がもつれてその場に倒れる。
廊下の埃を吸い込んでしまって一気に喉が苦しくなった。
「げほっ…は、ぁ…ひゅっ…」
苦しい…。
ポッケから簡易の吸入器を取り出そうとするが、丸いそれは転んだ拍子に無残にもころころと手の届かない位置にいってしまった。
「が、…は…げほっ、げほ…」
苦しくて動けない。
無理して走ったせいだろうか、息をするたびに埃が喉に入ってきて余計に苦しい。
誰か助けて…。
そう思った時、滲む視界に誰かの足が映った。
カチッと、吸入器が1回分セットされた音がして口元に当てられた。
酸素を求めるように必死でそれを吸い込む。
気道に薬がじんわり広がっていく感覚がした。
「あ…」
ぼんやりとそのまま視線をあげると、目の前に織くんがいた。
手だけ吸入器を持って、視線は顔ごと逸らして…よく見ると泣いているようにみえた。
織くんのズボンを裾をぎゅっと握る。
「はっ…」
びくっと全身で震え上がった織くんのその手は、小刻みに小さく震えていた。
零衣が…怖いのかな…。
「どうして…れーを避けるの?」
泣きながら織くんを見上げて呟いた。
織くんの青い瞳が一瞬狼狽えたように揺れた。
立ち上がろうとした織くんの服の裾をより強く握る。
「行かないで…」
なんでれーのこと置いていくの…?
何にも分かんないよ…。
ぼろぼろ泣きながら織くんを見上げるが、視線は合わない。
「れーのこと、嫌いになっちゃったぁ…?」
遂に小さい子供みたいに泣き出してしまった。
そのまま感情のまま泣きじゃくる。
「お前が…!お前が…っあんなこと…」
遂に口を開いた織くんは震えた声を荒げて涙を零した。
「あんなこと…って…?」
訳もわからず足首を掴むと、その手を力強く振り払われた。
「またそうやって俺のこと騙す気なんだろ⁉」
怒鳴られた声に思わずびくりと体が震える。
織くんの怒鳴り声を初めて聞いた。
その目は悲しみと憎しみが篭っていて、今まで見たことが無い表情をしていた。
「騙すって何…れーが何したの!何に怒ってるの…」
もう一度ぎゅっとズボンの裾を拳で握りしめた。
絶対に離さないように。
織くんに初めてきつく当たってしまった。
今まで織くんと喧嘩なんてしたことなかったのに。
そのままなんとか起き上がって座ると、織くんと視線を合わせた。
「何だよそれ…」
困ったような怒ったような表情で織くんは口を開いた。
「散々殴って滅茶苦茶にした癖に、よくそんな事が言えるな!」
「え…」
さっと血の気が引いて数秒固まった後にすぐ俺も声を荒げた。
「れーそんなことしない‼」
涙がぽろぽろと溢れる、ずっと優しくしてきたのに、ポリシーに反する事を言われて分かってもらえないのが悔しかった。
「は…?……っ」
言葉に詰まった織くんに畳み掛ける。
「れーは織くん殴ったりなんかしないもん!いつそんな事…」
「いやっ…!」
思わず織くんの両肩を手で掴むと、振り払うように織くんは後ろに飛び退いた。
震えながら怯えた目で見上げられ、思わず手を引っ込めた。
またそんな目でれーの事見て…織くん…どうしちゃったの…?
右手で織くんの指先をそっと握る…。
「あ…ぁ…」
震えて泣きながら抵抗もしない織くんを俺は悲しく見つめた。
これが今の2人の距離なんだと思って切なくなった。
「いつの話…?」
なるべく優しく問いかける。
「せ、先週の、1日の…」
「1日…」
それは、織くんと連絡が取れなくなった日だ。
信じたくない可能性のもやもやが、僅かに心に現れる。
「どうしてれーの事ブロックしちゃったの…?」
「それは…お前が…」
そこまで聞いて一気に点と点が繋がって疑問が確信に変わった。
「あお…!」
沸々と怒りが湧いてきて、拳を怪我するぐらいの力で地面に振り下ろした。
ベチッと音がしたのを見て織くんがまた怯える。
怖がる織くんの手を両手で包み込んだ。
本当は抱き締めてあげたかった。
「織くん、落ち着いて聞いて…。それはあおだよ」
守れなかった。
俺のせいだ…俺のせいで織くんを傷付けた。
「え…」
不安そうな表情で織くんは固まっていた。
「こっちにきて…ちょっと人目につくから。大丈夫だよ…」
目の前の空き教室のドアを開ける。
怖がる織くんを引っ張って教室の中に引き入れた。
「何を…言ってるんだよ…」
「1日だよね…れーは知花ちゃんとお買い物に行ったの」
携帯を取り出してデータフォルダをするすると指で辿りながら、該当の日まで戻る。
普段からこまめに写真を撮る方で良かったと思いながら、末の弟との知花と一緒に写っている1日の写真の日付けと時間を見せた。
「そんな…あの日、お前とパンケーキを食べに行って…」
そのまま織くんは視線を落とした。
賢い織くんならもう理解しているかもしれない。
「だから、それは…俺に成りすましたあおだよ」
織くんに告げても、気持ちは暗くなるばかりだった。
どうしてそんなこと…それは、考えなくても分かっていた。
嫉妬しているのだ。
双子で片時も離れなかった零衣が織くんと引っ付いた事に。
だから織くんを…。
「じゃあ…大嫌いじゃない、のか…?」
弱々しい目で、織くんは零衣を見た。
「嫌いになるわけないよ…!大好きだよ」
それでも、織くんは不安そうだった。
「本当に…?嘘じゃないのか…零衣」
「本当だよ。大好きだよ。誰よりも1番愛してるから」
やっと名前を呼んでくれた。
そっと頭を撫でようとすると、また織くんはびくりと震えた。
その手を力なく下ろす。
「織くん、れーの事が怖いの…?れーを見るのが怖い…?」
「あ、あの時の…事を、思い出して…体が勝手に…」
「…………」
嫌だ。零衣は織くんの為なら何でもするってもう決めたから。
ぎゅっと拳を握って立ち上がった。
「……?」
辺りを見て、教卓横のペン立てからカッターナイフを取ってくる。
織くんはその様子をぼんやりと見つめていた。
「零衣…?」
「織くん、見てて」
小さく笑うと、刃先を少しだけ長く出した。
そして、長かった自分の髪を束ねて持つと、ザクリと短く切り落とした。
掴みきれなかった髪の束ががはらりと何本か舞って落ちる。
「っ!……髪が…」
「どう?零衣かっこいい?」
髪をゴミ箱に捨てると、そう言って織くんににっこりと笑いかけた。
頭が少し軽くなった気がしながら、しゃがんでそっと織くんに近寄る。
織くんは拍子抜けていて怯えることは無かった。
そのままゆっくりゆっくりと抱き締める。
今度こそちゃんと抱き締められてそのまま腕の中に閉じ込めた。
「あ…」
泣きそうな織くんの頭をよしよしと撫でる。
「れ、い…!」
そのままぼろぼろと泣く織くんを見て、思わず俺も涙を零した。
「大好きだよ」
確かめるように腕に力を込める。
温かかった。
「これであおと間違えないで済むでしょ?」
ぎゅっと引き寄せると、織くんも背中に腕を回してくれた。
双子だった証は、捨てる事にした。
「零衣に、捨てられたと…思って…」
泣いている織くんの背中を何度もさする。
「俺だって、織くんに嫌われたと思って、ずっと不安で…ずっと会いたかったんだよ…」
お互いの鼓動が近い。
気を抜くとまたわーわーと泣いてしまいそうだった。
「ごめんね…」
何度謝っても、悔しかった。
あおの事が腹立だしかった。
そんな事するやつじゃないと思ってたのに…。
「あおに何されたの?言える事でいいから」
「…ホテルで、無理矢理…」
それ以上言わなくていいと織くんの頭を撫でながら抱き締めた。
「零衣が必ず癒してあげるから…。大丈夫だよ…。怖い思いさせてごめんね…」
ぎゅっと抱き締めて、少し強引に唇を重ねた。
目に涙を滲ませる織くんに、何度も何度も優しく口付けして舌をそっと絡める。
「ん……」
ぼんやりと感情の薄い瞳で見つめる織くんの頭を撫でながら、出来るだけ優しくしようと全身を撫でた。
弱ったように体重を預ける織くんを優しく受け止めながら、つらそうな恋人を見ている罪悪感に駆られた。
唇を離してれーは拳を握り締めた。
「あおの事は許せない。怖いかもしれないけど絶対にれーがシメて謝らせる」
「う、うん…」
困ったように小さくなってる織くんがれーに気圧されて頷いた。
「ごめんね」
撫で撫でして優しく抱き締めた。
今は織くんは零衣に怯えたりはしなかった。
怒りを飲み込みながら努めて冷静にあおに電話をかける。
何コールか後に通話画面になった。
「あ、もしもしあお?まだ学校?れーね、理科室の横の空き教室にいるんだけど一緒に帰らない?…うん……うん、じゃあ待ってるね」
電話を切って織くんに向き直った。
「織くん後ろ下がってていいよ。俺ちょっとあおに乱暴しちゃうかもしれないけど…怖いもの見せてごめんね…」
「は、はい…」
「そんなにかしこまっちゃ嫌」
ほっぺをつつくと織くんは困ったような顔で目をぎゅっと瞑った。
その反応が少し可愛かった。
「織くん可愛いね」
「…なんか久し振りに聞いたな、それ」
「うん、れーも久し振りに言ったよ。あ、ブロックちゃんと解除してね。大好きって言えないじゃん。おやすみ愛してるよって言えないじゃん」
「うん…」
ちょっとだけ落ち着いたみたいな織くんを見て少し笑った。
「あのさ…」
「ん?」
「吸入器、助けてくれてありがとう。嬉しかった…」
微笑みながら、織くんの背中に腕を回した。
「当たり前だろ…あの状況で、放っておけるわけないだろ」
ぎゅうっと織くんが抱きしめ返してくれた。
なんだかそれだけで嬉しくて目頭が熱くなっていく。
織くんさえ居てくれればそれでいいと思えた。
ずっと離れたくなかった。
しばらくするとドアの前に人影が見えた。
「れーさん…?」
聞き慣れた声と共に予想していた人物が入ってくる。
あお───双子の弟は教室に入ってくるなり俺を見ると目を見開いた。
「れーさん、髪、どうしたの⁈」
「……」
それには答えず俺は無言で近づくと、あおの襟首を掴んで思いっきり黒板に打ち付けた。
「っ…⁈」
驚くあおの前で怒りで頭が沸騰しそうになるのを一旦鎮めた。
「なぁ…俺がなんで怒ってるか分かるか?」
自分でも驚くほど低くて冷たい声が出た。
それを聞いて、あおがびくっと怯えた。
「答えろよ…分かってんだろ⁈」
「っ……」
もう一度黒板にガツンと頭をぶつけると、青ざめたみたいにあおが小さく震えた。
「れ、零衣…」
後ろで思わず声を出した織くんに気付いたようだが、あおは怖がるように固まったままだった。
一気に怒りが沸点に達した俺はあおを床に叩きつけた。
「お前やっていいことと悪いことがあるだろ⁈」
一瞬戸惑ってその頰を殴った。
何故か目元に涙が滲んだ。
怒りと悲しみとそれ以外の感情がぐちゃぐちゃになって涙が込み上げた。
「ぁ…」
あおは大粒の涙を零して子供みたいな目で俺を見るだけで何も答えない。
「零衣…それぐらいで…もういいから」
見兼ねてそれを止めてくれたのは織くんだった。
「……っ‼」
れーも涙を堪えながらあおの真横の床に力強くこぶしを叩きつけた。
ドンと予想以上の音が鳴って自分でも少し驚いた。
「れいさん…」
怯えるように上ずった声であおは名前を呼んで震えていた。
「なんで織くんの事滅茶苦茶にしたんだよっ!お前なぁ‼やっていい事と悪いことが…………酷いよ…うぅっ…」
泣きながらあおの肩口に崩れ落ちてしまった。
悲しくて、悔しくて、自分の感情が分からなくて。
止められなかったことも、あおが酷いことをした事も、何もかも悲しかった。
「見損なった…」
傷付けるように吐き捨ててしまう。
「れーさん…」
無言の時間が流れる。
あおは自分の言葉を探しているのだろう。
双子だから、嫌という程一緒に居てきたから、全部分かる。
「どうして…俺を置いていっちゃったんですか…?」
寂しそうにぽつりとあおが呟いた。
悲しそうな顔をしていた。
「……」
「寂しかった…ずっと、一緒に居てくれるって言ったのに、愛してるって言ってくれたのに…急に教祖と付き合って、俺には何にも言わなくて、……ねぇ、零衣…俺のことなんてどうでも良かったの…⁈」
どうでもよくなんか…!
そう思ったのに口には出来なかった。
今の俺に何がしてあげられるのか。織くんを選んだ俺に何を言う資格があるのか。
「俺には…れーさんしかいないのに…」
悲しそうに言うあおに、思わず涙がぼろぼろと溢れた。
俺のせいなのかな…。
生気の抜けた目で、あおを見て、織くんを見た。
少し遠くて織くんの感情は読めなかった。
俺があおを大切にしなかったから織くんが傷付く事になったのかな。
あおのことは大好きなのに、俺は織くんのことを選んじゃいけないのかな…。
「そんな…2人とも…大事なのに…俺にとったら」
顔を上げてぺたんと地面に座ったまま2人を交互に見た。
涙が頬を伝っていく。
「俺のせい…?」
俺が中途半端なせいで織くんもあおも傷付けた…?
「ごめんあお……。織くんも…」
そう言って、そのまま俯いた。
罪悪感で押し潰されそうだった。
しばらく無言の時間が流れた。
「俺さ、ずっと、分かってたよ…。昔から」
その沈黙を破ったのは、あおだった。
視線をゆっくりとあおに向ける。
水色とピンクの不思議な色。
全く同じ色をした瞳同士が向かい合った。
「不安だった…。俺、ずっと…れーさんは何処かに行っちゃうって、ずっと思ってた」
あおの瞳に薄く涙が滲んでいる。
あおの表情は少し諦めたように穏やかだった。
「ねぇ…もし、教祖がいなかったら、れーさんは、ずっと俺の側にいたのかな…?」
独り言のように、答えを諦めたようにあおは呟く。
「その時が、こんなにすぐ来ると思わなかったけど、やっぱり寂しかった。悔しかった。怖かった…上手く言えなかった」
あおはぽろぽろと涙を零している。声も、泣いてしまって上手く喋れない子供みたいだった。
「れーさんはコミュ力あるもん。誰とでもすぐ仲良くなれるし、誰にでも愛されるし、甘えられるし…。俺はそうじゃないから…。1人でどうやって生きていけばいいのか…分かんないよ…」
泣きながらそう言うと、起き上がって座った。
「俺だって零衣しかいなかった…!」
それは俺に聞かせるように、織くんに聞かせるように言われた言葉だった。
あぁ…あおが本気で泣いてる。
自分の感情を上手く出せないあおが、人前で本気で泣いている。
そのせいでどうしてか、切なくなってしまった。
誰があおを守るんだろう。誰が織くんを守るんだろう。
俺が2人いればよかったのに。
どうやって2人共を守ってあげればいいんだろう。
俺が涙を浮かべると、あおがまた悲しそうに俺を見た。
「ずっと………2人で生きてきたのに…」
諦めたみたいに、こんなに悲しそうに泣いてるあおは初めて見た。
「俺…俺は…れーさんが欠けたら…………どうしたらいいの…?」
ぽとりと涙を落とすと、あおはそのまま走って教室を出て行ってしまった。
「っ……あお‼」
それで弾かれたみたいに俺は叫んで立ち上がった。
「だめだ、行かなきゃ…!」
れーには分かる。
あれは…。
不安そうにこちらを見ている織くんの側に駆け寄った。
「ごめん、止めてくる。…このままじゃあお死んじゃうかもしれない」
勘だけど確信めいたものがある。
あおは多分屋上に向かった。
きっとれーに止めて欲しがってる。
お兄ちゃんだから分かるよ。
それから織くんと視線を合わせた。
「……安心して…織、愛してるから」
織くんの唇に、深く押し当てるようにキスをする。
「これは、俺が今まで話し合ってこなかったせいなんだ」
それは、織にとって今まで見たどれとも違う表情だった。
その時初めて、零衣は双子の兄なんだと織には感じられた。
本当に俺のことなんてどうでもよくなっちゃったのかな。
「れーさん…」
屋上扉を出た横の壁際に座り込んでいた。
れーさんにわがままを言ってしまった。
全部ばれてしまった。
れーさんが本気で怒っていた。
もう元の仲に戻る事は不可能かもしれない。
そう思うと凄く悲しくて。
れーさんのいない世界なんて嫌だ。
もし迎えに来てくれなかったら、もう死んでしまってもいいぐらいに、それぐらい、俺にとっての全部だったのに。
俺はれーさんみたいにはなれないのに。
「……」
ぐるぐると考え込んでいて気付かなかった。
そっと優しい手が伸びてきて、頭を撫でられたことに。
「あお」
聞き慣れた声が、顔が、優しい笑みを浮かべていた。
居た堪れなくて、体育座りの膝に自分の顔を埋めた。
「顔見たくない…」
拗ねた子供のように呟いた。
まだれーさんに我儘を言う余裕のある自分に心の中で苦笑した。
「顔見せて、あお」
れーさんは俺の目の前に座ると頭を撫でた手をそのまま顎へと滑らせて俺の顔を持ち上げた。
前よりずっとずっとショートヘアになってしまったれーさんが目に入る。
お揃いじゃ、無くなっちゃった…。
それがとても悲しかった。
「ごめんなさい」
「どう言うつもりなの…?」
出てくるのはきつい言葉ばかりだった。
自分にだって非があるのは分かっているのに、れーさんに捨てられたことには怒っていて、死にたいのもあってか全てが投げやりだった。
だって、俺に何にも言わずに浮気したれーさんだって、きっと、悪いもん…。
「あお…」
れーさんは言葉を考えているようで、長い沈黙が流れた。
普段思いをそのまま口にするれーさんにとっては珍しいことだと思った。
「ぁ…」
とても長い沈黙の末───ぎゅっと抱き締められた。
不意の事だけど、れーさんが久し振りに抱き締めてくれた事は、心の底では嬉しかった。
それ程までに、ずっと、れーさんと離れていた。
「なんで黙ってるの…?なんか言ってよ…」
少し不安になってれーさんの横顔をじっと見つめた。
「…れーは、頭いいこととか言えないよ。正確に言葉で伝えるのとか難しいよ」
ようやくそこでれーさんは口を開いた。
聞き慣れたれーさんの声に心が少し落ち着く。
「でもね、れーはあおのこと宝物だって思ってるよ」
ぎゅっと抱き締められ、訳も分からず涙が溢れてきた。
「何よりもあおが大切だよ。命と同じぐらい大事だよ」
触れる体温が温かい。大好きな温もりだった。
そのままれーさんは言葉を続ける。
「れーだって初めはどうして織くんを好きになったのか分からなかった。初めてあお以外の人を好きになった。れーを恨んでいいよ」
優しい声だった。なのにどこか遠かった。
「そんなことできるわけないだろ…」
ぎゅうっとれーさんの背中の服を握る。
「うん…。れーはあおを沢山沢山傷付けた。でも…れーの言った言葉全部、嘘じゃなかったんだよ…‼」
感情が昂ぶった様子で、れーさんは俺の瞳と向き合った。
同じ顔に同じ体格、青色とピンク色、今はアシンメトリーになってしまった横顔が向かい合っている。
俺たちは、双子なのに。
「あおが1番大好きだった…!今でも大好き。あおが命よりも大切。本当だよ。…あおを大事に思う気持ちが、変わった訳じゃないんだよ」
「れーさん…じゃあ…」
どうして、と言う前に、れーさんは次の言葉を続けた。
「零衣も、自分の為に生きてみても、いいかな…?」
真っ直ぐ俺を見るれーさんに、涙が込み上げてきた。
その言葉を否定したかった。
肯定したら、もう二度とれーさんは帰ってこないと分かっていた。
「ずっと誰かの為に生きてた…。あおの為に生きてた。それでいいと思ってた。あおの半分でいいと思ってた。あおのおまけでいいと思ってた。自分なんて無かったし、ずっとふわふわしてた。…れーは多分、いなかった」
「…………」
やめて…。
いや、だ…ひとりに…しないで。
俺を捨てないと前に進めないなんてそんなの…。
「あおの代わりだからなんでも出来た。あおにあげてるから、自分はどうでもいいと思ってた。あおと入れ替われるから、れーはいいやって思ってた。自分をずっと持たなかった」
受け入れたくないのに、それでもじっとれーさんを見て、言葉を聴いていた。
「あおだけを守ってた。あおに守られてた。出来ないことはお互いで補って、真逆なのに……よく似てた」
嫌だよ、やめて…。
聞きたくなくてぎゅっと目を瞑ると、れーさんに抱き締められていた。
「あお…大事に思う気持ちは本当だよ。あおを置いていくのはれーだって不安だよ…」
れーさんの腕が少しだけ震えていた。
それで俺は何も言えなくなってしまった。
「これは、俺の我儘だよね…」
言いながられーさんは泣き出してしまった。
「れーさん…」
「俺のせいで、あおも織くんも傷付けた…!俺が話し合わなかったせいだよね、勝手に織くんを好きになったせいだよね、あおを蔑ろにしたせいだよね…!」
ひくひくと泣きながら、れーさんは俺の肩に涙を零す。
「織くんはいい人なんだよ、れーを初めてちゃんと1人の人として見てくれたんだよ…!あおだって頑張り屋さんなんだよ…!本当はれーが、見ていかなきゃいけなかったのに……!!どうして…」
泣き喚くように言いながら、れーさんは何度か呼吸を整えた。
「どうして傷付け合っちゃうの…。仲良く出来ないの…?他に方法は無かったの…?」
他に方法は、そう言われて胸が締め付けられた。
確かに俺は、教祖に酷いことをした。
れーさんを取り返したくて、やってはいけない事をした。
その前に、れーさんとお互いに2人でしっかり話し合えなかったのだろうか。
過ぎてからでは遅いのに…じわじわと後悔が襲ってくる。
「好きな2人が、こんな状態じゃ、れーは悲しいよ…」
しょんぼりとれーさんが呟く。
そうされるともう、何も言えなかった。
「あお…悲しい思いさせてごめんなさい。織くんにもちゃんと謝ろう。………仲直りしてほしい」
捨てられた子犬みたいに、不安そうな目で俺の目を覗き込んできた。
どうしようもなかった黒い感情が、少しずつ小さくなっていく気がした。
「……うん、分かった…。ごめんなさい…れーさんも……教祖も…」
「うん、よく出来ました…」
ぎゅっと抱き締められて、頭を撫でられた。
れーさんはよくそうやって褒めてくれる。
優しくされて凄く安心した、嬉しかった。
「あお…」
ゆっくり、れーさんは俺に向き直る。
「少しずつでいいから、普通の兄弟に戻ろう…?」
しばらく俺は固まっていたと思う。
無言のまま、息も出来ずに。
「そうしたら俺は、どうしたらいいんですか…?」
「うーん……あおにも好きな人が出来るまで、れーがなんても協力するじゃん!」
その元気な返答に、拍子抜けてちょっとだけ呆れてしまった。
悲しくなって、少し眉根を下げた。
れーさんの心は、もう好きな人を見つけてしまったんだろうなと。
「俺、れーさん以外いらないのにな…」
「そんなあおのこと、れーも好きなんだよ?」
顔を覗き込んでにっこり笑われて、少し絆されてしまう。
「れーさん…お願いがあります…。これからは少しぐらいいつも通りにしてくれますか?」
「うん、そうだね。ごめんね、あお。要相談だけど、れーもそうしてあげたいな」
「だって、寂しかったんです。今日久しぶりに優しくしてもらったって思いました。…教祖と付き合ってから、俺とハグもしないし、引っ付いてもくれないし、冷たいし、俺のこと放置するし、めちゃくちゃ寂しかった…」
「ごめんって…。でもれーは1人しかいないの!!……あはは」
ツボに入ったのか、れーさんは1人で笑い出してしまった。
そういうところがれーさんらしくて、つられて俺も少し笑う。
「置いていかないで下さいね…。俺、1人じゃ上手く喋れないんですよ…れーさん」
「任せなよ。俺ら何年双子やってると思ってんの!…あれ、何年だろ?」
「お腹の中からですかね」
「そう、そーゆーこと!」
にっこりとれーさんは笑った。
「あおの為なられーはなんだって力になる。関係や想いが変わったわけじゃ無いんだよ。あおには素直でいてほしい。…寂しくさせてごめんね。勝手に、いなくなってごめんね…」
抱き締められて、すっぽり収まるように頭を撫でられて、心が満たされていく。
れーさんがいたから今まで寂しくなかったんだよ。
いつでも満たしてくれる優越感が自分だけのものじゃなくなったことを少し悲しく思いながら、それでも出来る限りれーさんに甘えた。
「ねぇ、れーさん……ずっと大好きでいてくれる?」
「うん、ずっと大好きだよ!あおは特別枠!」
そう言って頭を撫でながら、花が咲いたみたいに笑った。
この笑顔が大好きだ。
ずっと守ってあげたかった。
ずっと特別な人だった。
隣に居たかったんだよ、本当に。
「俺も…一生大好きです」
涙が頬を伝っていった。
今自分はどんな顔をしているんだろう。
れーさんに聞いたら答えてくれるだろうか。
「うん…」
れーさんが抱き締めてくれたから、縋るようにぎゅうっと抱き締めて、泣くのを我慢しようとした。
「泣いてもいいんだよ」
心の中まで見透かしたみたいにれーさんが声を掛けてくれる。
「そういうとこだよ」
そう言って、またれーさんの肩を濡らした。
「あおは恋愛の好きとかじゃないんだよ。ずっと大事にしてたものの好き。だからこれからも好きなままだし…でもさぁ」
言葉を区切ったれーさんをちらっと見た。
「やっぱあおにたくさんたくさん、恋してたのかなぁ…大好きなんだ」
そう言われて、俺は小さく笑った。
「あれが恋じゃなくてなんなんですか。俺だってれーさんに沢山恋したんですから。大好きだよ」
頭を撫でてあげると、嬉しそうに頰を擦り寄せてくれた。
「れーさん……えっと、一緒に幸せになりましょうね、お互い。双子として」
「なにそれ、うける」
くすくす笑うれーさんの背中を撫でる。
「れーさん…おめでとう」
笑った流れで自然と言えた。
「ありがとう。あおにもこれからおめでとうって必ず言うから」
「うん、待ってます」
そう言うとれーさんも笑ってくれた。
「あのね、織くんはれーに、一人で生きていいって言ってくれたんだよ。だからあおも大丈夫だよ。一人ずつでも、ちゃんと生きていけるよ」
れーさんは俺の手を取って恋人繋ぎにしてくれた。
今までお互いの境が分からないぐらいに近かったから、これからどう変わっていくのが少し不安だったけど、前を向きたかった。
「仲良しでいてね」
「当たり前だよ」
そんな言葉を掛け合って、改めて微笑んだ。
「れーさん、今までの人生全部、俺にくれてありがとう。…幸せになってね」
「うん。あおだって幸せになるんだから!それがれーとあおの目標!…約束だよ」
れーさんは俺の額にキスをしてくれた。
だから俺もれーさんのほっぺに数秒だけキスをして、離した。