まるで道標

こっちのサーブから、相手の攻撃を月島がブロックでワンタッチ。勢いが弱まった。チャンスボールだ。大地さんがレシーブし、綺麗に俺に返ってくる。綾人さんがスパイクの助走に入っているのを横目で見る。

この角度、このタイミングで、


「……ドンピシャ!」


日向の手に一直線。そのまま床に叩きつけられるボール。


「よっしゃ!」
「ナイス翔陽。飛雄もナイストス」
「完璧だったな!」


綾人さんの言う通りだった。あれだけ付いてきていたブロックが、今の一本は全く手が出てこなかった。
音駒はたまらずタイムアウトを取る。


「言ってた通りだったな光川。みんなに説明頼む」
「はい」


コーチに促される綾人さんの言葉に全員が耳を傾ける。


「3セット目で急に出てきたミドルブロッカーがしばらく大人しくしてて、特に目立って何かしてくる訳でもない。そんな俺の存在を忘れかけたところでやって来たチャンスがさっきの俺のトス」
「待ってたってことっすか?」
「そう。思ったよりタイミング遅かったのは誤算。今のメンバーで俺のトスで速攻合わせたことあるのは大地と旭だけ。だからあえて二人にしかこの作戦は話さなかった」


そうか、綾人さんがあんなトスを上げられることを知らない俺達にこの作戦を話したところで動揺するだけ。だからむしろ知らない方がいつも通りのプレーが出来て、あの奇襲が活きるってことか。


「だから、飛雄がレシーブを上げたら大地と旭は速攻打つ気で走り出す。そこに俺がトスを上げる。その決まり事だけ3人が共通で認識していれば、大袈裟に声を掛け合うこともなくスムーズに速攻が打てる。相手に考える暇を与えることもなくね」


もしかしたらあの時の俺の焦りさえも作戦のうちだったのかと思うと、少し怖くなった。頭が良すぎる。どうしたらそんな策が思いつくんだろう。……俺にはないものだ。


「相手は動揺の中、あの頭のいいセッターを含め全員が、次は何が来るんだろうと考えを巡らせる。それが狙い」
「だからすぐあの速攻使えって……!」
「そう、正解。手も足も出なかったでしょ?頭を使ったところで飛雄と翔陽の速攻は簡単に止められるものではないからね。あとは俺が助走に入るのをまず見ろって言ったでしょ?あれが視線のフェイント。今回は俺が誘導したけど、自分の意思で出来るようになるのが理想」
「……!」
「綾人さんすげぇ……」
「飛雄以外がトスを上げても速攻がある。でも警戒するあまりに“ あの ”速攻への反応が遅れてはダメ。もしかしたら他にも何かやってくるかもしれない。そう思わせるだけで相手の動きは多少鈍る。さぁ、準備は出来たよ。このセット、取りに行こうか」


鳥肌が立った。
綾人さんの手にかかれば、敵味方関係なくそれぞれの思考さえも全て巻き込んで作戦に入れられてしまう。この完璧な策を俺達が実践出来れば、そこには「勝ち」がある。そう思わせる綾人さんは底知れない。「尊敬」という言葉が頭に浮かんで、でも少し悔しくもあった。