「……!」
見てしまった。密かに片想いしている角名くんが綺麗な先輩に所謂股ドンをしているところを。今にもキスをするんじゃないかという距離で。……どうしよう、ショックでこの場から動けない。この前治くんと話してるの聞こえた時は、彼女はいないしまだつくらないって言ってたのに。…角名くんこんな綺麗な彼女いたんだ。そうだよね、角名くん綺麗だしかっこいいからいない方が不思議か。
いつか彼女募集中!なんて噂が聞こえてきたら、失恋前提で立候補しようと思っていたのに。心の準備もなく、まさに今失恋してしまった。
「…?」
ゆっくりと顔を上げる角名くんを見て、思わず近くに隠れた。どうか、見つかってませんようにと息を潜める。
――…五分くらいは経っただろうか。戻ろうにも動けず、結局彼らに背を向けてここから微動だできずにいた。そしてようやく二人の足音が聞こえてきて。恐らく校舎に戻るであろう足音が遠ざかるのを待った。
「―はぁ…」
足音が聞こえなくなって、ようやく肺に空気を取り込めた気がした。見つからなくてよかったと安堵する。あの場で角名くんに見つかったことを考えると、気まずさで明日から顔を見ることもできない。同じクラスだから尚更だ。…あっちが私を認知しているかは謎だけれど。
辛い気持ちに変わりはないが、あの綺麗な彼女だったら芋臭い私が敵うはずもないので諦めもつく。すぐ立ち直ることはできないけれど、きっと時間が解決してくれる。重い身体を持ち上げ校舎にの方へと向かった。
「わっ…てて、前見てなくてごめんなさ…」
とぼとぼ歩いていたら曲がり角でぶつかり、顔を上げれば相手は角名くんで。もうとっくに戻ったと疑わなかった私は、思わず目を見開いた。
「ねぇ、さっき見てたの○○さんでしょ?」
「…!?い、いや!股ドンとか見てないので!」
「見てんじゃん…。なんでそんな驚くの、待って」
慌てて踵を返し、彼と反対方向へ走りだそうとするもいとも簡単に腕を掴まれる。そりゃそうだよねあんな速いスパイク止めてるんだもん、とんでもない反射神経をおもちのはず。
「俺から逃げられるとでも?」
「め、滅相もございません。本能と言うか…」
背中に冷汗が伝うのがわかる。先程考えていた最も最悪なパターンになってしまった。好きな人から腕を掴まれてるにも関わらず、怒られる?覗き見して変態って言われる?そんなことばかりが頭を過る。
「というか私のこと認知してたんだね…」
「はぁ?同じクラスだし当たり前でしょ。練習とか試合見に来てるの知ってるし」
「……!?」
彼の口から発せられることばに驚いた。認知してくれていたのは勿論嬉しいけど、応援しに行ってたのまで気付いてくれていたんだと。彼女がいると知ってしまったけれど、これには私も少しだけ浮かれてしまう。
「勘違いしてるようだから訂正しておくけど、あれ彼女じゃないから」
「……へ?」
予想もしてなかった言葉に、気の抜けた声が出てしまった。あんなことしといて彼女じゃない?何を言ってるんだこの人は。
「今は特定の彼女つくらないし」
「……ほぉ」
「だから勘違いして言いふらさないで欲しいんだよね」
特定の彼女をつくらないとか、言いふらさないでとか。もしかして遊び相手ってことでしょうか。ちょっと待って、これは本当に私が好きだった角名くん?顔は確かに角名くんそのもので、綺麗でかっこいい。……でも、
「…めっちゃクソじゃん」
「は?」
「……手、放して。言いふらさないから」
そう言うと彼は静かに手を離した。好きだった気持ちが冷めたかと言われれば、完全になくなったわけではない。さっきとは別の意味で私の恋は終わった気がするけれど。
「ねぇ」
「まだ何か?」
「○○さんって俺のこと好きだったんじゃないの?」
「……さっきまでは」
「そっかぁ……。これなーんだ」
「!?」
角名くんが見せるスマホに写っていたのは、先ほど私が意図せず覗き見してしまった時の写真がそこにあった。彼がスワイプすると隠れている時の写真まで、なんてマヌケな姿だろう。いつの間にこんなものを撮ったのか、その意図がわからず角名くんへ視線を移すと意地の悪い笑みを浮かべている。
「これ、二年バレー部のグループトークに流したらどうなるかな?」
「へ」
「俺の告白現場覗き見の瞬間!とかどうだろう」
「嘘じゃん」
「見た方は嘘かどうかなんてわかんないでしょ?侑なんかこういうネタ、すぐ飛びつくと思うけど」
サーッと血の気が引いた。こんなの侑くんに知られたら爆速でうちの親まで話が飛ぶだろう。なんせ宮母とうちの母は同じ職場らしく色んなことが筒抜けになる。私だって年頃だ、流石にこんな写真親に見られたら…。
「……消して」
「やだ。……じゃあさ、連絡先教えてよ」
「それで消してくれるの?」
「今後次第かな。侑に流すのはやめてあげる」
背に腹はかえられないと、渋々スマホを取り出しQRコードで連絡先を交換する。少し前までだったらきっと飛び跳ねて喜んだでたあろう彼の連絡先。なんだか今は複雑だ。
「ありがと。じゃ、これからよろしく」
ひらひらとスマホを振り、上機嫌で校舎に戻る彼の背中を一抹の不安を抱いて見送った。どこで間違った?あそこで固まらずにすぐに走って逃げたらよかったのだろうかと考えてももう遅い。
彼の言葉の意味なんて知る由もなく、重い足取りで校舎へと向かった。