テッちゃんと二人で近くの公園に来た。
部活終わりは待たせるから別の日にしようと言われたけど、早く伝えたかった。疲れているなら今度にすると提案はしたけど、テッちゃんも「話してくれるならすぐ聞きたいです」と言ってくれた。
「くだらないと思うかもしれないけど、聞いてくれる?」
「もちろんですよ」
それは俺が小学生の頃に遡る。
一年生の頃から器械体操を習い始めた。兄がスポーツに励む姿を見ていた俺は、自分も何かやりたいと親に訴えたのだ。器械体操は基礎体力や免疫力を高め、さらに柔軟性やバランス感覚も養える。だから今後自分がやりたいものを見付けた時に役に立つだろう。という理由で親が勧めてくれたことを後になって聞いた。
兄は5歳上で、小4からバスケ部に入っていた。俺はその頃体操に必死になっていたけど、兄が中2で俺が小3の頃、ストリートバスケのコートに連れて行ってくれた。
「兄ちゃんすげぇ!」
「カケルもやるか?」
「うん!やる!」
それからは兄の部活が休みだったり、俺の体操教室がない時は一緒にストバスしに行った。兄に直接教えてもらったり、チームに混ざってプレーする姿を見たり、4年生になる頃には俺もだいぶそれらしいことが出来るようになってきて、一緒に試合させてもらった。
その後、兄は県内にある強豪校へ進学し、練習が厳しくなったこともあり一緒にストバスに行く事はほとんどなくなったけど、それでも俺は通い続けて練習していた。初めは兄がやっているスポーツだからとやっていたけど、気付けばバスケの楽しさと、出来ないことが出来るようになっていく達成感で夢中になっていて、俺にとってその時間はかかせないものになった。
「兄ちゃん、今日さ、俺よりすごい大きい人、ドライブで抜いたんだ!」
「さすがカケル、すごいなぁ」
「兄ちゃんは忙しいかもしれないけど、今度またバスケしようね!」
「うん、約束だ」
二年生でスタメンだった兄の試合を応援に行って、他の選手達より背が低く体格には恵まれていなかったけど、そんなことものともせず相手を翻弄するドライブに、誇らしくもあり俺もあんなバスケがしたいと憧れていた。
ずっとそんな生活が続くと思ってた。
ある日、兄は怪我をした。足首だ。
今は二年生だし、きちんと治せばまた来年もチャンスはある。俺は勝手にそう思っていて、「また応援行くから頑張って治してね」って、そんな言葉をかけたんだ。
でも、それは叶わないらしい。
日常生活に支障がない程度に治っても、バスケのような激しい運動は出来るようにはならない。それはあんなに頑張っていた兄にとって地獄のような言葉だったのだろう。
どうやら兄はチームのエースだったようで、兄が抜けた後、戦力が落ちメンバーの精神的な動揺もあり全国行きを初めて逃した。メンバーはもちろん兄を責めるようなことはしなかったが、兄は責任を感じていた。
「自分がもっと自己管理をきちんとしていれば、みんなが悔しい思いをしなくて済んだかもしれない。むしろ初めから俺がいなければ、メンバーが欠けることもないんだからもしかしたらその方が上手くいっていたのかもしれない」
そんなことを口走ってひどく荒れていったんだ。
青春の全てを捧げて努力していた大好きなことが出来なくなる辛さももちろんだけど、一緒に頑張ってきたメンバーが自分のせいで全国優勝の夢を手放すことになったとひどく悔いていて、自暴自棄になり不安定だった兄をもう俺は見ていられなかった。
そして俺は、兄と同じように部活やチームに入ってもし同じ道を辿ることになってしまったら……俺はそれが怖かった。仲間を傷付けたくない、そして自分も傷付きたくない。だからこそバスケでは仲間を作らないことに決めたんだ。