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キッチン (if)

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短話集
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キッチン (if)


朝食のエッグドリアにスプーンを入れると、半熟卵がとろりと溶け出て、視覚的にもより美味しそうになった。
そのまま掬って口に運ぶとほんのりとチーズと胡椒が効いていて思わず口許が綻んだ。
零衣の作る料理は美味しい。
元々の家事スキルの高さからなのだろうか、覚え始めると一気にレパートリーを増やした料理はどれもどこに出しても喜ばれるような物ばかりだった。
俺はというと黒焦げの物体を作ってからキッチンにあまり立たせてもらえていない。
ため息をつきながらコップに手を伸ばすと、ふと薬指の指輪に目が留まった。
零衣に、男と女避けと言われてお揃いで買った指輪だが、実際効果があるのかはあまりよく分かっていない。
零衣の方は効果は絶大なようで、告白される回数がめちゃくちゃ減ったと言っていた。
そんなに告白されていたのか…と驚いてしまったが、こういう目に見えて形になる証明は好きだ。
「ねぇ知ってる?」
考え事をしていると、洗い物をしていた零衣が不意に声をかけてきたのでそちらに視線をやる。
「もっちとまーくん結婚したんだって」
顔だけこちらを向きながら世間話のように零衣が言った。
結婚…。
少し心拍が早くなった。
同性も場所を選べばパートナー制度があることは勿論知っている。
幼馴染だった男が遂に結婚したのか、知っている奴と…と思うと複雑だが、思っていたよりダメージは受けなかった。
高校生の終わりごろにようやく仲が元に戻った千羽とも、今はいい距離感で付き合えている。
むしろこういう時はおめでとうなのだろうかと祝いの言葉を考えてしまうぐらいに余裕があったのは多分───
キュッ、と水道が止まる音がする。
零衣はかけてあったビビットピンクのタオルで手を拭いていた。
多分零衣のせい───いや、零衣のお陰だ。
…俺もいつか零衣と結婚したりするのだろうか。
そんな柄でもないことを考えてしまったと思いながら零衣を見ていると、俺の座っている椅子の隣に寄ってきて片膝をついた。
「織くん」
急な事態に一瞬思考が追いつかなくなる。
そのまますっと左の手のひらを取られ、薬指の指輪に口付けされた。
「俺と結婚してくれますか?」
そう言って柔らかい笑顔で笑った。
……。
ずるいだろ、それは。
どうしてそんな息をするようにキザな行動が似合ってしまうのか。
どうしたらこの男を同じような気持ちにさせられるのか、全く分からないまま俺は顔を覆いたくなるぐらいに真っ赤にさせていたと思う。
テンプレの返事だったら、女々しいだろうか。
そんなことを考えながら屈んで零衣に目線を合わせる。
一呼吸置いて、その唇に口付けをした。