*小説 info アネモネ


れーと織の6年後



電気のスイッチに触れる。
明るくなるのを待たずに手探りで靴を靴箱にしまった。
「ただいま」
返事が無いことは分かっているが家に帰ってきたらただいまと言うのが習慣だった。
鞄を定位置に戻してから、机の上に置いてあるメモを手に取った。
"織くんおかえり!
お疲れ様
今日の夕飯はあんかけチャーハンとスープだよ♡
れいぞうこにあるからチンして食べてね
明日楽しみだね♡"
と、零衣の特徴的な丸字で書かれている。
零衣はよく難しい漢字を書くのを諦めるから、冷蔵庫も書かなかったんだろうなと思って小さく笑う。
俺は少し迷ってそれを携帯で写真に撮ると鞄の中にしまった。
そのままご飯を取り出してレンジのあたためを押すと、その足で洗面所へと向かった。
24歳。
高校3年生の時から付き合って、もう明日で6年だ。
忘れてしまいそうなぐらい遠い昔のことなのに、密度の濃い毎日はキラキラしていて、特に零衣がいたから高3のことは鮮明に覚えている。
高校生は今しかないんだからと零衣は冗談みたいによく笑って言っていたけど、大人になってからの方がその言葉の重みを理解できる。
いつの間にか大人になってしまったのだ。
お酒だって飲めるし夜中にカラオケに行ったって年齢確認に引っかからない。
そんな歳にもうなってしまったのだ。
手と顔を洗うと、レンジから零衣の作ってくれたご飯を取り出した。
卵と野菜がふんだんに使われたあんかけチャーハンはお店で出されてもおかしくないような見た目で、味も最高なことはもうとっくに分かっている。
添えられた玉ねぎのスープからはいい香りが漂っていて空腹なので非常に食欲をそそられた。
「いただきます」
1人で手を合わせてチャーハンを口に運ぶと、思わずため息をついてしまいそうなぐらい美味しかった。
零衣は同棲してから益々料理が趣味になったらしいが、日々腕を上げる料理スキルに完全に胃袋を掴まれていると言っても過言ではない。
元々家事や掃除が大好きな零衣は家のことを完璧にこなしてくれていて、俺には勿体ないぐらいの彼氏だった。
細かいことに気を遣えるし、みんなから憧れられるのも無理ない、そんな零衣を誇りに思う。
もう気付けばM2…院生2年目になっていた。
心理学の道を志すと決めた時から、きっとこうなる事は分かっていた。
大学4年の時、零衣は快く俺が院に行くことを応援してくれたし、無事院試に受かり今年は益々忙しい年に入ろうとしている。
一方、零衣は…ホストになった。
もう零衣がホストを始めて4〜5年が経ったのだろうか。
初めは家賃と遊び代の足しにバイト程度だった零衣も、大学の初等芸術教育学科という、遊びや絵を通して子供と触れ合う学科を卒業してから、今は専業でめちゃくちゃ働いている。
鬼出勤するようになったのはここ2年ぐらいのことだろうか。
大学1年の終わり、ホストになりたいと言い出した時は少し戸惑ったが、女の子と恋愛のような関係になりすぎないということを固く約束すると、零衣の天性のあの性格だからか、仕事を始めてすぐに順位を上げていった。
零衣がどれだけ努力していたかは側にいたからよく知っている。大学終わりに仕事に行って、深夜に少ししか寝てないのに朝起きて俺と戯れて女の子にもラインをして、本当にまめで努力家なんだなと感心していた。
だから零衣がナンバーワンになったと聞いた時は自分のことのように喜んだし、後で動画を見せてもらって、本当にどこでも零衣は愛されているんだなと、零衣が零衣らしく働ける場所があって良かったと少しほっとした。
同時に、零衣だけ社会人で、俺もバイトをしている身とはいえ零衣に家賃もほとんど持ってもらっている状況で、俺だけまだ学生である事に申し訳なさも感じたのだが、その度に零衣は「2人の人生でしょ?」と軽く笑うから、そんな零衣の存在が支えで愛しかった。
人気上位をキープしている零衣の月収は7桁を軽く超えていて、通帳を見て青ざめそうになるがきっちり貯金している零衣を見て生きていく力が強い…と思わざるを得ない。
弟のあおは投資で成功したらしく、なんか会社がどうとかタワーマンションがどうとかいう話を聞くので、零衣と2人で億の額を動かしているのか…凄い双子だな…と思ってしまう。
ちなみにあおは会社を立ち上げたり倒産させたりを繰り返しているらしい。零衣がウケる、といっていた。
不意にインスタグラムを開いてストーリーをチェックすると、あざとそうな笑顔でピースしている零衣が映っていた。
いつもと違うかっこいい姿に思わずどきどきしながらスクショを取って、今日も元気に飲んでいるんだなと思いながら零衣の作っていってくれたスープを飲んだ。
明日は記念日だ。
週6〜7で出勤している零衣も仕事を休んでくれるし、幸い明日は俺も休みだった。
零衣は出来るだけ働いていないと気が済まないタイプらしく、俺も予定を詰めて動き続けていないと死んでしまうタイプなのでお互いの気持ちはよく分かった。
「風呂入ったら寝るか…」
今の生活になってからとても就寝が早くなった。
それは言わずもがな零衣と予定を合わせる為だ。
俺も幸い…と言っていいのかは分からないが終電で帰ることが多く、2人で協議した結果予定を合わせるには学校に行く前の早朝しかないという結論に至った。
酔っているのに数時間で起きてくれる零衣には負担しかかけていないが、昼に寝るから気にしないでと言ってくれている。
慣れてしまえば意外といけるもので、毎朝5時半を過ぎたぐらいから起きだして零衣と唯一ゆっくり出来る時間を過ごすのが日課だった。
時には後ろから抱きしめられながら書類を作る、そんな忙しい毎日でも悪くなかった。
「ご馳走さまでした」
手を合わせて食器を運ぶと、綺麗に洗って定位置に戻した。

その後自分の部屋に戻ってきて俺は机の引き出しから赤い小さな箱を取り出した。
これだけ見るとなんだか指輪を入れるケースみたいだ。
毎年誕生日や記念日は何を贈るのか迷ってしまうが…今年は少しだけ冒険した。
特に俺たちの特別な日は春から夏に固まっているので、毎年この時期になるとプレゼントのことを考える。
その箱をもう一度確かめるように開けると、ピンクと黄色のハート模様がついたネクタイピンが入っていた。
それを取り出して裏返す。
REI. ORIと 刻印されたそれをじっと見つめた。
今年は刻印入りのネクタイピンにした。
仕事で使ってくれないだろうか…と思いながらも裏面に刻印を入れた。
零衣を独占していたいという俺のエゴだ。
みんなに求められている零衣は俺の物だと見えなくてもいいから少しだけ形として主張したかった。
やっぱり仕事道具に名前が入っていたら迷惑だろうかと思いつつも、きっと零衣は喜んでくれるとそういう自信がどこかにある。
そんな姿を想像しながら丁寧に戻して蓋を閉めると、明日持っていく鞄の奥にしまった。
お風呂を済ませてから、零衣におやすみ、とご飯が美味しかったことをラインしてベッドに入ると、疲れていたのかすぐに眠りについた。

「ん…」
空はまだ青白い。
アラームの音より先に目が覚めた俺は、ぼんやりと視線を横に移し、会いたかった愛しい人の姿がそこにあるのを確認した。
その背中にぴたりと頭をつける。
シャンプーのいい匂いがした。
「零衣、おはよ。記念日だな…おめでとう」
聴こえるか聴こえないかぐらいの声で言って、頭を優しく撫でるとふわふわとくすぐったい髪の感触が指に伝わった。
零衣はまだ起きない。寝顔を覗き込むと、とても綺麗な横顔ですやすやと寝息を立てていた。
アラームにしている携帯を手に取ると、時刻は5時20分。そのまま俺は5時半のアラームをオフにした。
疲れているだろう、今日ぐらいはもう少しゆっくり眠ってほしい。
きっとまだ4時間も眠れていない筈だ。
そう思ってじっとその横顔を見つめる。
あまりにも天使みたいに眠っているから、思わずそれを無音で写真に収めた。
いつも夜に写真を撮られる仕返しだ。これぐらいは許されるだろう。
「好きだよ」
聴こえないのをいい事にそう言って微笑むと、その場を後にした。


「ん〜…」
なんか眩しい…。
まだ意識がはっきりしないまま、れーは携帯に手を伸ばした。
「しちじ…?えっ!なんで…?」
一気に目が覚めたれーは隣に目を向ける。
とっくにもぬけの殻になったみたいな織くんがいたその場所を見て、寝すぎてしまったことを把握した。
急いでリビングに行くと織くんがスマホでゲームをしていた。
「もーー織くん‼」
そう言ってソファにいる織くんに抱きついた。
れーより体格のいい織くんはそのままれーを受け止めてくれた。
「早かったな、寝れた?」
「寝れたよ〜‼なんで起こしてくれなかったの〜アラーム止めたでしょ〜!」
「止めた。たまにはゆっくり寝て欲しかったから。おはよう」
「む〜!織くんと過ごす時間減っちゃうじゃん‼…おはよぉ…」
甘えるように擦り寄ると織くんが頭を撫でてくれた。
「顔洗ってくるぅ…」
早くうがいして織くんといっぱいちゅーしよぉって思ってその場を離れた。
今日で織くんに告白してから6周年だ。
本当に今日のことを心待ちにしていた。
もうれーは23歳。春生まれの織くんも24歳だ。
大人になって何が変わった?って言われても経験を積んで考えがちょっと大人になっただけで、中身も好きなことも何にも変わらない。
織くんが好きなことも全然変わらない。
れーはれーのままだ。
織くんも織くんのまま。
大人になってもやっぱり頭の中って子供みたいなんだなって思いながら顔を洗う。
側にあったステロイド薬を吸入してから、ごろごろとうがいをした。
高校の時に比べると少しは体調も良くなったかもしれない。
大学生をやってるうちにだいぶ体力鍛えられたのかななんて思いながら、元気に過ごせていることに嬉しくなる。
ピンクのタオルで顔を拭くと、そのまま織くんのところに急いで戻った。
「織くーん!」
「おかえり」
織くんに飛び付いて抱き締めると、そのまま抱きしめ返して頭を撫でてくれた。
「6周年だね!おめでとう」
「うん、おめでとう。6周年か…早いな」
「毎日ますます好きになってくよぉ?」
顔を上げて織くんを見ながらにこにこ笑って言うと、俺もだよと織くんが微笑んでくれた。
れーと織くんぐらいのバカップルも中々いないと思う。
2人ともお互いのことが大好きだし、穏やかな性格だから大きな喧嘩をすることもほとんどない。
6年経っても毎日ますます好きが更新されていくし、織くんといれば癒される。
れーの自慢の彼氏だ。
「ん…」
自然と織くんに口付けをすると、目を閉じて受け入れてくれた。
右手で頭の後ろに手を添えながら、織くんと舌を絡めてちゅっと吸った。
照れたみたいな反応で身を任せてくるところがすごく可愛い。
慣れたとはいえ未だ恥ずかしがり屋な織くんが愛しくて堪らない。
「んっ…」
歯の裏と口蓋を舌先でなぞってあげると、びくりと織くんの身体が震えた。
「はぁ…」
「ふふ、可愛い。えっちしたくなるね」
「だ、ダメだから…まだ、出掛けてないし…」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら目を逸らす織くんがやっぱり可愛くて、思わずムラっとしたれーは織くんの膝の上に乗るように座った。
不安そうに、それでもどこか少しだけ期待したような目で織くんはれーを見上げる。
「そういう顔が、ずるいんだよ?」
「あっ…!」
そのまま織くんの下着の中に手を突っ込むと手のひらで織くんのモノに刺激を与えた。
「ん、れ…れいっ…」
「こっちは正直だけど?」
くすくすと笑うと、織くんのそこを手に取って、気持ちいいところに刺激を与えた。
織くんの身体のことなら全部知り尽くしている。
どこをどうすれば気持ちいいのか、どこが好きなのか。
6年かけて開発した身体は、本当に初めてのセックスの時に言ったみたいに、すっかり零衣好みになった。
「可愛いよ…」
ほんのりと頬を赤くする織くんを見ながら、反対の手で下着ごとズボンを脱がし、れーも自分のを脱ぎ捨てた。
少し勃ったれーのを見て、織くんが息を飲んだ気がする。
「少しだけだからね」
そう言って、織くんの物と自分の物をまとめて握った。
兜合わせで、亀頭の裏筋側の一番気持ちいいところ同士を擦ってあげると、すぐに織くんは身を捩った。
「これ好きだよね?」
「あっ…ん、…うん…」
織くんはびくっと震えながら快感に耐えるみたいに零衣にしがみつく。
織くんは何だかんだこれが好きだ。
朝時間がないけど盛り上がっちゃった時にこれをしてあげると、織くんは気持ち良さそうに身体を押し付けてきてくれる。
「ふふ、えっち大好きだね、織くん」
「…っ」
無言でふるふると首を横に振りながらぎゅっと零衣にしがみつく織くんは、否定しているのか快感に耐えているのかもうよく分からなくて、そのまま竿を何度も擦ってあげた。
「ぅあっ…あ、あ〜…っ」
「はぁ…」
声を零し続ける織くんに、れーも快感がせり上がってきて、そのまま身を任せた。
お互いの性器が擦れたところから快感に変わる。
亀頭を遠慮なくぐりぐり擦ると、耐えきれないぐらいの快感が襲ってきた。
「ん…上手、腰動かして?」
「あっ…あ…!」
耳元で囁いてあげると、れーをぎゅっと抱きしめて、素直に言われたまま快感を貪るように織くんが腰を揺らした。
ソファがぎしぎしと揺れ、何度も上擦った声をあげる織くんが絶妙に興奮を煽ってくる。
「イ、きそ…」
「あんっ…れぇ、も、イく…!」
ビュッ、と同時に熱い液体が弾けた。
それを見ないうちに織くんの唇を塞いで、窒息するぐらい深いキスをすると、織くんはされるがままに嬉しそうにれーにしがみついた。
ほんと可愛い…と思いながら頭を撫でてあげると嬉しそうな反応を返してくれた。
「ん…すっごく気持ち良いね、織くん」
「…ん」
甘えている時の織くんは無防備で可愛い。
れーだけがそれを知ってる優越感で溶けちゃいそうなぐらいだ。
「きもちよかった?」
「うん…気持ちよかった…」
織くんの口からそれが聞けたのが嬉しくて、そのまま頬ずりした。
「えへへ、お腹空いちゃったね。ご飯作らず待ってたのえらいね。何が食べたい?」
織くんは料理が下手なのでキッチンに立つことを出来るだけ止めている。
「零衣に、お任せでいい…?」
「うん、じゃあエッグマフィン作ってあげる。まってて」
ティッシュで織くんとれーの精液を拭うと、自分のお腹を綺麗にしてからその場を離れた。

食卓にはエッグマフィンとウインナー、野菜サラダとコーヒーが並べられている。
それを2人で食べながら談笑していた。
「れー職場付近寄っていい?」
「いいけど何かあった?」
「いいとこあるの〜一緒いこー!」
笑う零衣に頷きながら俺はエッグマフィンを頬張る。
ほんのり効いたマスタードが美味しかった。
「今日はスイートルームだなぁ…楽しみ〜織くんとイチャイチャえっちするのぉ」
「げほっ……零衣」
「えへへ〜楽しみだねぇ」
にこにこ笑う恋人は子供みたいで可愛い。
だけどいざという時はギャップがあってかっこいいのでそういう姿に惚れているのかもしれない。
「お金の迷惑かけちゃってごめんな」
「えープレゼントじゃん。10万ぐらいだよ!遊ぶ為に働いてるんだよ!使わなきゃだめ」
「じゅうまん…」
バイトを1ヶ月詰めた時ぐらいだろうか。
零衣は早くからホストだが…金銭感覚は…いや、これが遊ぶ時以外はめちゃくちゃしっかりしている。
零衣は貯金が趣味らしくとても現実的だった。
双子のどちらも大金を稼いでいるが、弟とは真逆の性格らしい。
俺の方も院に入ってからはもう週一でしか無理矢理バイトを詰める暇がなく、段々個人の貯金が減っている現状だ。
零衣がお小遣いと称して有り余るお金をくれる時があるが正直申し訳なくて必要最低限以上は使うのを躊躇ってしまう。
「共有財産だよぉ」
そう言いながら零衣は子供みたいに俺の頬をつんつんつついてきた。
「6億貯めたら2人で隠居できるかなぁ?」
そういいながら、ひいふうみ、よ?と零衣は指を追って数えていく。
桁が違いすぎてむしろおままごとの話を聞いているみたいだった。
「いや…そんな無理しないでいいからな」
「無理なんかしてないよぉ。楽しいからやってるだけ!」
にこにこ笑う零衣にすっかり大人になったなと思う。
零衣は零衣の性格のままなのに、しっかりした大人になった。
昔からまじまじと感じていた、賢くなくても上手に生きる力をいつも目の前で見せつけられる。
そんな零衣が眩しくて、自分と真逆の人生を生きているからすごく興味深かった。
それに零衣は賢いと俺は思っている。
なんて言ったって、俺の興味が尽き無いぐらい、零衣の話の全てが魅力的だからだ。
「ご馳走さま!」
笑顔で言って食器を運んでいく零衣に任せないように、俺もサラダの残りを口に運んだ。


歓楽街はなんだか不思議な場所だ。
ビルに沿って縦に並んだ小さなお店の看板、キラキラしたホストの大きな看板、少し独特の空気。
お昼はまだ普通の街っぽいのに夜は一気にネオンが怪しく輝き出し、そこにいる様々な人達が独特な水商売の夜の街を作り上げる。
零衣はよく慣れたようにここを歩けるな…と思いながらその後ろを付いていく。
零衣は何だかんだ有名人だ。
SNSのフォロワーも何万人もいるし、お客さんや知り合いも多い。噂されることなんてよくあるらしいし、お店を休んでいる零衣がこの辺りをうろついていていいのだろうかと思う俺と裏腹に零衣はどんどん歩みを進めていく。
そうして勤めているお店の前で止まった。
「じゃーん‼見て〜‼」
めちゃくちゃハイテンションな笑顔で零衣はお店の看板を指差した。
つられて顔を上げると、横に3メーターはありそうな大きな看板に…零衣の写真が飾られていた。
「わ…」
「れーね、看板になったの‼」
嬉しそうに言う零衣を見て、またその看板を見る。
ピンクのスーツを着てカッコよく写っている零衣に言葉が添えられ、下の方に零衣、と名前が入れられている。
看板になるほど有名人なんだな…と思いながら思わず小さく感嘆のため息をついた。
「凄いな」
「えへへ、1番とったし、もうすぐバースデーだから、飾ってくれたんだぁ!かっこいいでしょ」
「うん、かっこいい。頑張ったんだな」
「えへへ〜」
嬉しそうに笑う零衣に思わず笑みがこぼれる。
努力したんだろうなと思いながらもう一度看板を見た。
遠い世界の人みたいなのに零衣はいつも隣にいてくれる。
そんな姿がかっこよくて可愛い。
「友営の結晶!だよ!」
「おめでとう」
友営とは友達のような接客の営業の事らしい。
ホストの多くは恋人営業なので、零衣のように友達営業を貫いているのは稀らしく、上の順位に行くのは人一倍大変らしい。
本当は恋人営業の方が得意なんだろうけど、といつか零衣が言っていた。
そうしないのは俺の希望に応えてくれているお陰だ。そんな零衣だから安心して付き合えている。
何よりカッコいい本気の零衣を誰にも見せたくない。
と言ったら、多分らしくない独占欲だろう。
それは言わずに心の中に留めた。
零衣と一緒にいるお陰で、大体零衣の言う言葉の意味が分かるようになってきたし、逆に人の話を殆ど覚えている零衣は、一度言っただけの俺のゼミのメンバーの名前なんかも完全に覚えてしまっている。
俺が使う心理学用語だっていつの間にか覚えてしまって、俺の話に簡単についてくるので、いつも凄いと思っている。
そんな零衣だからこそホストが天職なんだろう。
「あ、織くん写真撮って〜‼」
考え込んでいる俺と対照的に、にこにこ笑いながらピースをキメる零衣に頷いて、看板と一緒に写真を撮ってあげた。
「ありがと。織くんも撮る〜!」
そう言って交代するように写真を撮られ、今度は二人で一緒に写ろうと誘われるまま隣に引っ付かれた。
「いぇーい」
楽しそうに顎に手を当ててキメ顔をする零衣の真似をしてポーズする、そのまま零衣はスマホのカメラのボタンを押した。
よくパリピっぽいとあおとかに言われるが、まぁ否定はできない。
しばらく何枚か写真を撮った頃、横から女の子の声が聞こえた。
「あれ?零衣じゃん」
見ると派手な格好をした巻き髪の女の子が立っていた。
まあ看板の前で本人がはしゃいでいたら悪目立ちするのは仕方がない、と思いながら俺もその子を見ると、横で零衣が口を開いた。
「あれ??おひさ〜どしたの?酔ってんの?」
「ちょい酔った…朝帰り。零衣こそ店休みじゃなかったの?」
「えっとね、休みだよ!看板祝いしてんの」
「休みの日まで店出るとかウケるんだけど」
「しゃちくだから!」
仲良さそうに話しているのはお客さんの女の子だろうか。
今更嫉妬なんかしないはずなのに距離が近くて少しだけ心が苦しい。
「そこのイケメンは?」
女の子が俺を見て口を開く。
「えー……れーのね、仲良しホストの友達。かっこいいでしょ」
「うん。やたら」
「まーね!じゃ行くわ、れー達」
「まって、あたしとも看板の写真撮ろ」
そう言って服の裾を掴まれた零衣は、自然な動作で女の子の隣に行った。
あ、ずるい…な。
「またお店遊びにおいでね」
そういいながらカメラの前でピースして口を尖らせて可愛いポーズをしている。
考えないようにしていたはずなのに、気にしていなかったはずなのに、毎日ああして女の子達と過ごしているのかと思うと少し悔しい。
例え仕事でも。
なんとなく苦しくなっていると零衣がひらひらと手を振りながら戻ってきて、そのまま俺の手を強く握った。
歩を進める零衣に強制的にどこかに連れて行かれる。
引っ張られながら近くの古いビル内の物陰に連れられると、そのまま唇を塞がれた。
「んっ…!」
目を瞑って強張る俺を抱き寄せて、優しくキスしながら、背中、頭と全部優しく撫でられていく。
段々快感が思考も落ち込んだ心を溶かしていき、思わず零衣を少し抱きしめ返した。
「可愛い俺の彼氏の織くん、寂しい思いさせちゃってごめんね?」
唇が触れ合うぐらいの距離でそう言われ、急激に真っ赤になりながらも、見透かされたことに拗ねたくなって口をぷくっと膨らませた。
「俺の1番は織くんだよ」
そう言って優しく抱き締められる。
「れーは織の物なんだから」
そう言って呼び捨てで呼ばれて、ぎゅっと抱き締められて、どうしようもなく満たされていく。
零衣はずるい。そうやっていつも1番欲しい言葉をくれる。
俺の全部を分かったみたいに、どうすれば喜ぶのか完全に把握されている。
「でも寂しかった…」
「どうして?れーのお姫様は織くん1人だけだよ」
そう言って包み込むように抱き締められてまた気持ちが解されていく。
「…俺の…?」
「そう、織くんのだよ。織くんだけ愛してるし、織くんもれーのでしょ?」
そう言われて、こくりと零衣の肩に埋もれながら頷いた。
零衣の特別。それは何よりも甘美で心地が良い。
そうだ、ずっと前から分かっていたじゃないか。
何度も不安になる度、零衣がどれだけ俺を愛してるか教えてくれた。
そうして築かれた絆だ。なにも心配することなんてない筈だ。
「分かった…零衣」
「うん、さっきはごめんね。れーの‪可愛い織くんにはお詫びにパンケーキかな」‬‬‬‬‬‬‬
さっきまでのしんみりした空気が吹き飛んだようにはっと顔を上げる。
餌を出された犬みたいだと頭の片隅で思った。
「ほんとパンケーキ大好きだね。食べてからホテル行こっか」
「うん…!」
いつもと逆のテンションになりながら、俺はすっかり機嫌を直した。
零衣もこんな場所にも関わらず手をしっかり繋いでくれたので幸せだった。
「あ、でも俺ホストじゃないから」
「そこらのホストより織くんのがカッコいいってこと‼」
凄く大声で叫ばれて、大丈夫だろうか…と思いながらなんとなくそんな零衣は可愛かった。
そのまま手を繋いだまま、零衣について行った。


甘いパンケーキの余韻に満たされながら連れて行かれたホテルは、名前ぐらいは聞いた事がある有名な所だった。
エレベーターが昇る間緊張しながら待っていると、零衣が安心してと伝えるように優しく微笑んでくれた。
そうは言っても専用ラウンジから案内されているので言いようのない緊張感が身を包む。
数字が目的の階で止まり、案内係の人に部屋の側まで連れられると、零衣が「ここでいいです」と言ってにっこり笑顔を浮かべて見送った。
「行こ、織くん」
いつもの無邪気な笑顔を浮かべると、零衣が目の前の重厚なドアを開いた。
「わ…広…」
茶色の高級そうな家具で揃えられた部屋はシックで申し訳なくなるぐらい広く、ガラス張りの大きな窓から都会の街並みが一望できた。
「やったーー‼」
真っ先に走って行ってベッドにダイブしたのは零衣である。
そんな昔から変わらない子供みたいな姿を見ていると自然に口許が緩んだ。
そんな零衣についていって、鞄を適当に床に投げ出すと、俺も零衣の隣にばたりと倒れ込んだ。
零衣を見ると優しく微笑みながら俺の頬をつんつんとつついてくる。
それを心地良く思いながらどちらからともなく唇を重ねた。
自然に伸びてきた零衣の手が優しく何度も俺の頭を撫でてくれるのが擽ったい。
唇が離れると、自然とぎゅっと抱きしめ合った。
しばらく無言の時間が流れる。
いつもと違う空間に、ふかふかの布団、零衣の甘い香水の匂い、温もり。
喋らなくても通じ合う、その心地いい幸せな時間を気が済むまで味わった。
「部屋広いね」
零衣は落ち着いた声でそう言って俺を見ると優しく笑った。
「ああ」
「とりあえず見てみよっか」
零衣が起き上がって伸びをしたのにつられて起き上がると、そこでようやく身だしなみを整えて、数が有り余っている椅子の上に鞄を置いた。
「あ、お風呂も広ーい!あっち何かな〜?トイレかな〜?」
高級な部屋の支払い主とは思えないぐらいの無邪気さで、零衣は楽しそうに全部の扉を開けていく。
俺もその後ろを付いて回っていちいち一緒に感動していた。
「あ、ウェルカムシャンパンあるよぉ」
「…!」
冷蔵庫を見て零衣が獲物でも取ったかのように片手で瓶の上の方を握ってこちらに見せてきた。
あの、部屋で乾杯するやつだろうか。少し憧れる。
毎日シャンパンを飲んでいるであろう零衣とは逆に、馴染みのないそれにそわそわと期待が表情に出ていたらしい。零衣が面白そうに俺を見て笑った。
酒は強い方ではない。けれど飲んでみたい気持ちはある。
「どしたの?飲みたいの?織くん」
悪いイタズラをする子供みたいに、零衣がにやっと笑った。
「せっ、折角だから…」
「すぐ酔っちゃうのに?ん〜?」
零衣が嬉しそうににこにこ笑いながら、俺を腕で抱きしめて見上げて笑う。
「だめ…?」
「もちろんいいよ!」
零衣の了承と共に俺は思わず笑ってぎゅっと零衣を抱きしめ返した。
「よし、シャンパン入りましたぁ!」
そう言って笑うと零衣はシャンパンとグラス2つとコルク抜きを器用に全部持って窓際のソファと机があるところまで持っていった。
促されるように椅子に座ると零衣が目の前で片膝をついてにこりと笑ったので思わずどきっとした。
そのまま慣れた手つきでコルク栓をポンッと音を立てて抜くと、底を片手で持ってシャンパングラスに注いでくれた。
その一流ホテルマンみたいな仕草が凄くカッコ良くて俺はドキドキしっぱなしだったのだが、いつのまにか隣に座った零衣にぴったり肩を寄せられにこっと微笑まれた。
「零衣と織くんの6周年に乾杯」
「…乾杯」
グラスを差し出してくれた零衣にまだどきどきしながらチン、とグラスの縁を合わせた。
これがホストか…と流れるような自然な動きに感動したのだが、相手が零衣なので余計に心臓が早鐘を打った。
一度でいいから零衣に接客されてみたかった。それはこんな感じなんだろうか。
横で一口飲んで俺にペースを合わせるみたいに待ってくれている零衣につられて、少しだけそれを口に含んだ。
苦味と炭酸の刺激が口に広がり喉を通っていく。
「美味しい?」
「うーん…」
正直美味しいかどうかわかるほどシャンパンに慣れている訳じゃなかった。
「無理して飲まなくていいよ。待ってて、ミモザにしてあげるから」
俺の反応で察したらしい零衣は席を立つと冷蔵庫からオレンジジュースとグラスを取って戻ってきた。
「オレンジジュースで割ったら飲みやすくなるんだよ」
そう言って零衣は残ったシャンパンを少し別のグラスに移すと、多めのオレンジジュースを注いでマドラーでくるくると混ぜた。
そんな様子をぼんやりと眺めて、慣れてるな、手つきが凄く綺麗だなと場違いなことを考える。
いつもこんな風に仕事しているのだろうか。
零衣だもんな。きっとモテるだろうなと思いながら恋人の普段見ない一面に見惚れるようにじっと眺めていた。
「どうぞ」
差し出されたそれを一口飲んでみる。
「…美味しい…」
さっきより遥かに飲みやすくなったそのカクテルをごくごくと半分ほど飲んだ。
「ほんと?よかった」
そう言って零衣は自分のグラスの中のシャンパンをまるで水でも飲んでいるかのように、流し込むように一口で全部飲んだので、俺はびっくりして思わず固まってしまった。
そんな様子を見て零衣は面白そうにくすりと笑うと、俺を抱き寄せて耳元に口を当てた。
「織くん可愛いね。お酒弱いんだから酔っちゃうよ?それとも…」
零衣の指がするりと首筋をなぞって思わずぴくっと震えた。
「酔っ払いたいのかな?」
少し低い声で囁いた零衣は耳元で小さく笑って、俺の飲みかけのミモザを口に含んだ。
「んっ…」
そのまま考える暇もなく口付けされて、口内に冷たく甘い液体が流れ込んでくる。
薄目を開けると零衣の顔が間近にあって恥ずかしく思いながらそれを全てごくりと飲み込んだ。
オレンジの味が口の中に広がる。
「零、衣…?」
見上げる俺を抱き締めて耳元に口を寄せる。
「織くんが甘えてくるのはぜーんぶお酒のせい…。どんなに甘えても、全部お酒のせいにしちゃっていいんだよ…」
零衣の言葉が洗脳を掛けるみたいに脳に響いてくる。
体が熱くて頭がぼんやりしてきたのは一気に飲んだお酒が回っているからなのだろうか。
「お酒のせい…?」
「うん、恥ずかしいことをしても、それは全部きついお酒を飲んだせいなんだよ。…だからいっぱい零衣に甘えてきてね?織くん…」
そっか、お酒のせいなら零衣に甘えても良いんだ…。
「うん…」
そうして、ふわふわと夢心地のままお酒に任せて頷いて、零衣に身を委ねた。


「れ〜、ベッドふかふかぁ…」
「はいはい、可愛い可愛い」
あ、可愛いって言ってくれた…。
なんとなくそれが嬉しくて零衣を両手でぎゅっと抱き締めると、頭をよしよしと撫でてくれた。
気が付いたらベッドに運ばれていた俺は、そのまま零衣に押し倒されていた。
体が熱くてぼんやりして、頭が回らない。
けど、今間違いなく幸せだった。
「いい子だからバンザイしようね、織くん」
「うん、ばんざ〜い…」
素直に手をあげて熱を帯びた目で零衣を見ると、するすると器用に着ていた服を脱がせてくれた。
いつの間にかベルトも外されて下も脱がされ、零衣はそのまま素早く丁寧に俺の服を畳むとベッドサイドに置いた。
零衣も服を脱いで畳まずにその辺に置き、思わず俺はその色白で綺麗な身体を目で追った。
早く、触れたい…。
「れ〜……んー…」
手を伸ばして零衣を抱き締めると、そのまますりすりと身体に何度も頬擦りした。
「どしたの?織くん」
「好き…」
ふにゃっと笑うと零衣も俺の顔を見て微笑んでくれた。
「れーも愛してるよ…」
そう言って俺の唇を塞ぐと舌を差し込んでくれる。
「んっ…んぅ…ふ…」
貪るようにそのキスに応えると、零衣も興奮したみたいに何度も何度も口の中を舌で蹂躙した。
お互いの唾液が混ざり合って、息が苦しくなっても何度も何度もその行為が繰り返される。
「んっ…んん…!…はぁ…っ…」
唇が離れた後も、酸欠でしばらく浅い呼吸を繰り返していたが、酷い充足感で心は満たされていた。

「織くん…零衣の事どれぐらい好き?」
しばらくしてから前髪を上げるように零衣に額を撫でられ、綺麗なピンクと水色の瞳に見つめられる。
「世界で1番すき…」
「パンケーキよりも?」
「パンケーキよりだいすき…」
嬉しくて蕩けたように笑うと、零衣が微笑んで「れーも織くんが宇宙一好き」と言って抱き締めて頭を撫でてくれた。
それが心地良くて俺は満足気に微笑む。
「織くん、どんな風にされたいの…?」
不意に零衣が少し目を細めて色っぽく笑いながら俺を覗き込む。
「いっぱい…激しいの、して…?」
零衣に、沢山激しくされたい…。
そう言うと、零衣は興奮したみたいに俺をぐっと抱き寄せると、はぁ…と1度我慢するみたいに溜息を吐いた。
いつも余裕がある零衣が俺に興奮してくれる瞬間がどうしようもなく好きで、興奮して、思わず下半身が熱を持っていくのが自分でも分かった。
零衣にめちゃくちゃに激しくされたい。
おかしくなるぐらいの快感に犯されて、零衣の余裕のない姿を見て、一緒にイきたい。
今日はそういう風にして欲しかった。
「ずるいよ…初めは優しくしてあげたいのにさ、今すぐ虐めたくなっちゃうじゃん…」
「あっ…!」
耳朶をペロッと舐められ、突然の刺激に口から声が漏れる。
そのまま零衣の舌が伝い、首筋をぺろぺろと刺激される。
「あっ…んっ…だめ…っ」
「織くんのイイとこ、いっぱい良くしてあげるからね」
「んぁっ…!」
零衣の舌が伝ったところが全部気持ち良くて、刺激に身をよじる。
首筋から鎖骨へ、そのまま乳首に舌が伝い、ちゅうっとそこを吸われて舌で刺激される。
「あっ…あ…!」
反対の手で乳首をコリコリと刺激されると、簡単に快感を受け取って身体がびくびくと震えた。
零衣にすっかり開発されてしまったそこは、零衣に舐められるだけで気持ち良くなる事を覚えてしまっている。
「んぁ…っ…れ、…れい…」
反対側も舌で弄ばれて、快感に耐え切れず何度も身体が跳ねた。
「ふふ、可愛いよ織くん、もっとされたいでしょ?」
「ん…!」
こくこくと涙目で頷くと、零衣はそんな俺の様子を確認しながら舌をツーっと下腹部へ下ろした。
「やっ…ん…」
脇腹を舌で舐められると、擽ったいような快感が襲ってきて声が漏れた。
早く…もっと…舐めて…。
1番舐めて欲しいところをあえてスルーしながら、零衣は太腿に舌を伝せて舐めていき、最後に膝小僧をぱくっと食べるように舐めた。
「あっ…!」
そんなところが気持ちいいなんて無論零衣に出会うまでは知らなかった。
殆ど全身に快感を教え込まれた身体は、零衣の愛撫に簡単に反応するようになってしまった。
ぼんやりした頭のまま零衣を見ると、にこっと優しく微笑んでそのまま股間に顔を近づけられ…玉袋をぺろりと舐められた。
「ぅ…あ…っ」
そこへの刺激にびくっと震えて目を瞑ると、じんわりと先走りが漏れたような気がした。
「おちんちん舐めて欲しいの?」
零衣が鼠蹊部を指先で触れるか触れないかぐらいの刺激でなぞりながら俺に問いかけてくる。
その刺激すら今は大きな快感になって、その先を煽ってくる。
「あ…っ…な、舐めて……っひゃあ…!」
零衣が突然竿をべろっと舐め上げてきたから、快感と共に大きな声が漏れた。
散々焦らされた俺は浅い息を吐きながら期待したように零衣を見る。
零衣は何度かそこを舐めると、ぱくりと鬼頭を口の中に含んだ。
そのまま舌を使ってじゅぶじゅぶとそこを攻められる。
「あぁ…!やっ、んぁ…れ…っ…ぁん…!」
零衣の愛撫があまりにも気持ち良すぎて声が止められなくなる。
目の端からは涙が零れおちるし、身体はどうしようもなく熱くなる。
「きもちい?…織くん…んっ…自分で、乳首弄ってみて?」
「ぅ、ん…」
零衣に言われるがままに自分で手を乳首に持って行ってくにくにと弄った。
「あっ…ぁ…」
恥ずかしいのに一度触りだした手は止められず、ずっと快感を求めてそこを捏ねくり回してしまう。
じんじんと快感が広がって頭がぼーっとしてくる。
絶妙に達しそうになる前に零衣が分かったように舌の動きを緩めるので、いつまで経ってもいくことができない。
「はぁ……れい〜…なか……」
続きを早く、と目で訴えても零衣は舌を離してふふっと笑うばかりだ。
「だ〜め」
零衣の言葉に絶望的な気分になって思わず涙を浮かべる。
「もう少し我慢してね、可愛い織くん」
そう言って零衣はその場を離れると、何か紐のような物を手にして、シャンパングラスを持って戻ってきた。
「れ…い…?」
「いい子だよ」
零衣はそう言ってそのままのシャンパンを口に含んで、俺に口移ししてくる。
抱き寄せられながらそれを飲むと、一気に強いお酒の味が口の中に広がった。
頭がぼんやりする…。
そうして反応速度が遅れているうちに、零衣が俺の物の根元を何かで縛った。
「え…⁈」
よく見たらそれはネクタイだった。
「まだイかせないからね…?」
そう言われて思わず不安げに零衣を見た。
「あ、ちなみにこのネクタイ1本2万するから汚しちゃやーよ?」
「えぇ…!」
俺は零衣の要求に思わず涙目になった。
もう先走りで汚れている事も、別に零衣が本気でそんな大切なネクタイをそこに使う筈がないことも考えれば分かるのだが、酔った俺は思考がそこまで回らなかった。
「ほら、織くんの中に入れたいから…俺のも気持ち良くしてくれる…?」
零衣に優しくそう言われると、早くご褒美が欲しくなって、吸い寄せられるように零衣のそこに口を付けた。

「ん…っ」
「そうそう、すっごく上手だよ、織くん」
ちゅぷちゅぷと繰り返される愛撫は、そのままイってしまいたいぐらい気持ちいい。
頭を優しく撫でてあげると、いつも織くんは嬉しそうにしてくれる。
れーがしてあげたり教えてあげたりしたお陰か、今ではフェラもすっかり上手になったものでお世辞抜きに気持ちいい。
「んっ…んぅ…」
織くんが深く咥えてくれる姿は凄く興奮してぞくぞくと快感が這い上がってくる。
れーが気持ちよさそうにすると、明らかに嬉しそうに織くんはそこを舐めてくれた。
可愛い顔しちゃって…。
れーを好きな織くんが大好きで、何度もご褒美を与えるように背中を指先で擽った。
「ん…」
じゅぶっと唾液の音と織くんの吐息が漏れる。
「んっ…イっちゃうそうなぐらい気持ちいいよ…織くん、おいで…?」
織くんの両脇に腕を通して抱き寄せてあげると、嬉しそうに織くんが身体を預けてくれた。
「…れー…ご褒美…」
甘えるような声で織くんが耳元で強請ってくる。
やっぱり今日の織くん、めちゃくちゃ可愛い…。
挿れる前にいつもご褒美だよ、と囁いてあげているせいか、無意識に零衣の言う言葉を使って強請ってくる姿がとても愛しい。
織くんは普段なんとか理性で体裁を保っているが、少しお酒を飲むとタガが外れるのか凄く甘えてきたり素直になったりする。
カッコつけたがりなのは相変わらずで、飲めない癖に梅酒をロックとかで飲むので見事に1杯で毎度酔っ払いになっている。
そんなんで大学の友達の前で痴態晒したらどうするの!と何度か怒ったせいか今は控えるようになったので余計にお酒は弱いままだった。
可愛い織くんはれーだけが知ってればいいの!と飲み会の時だけ少し心配してしまう。
一方れーは毎日お酒を飲むせいで日に日にお酒に強くなってきている気がする。
シャンパン一気ぐらいだったら余裕だった。
カフェパは水だと思う。
まぁそれは置いといて酔った織くんは可愛い。
ホテルにウェルカムシャンパンがあって良かった、とそれだけでこのホテルにした事を正解だと思った。
「ちゃんと終わっても覚えててね、織くん」
「ん…?」
可愛い恋人をぎゅうっと抱き締めてそれからその手を取った。
「?」
れーが移動すると、そのまま織くんは素直についてきてくれた。
外が見えて開放的な窓際まで行くと、その窓ガラスに両手を付けさせた。
「何するか分かる?」
「あ…」
腰を撫でながら訊ねると、このポーズには覚えがあるのか、カァッと顔を真っ赤にした。
「こういうの、一回は憧れでしょ…?」
「で、でも…」
耳元で囁くと、織くんはびくっと震えて恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑った。
「あれ〜?激しくされたいんじゃなかったの?」
「あ………されたい……」
そう言って織くんは窓ガラスに右の頬を付けて零衣の方を見た。
「ん…よく出来ました。今からたっぷりご褒美あげるからね」
そう言って小さく笑うと、織くんが自然と嬉しそうな表情を浮かべたことに、本人は気付いているのだろうか。
そんなことを思いながら側に置いておいたローションを手に馴染ませて織くんのお尻につぷりと挿入した。
「あっ…!」
明らかに嬉しそうな嬌声を上げて、織くんはびくびくしながら窓ガラスに両手をついて頭を預ける。
後でたっぷり言葉責めしてあげるからね、と思いながら指を二本入れてぐりぐり動かすと、その度に織くんは声を漏らした。
背中を舐めながらそれを続けてあげると、自然とお尻を突き出して指を深くまで受け入れてくれる。
そっと横から覗き込むと、既に蕩けたような表情をしていた。
「もうそんな顔してるの…?まだれーの挿れてないのに?」
「あー…ぅあっ…あっ…‼」
指で織くんの中のいいところをコツコツと押してあげると、声を上げながらきゅうっと中を締め付けてきた。
「あーあ、可愛い顔しちゃってさ…挿れてないのにそんなによがっちゃうの?」
そう言いながらイくことを堰き止められた織くんのモノを反対の手でしごいてあげると、びくびくっと身体を震わせて声を漏らした。
「れー…そ、れ、ぁあっ…」
最後まで呂律が回らないようで、与えられる刺激にびくびくと耐えながら後ろを締め付けてくる。
れーだってほんとは早く挿れたいんだよ。
「ほら織、ちゃんとおねだりしろよ」
「あっ…!」
名前を呼ぶと、それだけでイッてしまいそうなぐらい織くんの身体がびくりと震えた。
えっちの時ばかり呼び捨てにするその名前は、最早条件反射のように織くんの快感に繋がっている。
横から顔を覗き込むと、熱を帯びた目で必死に強請るようにれーを見てくる。
「あ……はぁ……れー…おれの、なかに……れ、れーの…おちんぽ、ください…」
「ん…いいよ…」
真っ赤になりながらちゃんとお願いしてくる織くんの頭をなでながら、後ろに竿を充てると期待したような表情を向けられた。
これも普段から泣いても言わせてるお陰だなとこっそり勝ち誇った笑みを浮かべた。
「合格だよ。よくできました…ちゃんとご褒美あげるからね」
そう言って、ずぶりと奥まで熱を打ち付けた。
「…あっ‼あぁ…っ!」
完全にれー専用のそこは、あっさり性器を飲み込んできゅうきゅうと締め付けを返してくる。
「織くん…っ」
「ぁんっ…それ、きもち、い…っ…やらっ…!」
何度も前立腺を穿つように中を擦ってあげると、その度に織くんは快感混じりの悲鳴をあげた。
「ここ?」
「あっ…あー…ふぁっ…や、やらぁっ…‼」
何度もイイところを突いてあげると、そんな反応をするので不意に中の物を引き抜いた。
「へぇ…嫌なの?」
「ぁ…れ、」
「やめちゃおっかなぁ?」
「あ…やだ…いじわるしないで…いれて…、れい、欲しい…」
泣きそうになりながら懇願してくるのを見て、あまりの可愛さにタガが外れそうだった。
「なんてね、冗談だよ」
「んん…!」
横から無理矢理織くんの唇を塞ぐと、再び中にズブズブと竿を押し込んだ。
明らかに奥でさっきよりキツく締め付けてくる織くんに興奮しながら貪るようにキスをする。
「ん〜…んっ!ふ、ぅ…」
その度に嬉しそうな声を上げて織くんがれーに身を任せてくれるのが可愛かった。
名残惜しく唇を離して顔を前に向かせる。
「ほら織くん、織くんの裸、外から見えちゃうかもしれないよ…?」
「ぅ、あ…っ」
緩く後ろを突きながら囁いてあげると、織くんは恥ずかしそうに外に目を向けた。
実際双眼鏡でも使わないと見えないと思う、そうだと信じたい。
とりあえずこういうのは雰囲気だ。
スイートルームといえばこういうプレイがあるって本当にどこで覚えたのか分からないけど昔あおとそんな話をしたかもしれない。
だから今日来たらやってみたかったのだ。
何事も挑戦。織くんにはじわじわ全部付き合ってもらいたいなと思いながら、調教してえっちに育ってきた織くんをもう一度突いた。
「あっ…」
「織くん、こんな変態なプレイして、誰かに見られるかもしれないのに感じまくってるの……ほんとは見られて興奮するタイプなのかなぁ…?」
囁くと恥ずかしそうにするので、そのまま織くんのおちんちんがガラスに密着するぐらい押し付けて、動きを止めた。
「気持ちいい?」
「…う、ん」
苦しそうな織くんのものを指先でそっとなぞるとびくっと震える。
「もっとよくして欲しい?」
「…もっと…してほしい…」
「ん…じゃあ、ちゃんと立ってるんだよ」
そう言ってガラスに手をつく位置を低くすると、織くんの腰を両手で持って何度も自分の腰を打ち付けた。
「あ⁈…や、…あっ‼れ、それ…ぅあ"…っ」
ピストンする度にあられもなく声を漏らしてびくびくと中を締め付けた。
イきそうになる前に何度も速度を落として快感を持続させる。
そろそろ抱き締めたくなってきてずるりと中の物を引き抜くと、織くんを無理矢理抱き寄せてベッドに雪崩れ込んだ。
ぼんやりとした目がれーを見る。
「よく我慢したね…えらいよ」
「…これ、取って、くれる…?」
「うん」
ネクタイの結び目を解くと、するりとそれを抜き取った。
堰き止められた感覚がようやく解放されたのか、織くんがぶるりと身震いした。
「汚れてない…?」
素直な織くんの言葉に小さく笑いながら「気にしなくていいんだよ」と言ってちゅっと口付けをした。
「一緒に気持ち良くなろうね」
そう言ってじっと正面から顔を覗き込むと、少し嬉しそうに笑って織くんが頷いた。
可愛い…。
そう思いながら、じゅぶっと後ろに熱を挿入した。
「あっ…れー、そこっ…!」
「気持ちい…?」
「んっ…もっと、っ…もっとぉ…」
熱を帯びた青い目がれーを見上げる。
そんな織くんを抱き寄せて対面座位にすると、より奥まで入ったのか織くんの中がぎゅっと締まった。
「もっと…よくなろうね」
そう言って織くんの腰を持つとゆさゆさと前後に揺らした。
「あっ…あーっ…!それ、きもち、い…」
揺する度に気持ちいいところに当たるのか、織くんがずっと声を漏らす。
「ん…織くん、これ好きだよね」
「ぁん…す、き…しゅき…あっ、そこっ…いい…!」
「織くんえっち好き?」
「あっ…すきっ…えっち、しゅき、だからぁ…もっと…」
「ん…れーも大好き」
しがみついてびくびく震える織くんを再度押し倒してぎゅっと抱き締めながら奥を突く。
「織…気持ちい?」
「うん…っん…イきそ、だから…」
張り詰めた織くんのモノを握って何度も緩くしごきながらピストンを繰り返す。
「あっ…ぁん…やっ…れぇ…!おれ、の」
「はぁ…あ…大丈、夫…織のだから…ってゆーか…」
よりキツく締め付けてくる中を何度も遠慮なくピストンした。
汗ばんだ身体を抱き締めてお互いの熱を感じ合う。
「お前、俺のだから…よそ見すんなよ」
「あっ…!しない…、ひゃっ…しない、からぁ…れぇ、イき…そ…」
「織…っ…‼」
「っ…あああぁっ…‼」
ほぼ同時に熱を放って、ぐったりと抱き締め合った。
凄い気持ちいい…。
あ、だめ…水分足りない…。
そんなことを考えながら、動けないぐらい気持ち良くて息も浅いのに、織くんと唇を触れ合わせる。
「れ〜…」
甘えるように顔を寄せてくれる織くんが可愛くて頭を優しく撫でてあげた。
「余所見なんてしないから」
そう言われて少し恥ずかしくなってより強く織くんを抱き寄せた。
「俺だって…一生織のだから…」
分かっている筈なのに、言葉にしたら、してもらったら、安心できるのはどうしてだろう。
それで織くんが安心できるなら、何度だって言葉にするよ。だから…だから織くんも…。
「ずっとれーの…」
「うん」
抱き寄せながら甘えるようにそう言ったら、察したように織くんが小さく笑ってくれた気がした。
思わずまたどくっと自分のものが脈打った感じがして、織くんの中が少し締まった。
「すき…あのさ、喉乾いた…」
「俺も…」
そう言いながら中の物を引き抜くと、どろりと白い液体が溢れた。
「動けなくない?」
「ああ…そうだな…」
さっきまでで体力を使い果たしてしまったらしい。
織くんと顔を見合わせて呆れたように笑った。
「こーゆー時の為のコンシェルジュじゃん…あー…電話もとどかない…」
ふざけてそう言うと織くんはふふっと笑った。
「流石にここに来てもらうのはな。ちょっと、待ってろよ」
そう言って織くんはゆっくりと起き上がると、ティッシュで軽く精液を拭ってからその場を離れた。
じーっとその様子を見ていると、冷蔵庫からお水のペットボトル2つと、れーの鞄から喘息の吸入器を持ってきてくれた。
「流石織くん分かってるじゃん」
「はい、薬」
にこにこ笑ってお礼を言うと、吸入薬を1回分吸い込んだ。
お水で軽くうがいをして近くのコップに吐き出すと、残りの水は全部飲んだ。
「生き返った〜〜」
満面の笑みを浮かべて織くんに引っ付くと頭を撫でてくれた。
織くんも持ってきた水をほとんど飲んで机に置いた。
激しい運動(?)をした息苦しさも薬のお陰で幾分マシになる。
たまにやりながら発作、なんてことは最近はめっきり減った。
「織くんは、酔っ払い治ったぁ?」
そう言うと、織くんは色々思い出したのか顔を真っ赤にして狼狽えた後、分かりやすく顔を逸らした。
「まだ酔ってる…」
嘘下手かよ、と思いながら織くんを横から抱き寄せた。
「全部お酒のせいだよ」
「はい…」
宥めるようにそう言ってあげると何故か敬語で頷いて織くんは身を寄せ返してくれた。

しばらくそのままでいた後、服取ってくるねと言ってバスローブを脱衣所から取ってくる。
流石スイートルームだけあって服もふかふかだった。
1つを織くんに渡し、1つを自分で羽織る。
そうして、喘息の薬を鞄に仕舞う振りをしながら、鞄の奥からあるものを取り出した。
それは今年織くんにあげようと思っているプレゼントだ。
珍しくちょっと緊張するなと思いながら、中身を取り出すと織くんの側に戻り、隣に座った。
「織くん」
呼びかけて、織くんの左手を手に取ると───薬指に指輪をはめた。
驚いたように織くんが薬指を見つめている。
「いつか本当に、結婚しようね」
そう言って薬指に触れるだけのキスをした。
織くんは気に入ってくれるだろうか。
金のリングに大きなピンクの石と、さらに小さな黄色の石が誂えられた、特注した指輪だ。
決してとても高い物ではない。それでも自分達らしさとはなんだろうかと思って石を色違いにして作ったのだった。
内側には刻印もしてある。
指輪は既に持っているが、久々に新しいお揃いを買ったのだった。
「うん…」
「お、織くん…?」
織くんはぎゅっと確かめるように拳にした手を両手で握ると、それを目元に持って行って少しだけ泣いていた。
そんな織くんを不安げに見つめていたが、しばらくするとれーの胸の中に体を預けてくれた。
「ありがとう…」
「よかったぁ」
ほっと安堵の溜息を吐いて織くんを宥めるようにぽんぽんと背中をさすってあげた。
「大切にする」
「うん」
零衣が笑顔を浮かべると、織くんが目元を拭っていつもの調子を取り戻した。
それから立ち上がると、織くんも鞄の中を漁って何か箱みたいな物を取り出した。
「零衣みたいにかっこよく渡せないけど…はい」
差し出されたそれを手に取って、一瞬もしかして指輪被っちゃったかなと思いながら織くんを見た。
「開けてもいい…?」
「うん」
その言葉にそっとケースを開けると中にはオシャレなネクタイピンが入っていた。
「ネクタイピン…」
そう言いながらそれを手に取る。
銀の下地に赤と黄色のハートがオシャレに装飾された物だった。
流れで裏返してみたところで手が止まる。
REI.ORIと名前が刻印されていた。
「これ…」
「…嫌じゃなかったら、仕事で使って」
織くんにそう言われて、なんだかれーも自然に涙がこみ上げてきた。
仕事でも織くんが恋人だって主張出来る。
こんな方法で。今まで考えた事もなかった。
「織くん…」
「れ…零衣?」
少し涙ぐみながら織くんに抱き着くと、織くんはちょっとだけ狼狽えた。
「使う!いっぱい使う!毎日使うもん…!嬉しい…ありがとう」
もう一度ピンの裏を見つめて微笑むと、織くんがれーを抱き寄せてくれた。
「2人とも刻印入りだね」
「そうだな」
「6年も経つとさ、迷っちゃうよね」
「うん」
織くんの温もりが心地良くて、自然と頬を擦り寄せた。
「今度安眠セット買ったげるよ」
「それは…地味に助かる…」
そんな話をしながら投げ捨ててあったネクタイを手に取ると、織くんが2万のネクタイ…とぼそっと呟いた。
めちゃくちゃ滑稽だけどバスローブの上からネクタイを巻いてネクタイピンを付けると、とっても可愛かったのでれー的には大満足だった。
「かわいい?」
「うん、似合ってる」
「今度かられーのホストの写真見たら2人の名前入ってるって思い出してね」
「うん」
「最高だよ」
嬉しくて織くんの頰にちゅっとキスをした。


零衣と2人で寄り添いながらのんびり話していた。
「あのさ、結婚式はやっぱディズニーとかで盛大にやりたいね。その頃にはホストやめて、みんなびっくりさせたいな」
「ディズニーか…うん、楽しそう」
そんな様子を想像して、意外と興味がないわけでも無かった。
思うに俺たち2人とも結構楽しい事好きの派手好きだから。
「そうそう、楽しいのだったらなんでもいいよ!ハワイでもいいし」
「同性婚か…」
「そうだよ」
零衣の方を見ると、少し考えるように宙を見てそれから俺の方に向き直った。
「そういえばさ、尾池ちゃんとみよっち、海外で暮らしてんじゃん」
「ああ、そうだな」
零衣の保健室の専任の先生だった三尋木先生と、俺やあおの担任だった尾池先生は卒業前から恋人に近い関係だったらしく、あっという間に教師を辞めて海外で同性婚した。
零衣とは今でも時々スカイプをしたりしているらしい。
だってみよっち絶対友達いないもん!と零衣が言っていた。
だから零衣が高校時代はメル友ならぬライン友達だったんだよ、とも。
そんなことを考えていると零衣が真面目な声で、それでも楽しそうに話し始める。
「れーも織くんと結婚したいなぁ。海外で結婚して、例えば自由の国で、正式に夫婦になって、堂々と家族って宣言して街歩いて、おっきな家建てて、テキサスバーガー食べて、自由の女神のポーズで写真撮って、お洒落なオープンカーとか乗ってカッコつけていっぱいインスタに投稿するの!楽しいでしょ?」
そう言って笑った零衣の言葉に少し驚いた。
「零衣が海外って言うなんてな」
「それもそうだね。でもさ、人と話してたらいろんな可能性あるんだなって思うんだ」
俺も心理学科で人と関わることは多いが、零衣は仕事でもっと多くの人と関わっているだろう。
だから零衣は話の引き出しが多いのだ。
それは多分昔からそうだった。
高校生の時は色々意外なことが初めてで、例えば体育に1年ぐらい出ていなかったりすることもある零衣だったが、今は零衣がこれ初めて、と言うことも減ったように思う。
「海外には知らない世界がいっぱいあるんだ〜ってみよっちとかお客さんと話してたら思う時あるの。なにより織くんとね、堂々と家族で居たいんだ」
「零衣…」
「アメリカって日本よりカウンセリング主流らしいよ」
「それは知ってる…。だとしたら向こうの子供の特徴学び直さないとかもな」
思った事をそのまま口にすると、零衣は少し嬉しそうに期待した目でこちらを見た。
「まだ考えるぐらいだけどな」
やりたい事は向こうでも出来るだろうか。
そこまで今頭が回らないが、仕事を大切にしつつ零衣から離れないことは俺だって決めている事だ。
「いいのいいの、ただ単に海外さ、遊びに行こうよ、一回。みよっちにも会いたいし。れー海外行ったことないし!織くんと行きたい」
「ああ、それは行こう」
「向こうのテーマパークも行きたい!」
そんな風に楽しそうに笑うから、零衣と話していると遊びの予定1つ立てるだけでもこちらまで気持ちが温かくなる。
「子供も欲しいよね〜」
「俺も子供大好きだよ」
「でしょお?れーもいちおー専門分野だよ!」
確かに子供と関わる学科にいた零衣の言葉に納得して、こくりと頷いた。
「もうちょっとで卒業だね」
「あと一年あるけどな…ここからが山場だから」
「ファイトだね!れーもそしたら来年ホスト辞めてもいいかなぁ」
「そうなのか?」
零衣がホストをやめようかなと言い出すとは意外だった。
いつも仕事が大好きと言っているのに。
「うん、観れる景色大体見た気がするし!いつでも織くんについていけるよ!主夫だって全然やれるんだから!」
自信満々に言われて少し照れてしまった。
零衣も同じように側にいたいと考えているんだと思って嬉しかった。
「俺だって零衣から離れる気ない」
「やったー!」
照れ隠しのようにぶっきらぼうに言っても零衣は意にも解さない様子で喜んでいる。
そんな様子が可愛くてよしよしと頭を撫でた。
「織くんもおいで」
逆に抱き寄せられて素直に零衣の肩に頭を預ける。
「ん…」
軽く触れるだけのキスをすると、零衣は抱き寄せて舌を絡めてくれた。
零衣とのキスは心地よくて幸せで、比べる対象がいないけど多分凄く上手で、いつまでもしていたくなる。
「ん…。ふふ、織くん可愛いね」
少し照れながら零衣の肩口に顔を埋める。
そのまま抱き寄せられて背中を指がなぞっていく。
「すっかり零衣好みになっちゃってさぁ…。いっぱい開発した甲斐あったね。…最高だよ、織くん」
「んっ…」
零衣の指先にぴくっと反応しながら、褒められるのは悪い気はしなくてそのまま零衣に甘える。
「織くん以上の人なんていないよ…」
その言葉すら甘美なご褒美のように感じられて、俺はぎゅっと零衣を抱き締め返した。
零衣に求められるのがどうしようもないぐらい心地いい。
「あ、激しいのが好きなんだよね」
「ばっ、ばか!」
「いっぱいおねだりしてくれるの可愛かったなぁ」
「〜〜〜っ!」
羞恥に悶えていると、そのまま抱き寄せられてて2人でベッドに倒れ込んだ。
「可愛かったよ」
「……っ」
否定も肯定もできず、子供みたいに頬をぷくっと膨らませながら涙目になった。
「れーのだもん」
「…うん」
そう言われると恥ずかしさも少し引いて、頷きながら零衣に引っ付いた。
「零衣に独占されるのは嬉しい…」
「そう?れー独占欲強めだよ?」
思わず本音を洩らすと、零衣は楽しそうに小さく笑って言った。
「見えない…」
「変なの、こんなに織くんしか見てないのになぁ」
零衣はその整った顔でくすくすと微笑んで、俺の髪を指で梳いた。
その感触が凄く気持ちいい。
「もっとれーのこと独占してね、織」
言われた全てが嬉しくて、自然と口元を綻ばせながら頷いた。
「俺だけちゃんと見てて、零衣。…俺のだから」
「…うん!」
零衣は満面の笑みで頷いた。
零衣のこんな笑顔も、かっこいいところも、優しいところも、全部俺だけが独占していたい。
そんな零衣と居られることが、何よりも幸せだった。
「愛してるよ、織」
「うん…俺も。愛してるよ、零衣」
そうしてお互いに笑い合う。
パンケーキよりも甘い時間は、いつまでも2人の心を満たしていた。