時間帯、夕方。天候、はれ。


 名前を叫んだ。大声で叫んだ。その甲斐もなくぱきんと割れた彼女は、しかたなさそうに苦笑したあと「ごめんね」と口のかたちだけを動かして、夕陽へのみこまれるように消えていった。
 彼女には、帰る場所があった。それは犬飼の横ではなかった。たのまれなくても横でへらへらこまったように笑っていた彼女は、感染したへらへら笑顔だけを犬飼に残していってしまった。手も届かない、顔も見えない、声すらきこえることのない、そんなはるか遠くまで。
 あの日は雨だった。傘と雨音に阻まれて、あのときから声はずっときこえない、彼女の顔も、ずっとみえない。
 一瞬だけわずかに見えた彼女の姿を、きこえかけた声を、奪った夕陽を睨みつけた。


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