影山
「バレーの影山選手ですよね?」「そうですけど」「やっぱり!」「いつも試合見てます!」……戻るに戻れなくなってしまった。飛雄に注文は任せられないのでテラス席を確保してもらい、飲み物を買って戻ったら女性二人組に声をかけられていた。これは所謂逆ナンというものなのか、それとも純粋にファンで声を掛けたのか判断がつかない。「あの、お一人ですか?」「よかったら一緒に……」あ、前者だ。でも可愛さでは勝ち目がない。両手に飲み物を持ったままどうやって声をかけようか立ち尽くす。「今デート中なんで、すんません」「え、デート……?」「じゃ、じゃあ今度一緒に美味しいカレー屋さんでも!」「や、行くなら彼女と行くんで」飛雄は辺りを見回し、振り返った際に固まっている私と目が合う。席を立ち、こちらに来て飲み物をひとつ受け取った。そして私の腰に腕を回し彼の方へと引き寄せられる。「悪いけど、彼女以外の女の人と出かけるつもりないんで。じゃ、行くか」「え、あ、うん……」まさかそんな風に言ってくれるとは思わず、じわりと顔に熱が集まった。「悪いな、ゆっくり座れなくて」「違うの、それは大丈夫」「じゃあどうしたんだ?」頭にはてなを浮かべながら私の顔を覗き込む飛雄。「……私も、飛雄以外の男の人と出かけたいって思わないから」そう伝えれば、飛雄も「……おう」と照れてそっぽを向いた。
日向
丁度トイレから戻ると、綺麗な女性が翔陽へと近付いていく。「日向翔陽選手ですよね……?」「はい」「あの、いつも試合見てて……本当にかっこいいです」盗み聞きをするつもりはなかったが、話しかけることもできずその場に留まり様子を窺った。「握手してもらってもいいですか?」「あ、はい、いいですよ」彼女は翔陽の手を両手で握り、彼の目を真っ直ぐ見つめている。握手、という様子には見えない。ファンとしてではなく、異性を見つめるような視線になんとなく嫌な予感がした。「ここで会ったのも何かの縁ですし、一緒にご飯でも」「え?」……やっぱり。今すぐ飛び出していきたいけど、そんな勇気はなかったので出来るだけ自然に彼の方へ歩いた。私に気付いた翔陽が「ごめん」と彼女の手を離し、此方へ駆けて来て私の肩を抱く。「俺には可愛い彼女がいるから、ごめんね」なんてさらりと言うものだから、思わず動揺した。口をはくはくさせる私を余所に、翔陽から促され踵を返した。「戻って来たなら言えよな」と彼は頬を膨らますが、いや、なんかもうそれどころじゃないんですが。「なに、可愛い彼女って言われて照れた?」そう言ってしたり顔をする彼。図星なのがなんだか悔しくて、熱をもった頬を隠すように無言で彼の胸に頭を押し付けた。
侑
「服汚してしまってすみませんでした。あの、宮侑選手ですよね?こんな時に失礼なんですけど、ファンで……」「気にせんでええよ、ありがとう」どうやらぶつかって服が少し汚れたらしい。出て行くに出て行けないこの雰囲気。とりあえずファンの子が離れるか侑がこちらに気付くまで、近くにある休憩用の椅子に座って待つことにした。「本当にすみませんでした。……あの、お一人なんですか?」「彼女と来てんねん」「じゃあもしよければ今度お詫びにご飯とか」おい、彼女と来てるって言ってるのに何さり気なく誘ってるんだ。思わず買った本の上からちらりと様子を窺ってしまう。いや、侑のことを疑っているわけではない。けれど、私と付き合うまでは週刊誌の常連だった為ほんの少し、1ミリくらい心配だと思うところはあった。「……そういう目的ならほんまいらん。俺彼女いる言うたよな」その瞬間、空気が張り詰めるのがこちらまで伝わる。空気なんか読んでる場合じゃないと、慌てて侑のところへ駆け寄った。「侑、お待たせ。行こ」「え、あ、後ろめたいことは何もしてへんから!」私を見ると慌てたようにそう口にする彼。「わかってる」ファンの子には多少申し訳ないと思いつつ、侑を引っ張りその場を離れた。「俺もう〇〇と付き合う前みたいなことせぇへんから」何を勘違いしているのか、そう消沈する彼。「……本音を言えばほんの少し心配したんだけど。あんな侑見て信じないわけないじゃん」「……ありがとう」彼の頬に手を添えれば、優しく手を重ね安心したように笑った。
孤爪
「あのー誰か待ってるんですか?」「まぁ」「じゃあその人来るまででいいんで、お話ししましょうよ」「よかったら連絡先とかも知りたいなーなんて」んなっ!研磨が女の人たちに絡まれている。約束の時間前に来たのに……もっと早く来るべきだった。早く行かないと、と駆け寄ろうとした瞬間目の前に立ち塞がる知らないお兄さん。「ねぇ、道教えてもらいたいんだけど」「え、あ、ちょっと急いでて……」「この近くらしいんだけど、上京してきたばっかで見つけられないんだよね。お願い」……いや嘘でしょ、そんな風には見えない。なんて言いたいけど、本当に迷っている人だったら困るよね。「えっと……どこですか」「ありがとう!ここなんだけど」スマホの画面を見せられ場所を確認すると、ここから一本裏に入った通りだった。「ここならあっちの信号を曲がってもらって」「僕方向音痴なんだよね、一緒に来てもらえると助かるな」思ったより面倒なタイプだった。「目的地まで案内すると私も待ち合わせに遅れちゃうんで」「じゃあここ曲がればすぐってとこまででいいから、ね?」そこまで言われたら無理です、なんて突っぱねることができない。「じゃあ……すぐそこまでなら……ぅわっ」一歩踏みだそうとすれば、反対側に腕を引かれ予想外のことにバランスを崩す。驚いて腕を掴むその手の主を辿った。「この子、おれの連れなので。なんなら一緒に案内しましょうか?」「研磨!?」「いや……はは、大丈夫です。じゃあ」そそくさと退散した彼を背に、研磨は少しむすっとして腕を組む。「ねぇ、何まんまと行こうとしてたの」「本当に困ってるかもしれないと……」「はぁ、そんなわけないでしょ。ほんと目が離せない」悪態をつきながらも私の髪を梳いたその指先から、心配してくれていたことがじんわりと伝わった。