孤爪
「やばーい!」少し早く始めた配信を終えリビングへ戻ればスマホを目頭に乗せ横になってる彼女の声が聞こえた。何がやばいんだろうと疑問に思いながら声をかけ寝転がっているソファーの前に行くと「研磨聞いて!こんなに同接多いのに推しからコメント読まれた!」と大興奮して画面を見せてくれた。そこには中性的な外見の男の人が映っていて、いかにも彼女が好きそうな感じ。……なんか、面白くない。横になっている彼女のお腹へぐりぐりと顔を押し付ければ「え、どうしたの?」なんてわかりやすく動揺している。まぁ確かに、普段こんなことしないけど。今は上手く言葉にできない不満があるから。「……おれだって、結構同接多い配信者だけど」「なーに、やきもち?」「ちがう」「ふふ、でも推しは推し、恋人は恋人でしょ」そう言って柔らかい手つきでおれの髪を撫でる。「いちばん好きなのは」「研磨」「推しは」「この人」やっぱりそう言い切られると、多少……いや結構複雑だ。「……その内推しのいちばんもおれにしてみせるから」と言えば「あはは、待ってるよ」と彼女は笑ってみせた。悪いけど、冗談じゃないからね。
角名
お風呂から上がり彼女の待つ寝室へと入れば、珍しくスマホを見ながらにやついている。「あ、倫太郎おかえり」俺に気づくとすぐに画面を消し、わかりやすくそれを隠した。なに、俺に見られちゃ困るもの?「ねぇ、なに見てにやついてたの?」「んえ?ぜんっぜんにやついてないし、倫太郎の勘違いでしょ」そう言ってそっぽを向く彼女。……なにそのいかにもな反応。隠し事が下手だとは常々思っていたけど、ここまでとは。「やましいことでもあるの?」「あるわけないじゃん。……え、もしかして何か疑ってんの?」「そういうわけじゃ」ない、と言い切れないのは、彼女が何かを隠してるのがわかるから。言い淀む俺を見た彼女は「……怒らない?」と、そう言ってスマホを指でなぞり画面をこちらへと向けた。「……なっ、これ、誰からもらったの」「も、元也くん」そこに映っていたのは俺の練習風景を隠し撮りしたものだった。てことはなに、俺の動画見てにやついてたってこと?「私が見たくてお願いしたの、ごめんね?」少しと言えど疑ってしまった上に、練習しているところを見られていたというそれぞれの恥ずかしさから、謝りながら顔を覗き込む彼女を怒れるわけがなかった。
赤葦
二日振りに帰宅してドアを開ければ、スマホを見ながら表情を緩めている彼女。どうやらドアを開けたことにも気づかず夢中になっているようだ。「ただいま」「あ!おかえり、京治」声をかければスマホを伏せ、すぐに俺の元まで来て飛びついてくる。「仕事お疲れ様。ねぇくますごいよ、お風呂入ってご飯にしよ?」そう言われるも、先程のスマホが気になる。小さいことかもしれないけれど、家を空けることが多いため結婚していない今、僅かな不安が残る。……疲れすぎているのかもしれない。「京治?」「あ、いや、さっき何見て笑ってたのかなって。……気になって」「さっき?……あ、京治にも見せてあげる」いそいそとスマホを取りに戻り、見せられた画面には猫が踊ったり頭を抱えているショート動画が流れた。「これは……」「いやぁ、面白いし可愛いしで夢中になっちゃって」「……あー」「え、何どうしたの」「なんでもない」少しでも疑うなんて、やっぱり疲れているみたいだ。罪悪感から何も言えず彼女の肩にぐりぐりとおでこを押し付ける。「はいはい、お疲れモードだね」そう言って俺の頭を撫でる彼女の手の温かさに後ろめたさを隠して、ただただ甘えた。
侑
「楽しみすぎてやばい!ほん……っ助かる」話し声が聞こえなくなったので寝室を覗いてみると、ベッドにごろ寝してスマホを見ては抱きしめにやにやしている彼女。「友達と電話終わった?なににやついとるん」「え、いや、何でもない」そう言ってスマホをスリープ状態にする。やましいことでもあるんか、ってくらいにはそのスピードは速かった。「隠さなくてもええやろ」「隠してないし」なんて目を逸らされれば、嫌でも最悪なパターンが頭をよぎる。「電話終わってからもにやついとるし、隠すし。ちょっとあれやん、不安になるやろ!」「え、浮気だと思ってるの!?」意図が伝わった彼女は床を見たり天井を見たり悩んでいる様子を見せたあと、スマホを手に取ってロックを解除した。「もー、じゃあ見せるから、侑はええやんって言ってね」なんて謎の約束を取り付けられ、彼女のスマホを覗き込むと男性アイドルらしき人の動画が流れていた。「かっこいいでしょ。なんとさっきライブツアーが発表されてさぁ」「ええや……いややっぱ俺のがかっこええやろ!」「ほらもうそう言うと思ったから見せたくなかったんだよ!侑がいるのに浮気なんてするわけないでしょ」「ったぁ……悪い思うてるって」腹筋に結構な一撃を食らったものの、心配は杞憂に終わりほっとした。