まさかの宣戦布告を受け、それに乗った先輩。あいにくそれを咎める顧問やコーチも今はこの体育館に不在で、男子学生Aである僕はもちろんそれを止めることも出来ずにただ見守るしかない。
1on1で勝負をつけようとコートに入る両者。橙田は小柄だとは思っていたけど、バスケ部員と並ぶとその差は歴然。余りにも差がある体格に可哀想になるほどだ。
「おい、あいつ上履きでやる気かよ」
部員のうちの誰かがそう呟いた。橙田はどうやら届け物をしにきただけであり、制服に上履きという出で立ちである。もう終わったでしょ、これは。
「後悔すんなよ」
「そちらこそ」
橙田が先攻。ボールを受け取り、ぐっと屈んだかと思えば先輩の足の間にボールをついて、そのままくるりと身を翻しあっという間に先輩を抜き去ってゴール下からのレイアップシュート。
何が起きたかわからないぐらい速い、そして軽やかすぎる。先輩は1歩も動けないままシュートを打たれたのだ。
「次、そっちの番ですよ」
「……くっそ」
先輩はドライブで抜こうとするが今1歩前に踏み出せずにいるようだった。一方で橙田は顔色一つ変えずにディフェンスを続ける。
「肩に力入りすぎなんじゃないですか?」
「うるせぇ!」
強引にぶつかるように走り出そうとする先輩に、このままでは衝突してしまうと僕は顔をしかめた。が、橙田はさらっと避けて、そのまま後ろからボールを奪ったのだ。
「僕の勝ちですね」
「……もう1本だ、次は止める」
攻守が交代し、橙田が1度目と同じように身を屈めた。今度は先輩もそれに追いつき姿勢を低くしたその瞬間。橙田は黒子を馬鹿にされた時と同じようにボールをその場でぶん投げたのだ。
吸い込まれるボール。ネットを揺らす音。さっきのはまぐれじゃなかったんだ……
「何度やっても同じです」
「調子乗りやがって……!」
言葉と裏腹に橙田に勝てないことを先輩も悟っている様だった。悔しそうに顔を歪めながらも、向かっていく事はなかった。
「俺とあなたの差はきっと練習量と想いです。俺はバスケ部じゃないけど昔から人一倍努力した、経験も積んだ、強い人達に挑んでいった、濃い練習をしてきたつもり。それはバスケが好きだからです。好きで努力している人に向かって今後絶対にそういうこと、言うな」
鋭い眼光に似合わない穏やかな口調。しかし言葉の節々に怒りが含まれていて単純に怖かった。
そのままくるりと外に向かって歩いていく橙田を部員全員が見つめることしか出来なかった。
ドア近くにいた俺は出ていく瞬間の彼の表情に驚いた。
まるですごく後悔しているような、困ったような顔をしていたから。