「……というわけで席替えをするぞ」
先生ナイスタイミング!と心の中で拍手喝采。昨日までは少し先の斜めにいた角名くんをこっそり眺めていたけれど、モヤモヤしている今はいくらか離れていた方が気持ちが穏やかになりそうだ。この人数で隣になることなんて今までなかったし、奇跡が起きないと早々ないだろう。
くじを引きや、という先生の声と共に友達と一緒にくじを引きに行く。その子とは少し離れてしまったがなんと窓際から二番目の一番後ろの席で。強いて言えば窓際一番後ろがよかったけど、ここでも十分満足な引きだ。
いそいそと机を移動させ、一時間目の準備をしながら周りが落ち着くのを待つ。
「隣よろしく」
「あ、よろし……く」
思わず固まった。私の左側窓際の一番後ろの席、そこに角名くんが来たからだ。周りを見渡すともうクラスの殆どが新しい席についていて、今更誰かとこっそり交換なんてできもしない。友達の方に視線を送れば、ウインクして親指を立てている。……そうだよね、他言無用にしてるから何も言ってないし知らないもんねと肩を落とした。
「何、いやなの?」
「滅相もございません。治くんと席変わろうか?」
「いやなんじゃん」
「いや、二人仲いいから近い方がいいかと思って」
「別に。○○さんでいいよ」
「……それはありがとう」
神様、遅いよ。少し前であれば大喜びしたものを。さっきまでは満足な引きだと思っていたけれど、これなら一番前の方がマシかもしれない。相槌を打ちながらちらりと彼の顔を覗くとこちらを見ている彼と目が合って。あからさまに顔を逸らしてしまった。
「授業始めるから教科書開けー」
「先生」
「どうした角名」
「教科書忘れました」
「なんや珍しいな、○○見せたって」
「……え」
ごめんね、とわざとらしく笑い机を寄せる角名くん。
先程よりも急に近くなった距離。そして窓から入ってくる風に彼の香りもふわりと乗って、心臓が跳ねる。あんなところを見せられても、やっぱり今まで好きだった感情はなかなか消えてはくれないことを今身をもって実感した。
「なに?」
「……別に」
「ふーん」
そんな私に誰も気づく筈がなく、授業が始まった。
―――――…
あの席替えを皮切りに、よく声をかけられるようになって。「ねぇ宿題見せて」だの「先生に頼まれたこと手伝って」だの、断れないのをいいことに角名くんのパシリと化していた。
水面下で駆け引きがあるとはつゆ知らず。友達からはええ感じやん、付き合うまであと一歩やな!なんて言われる始末。あんな扱いをされても嫌いになれないのは、暫く好きだったからなのか。それとも手伝った後に「ありがとう」と、必ず私の好きな飲み物やお菓子をくれたりする優しさも知ってしまったからなのか。だとしてもあの日のことを忘れることはできなくて。いっそ嫌いになれたら楽なのに、と何度思ったことだろう。
「……ねぇ治くん、他言無用で質問させて」
「内容によるなぁ」
「角名くんって告白された人の中から付き合ったりしないの?」
「まぁせぇへんやろな。面倒って一蹴りしとったし」
「もうひとつ…それは色んな女の子と遊んでるから?」
「……は?」
「二人で何話してんの?」
私と治くんの間に突然角名くんが現れるものだから、ひゅっと息をのんだ。慌てて「治くんの好きな食べ物聞いてただけ」なんて誤魔化せば、治くんは動揺しながらも「お、おん」とのってくれた。気配を消して来ないでほしい、聞かれてないよね今の話。
「先生が一緒に来てって」
「……また手伝い?」
角名くんの言葉から先程の会話は耳に入っていなかったと窺え、ほっと胸を撫でおろす。治くんが言っていた"面倒"という言葉がちくりと胸に刺さるも、それに気づかない振りをして彼の後を追った。
「なんやまた仲良う二人でおるやん」
「侑くん、これが仲良く見えるとしたらあんたの目は節穴じゃ」
「誰が節穴やねん!」
「俺を無視しないでもらえますかね」
プリントの山を持った私たちを見て揶揄う侑くん。もうこんなやり取りももう日常茶飯事になってしまった。仲良くだなんて、角名くんにとって私はただの都合のいい人なのにどうしてそう見えるのか不思議で仕方がない。
…わかっているのに。そう考えると胸に澱んだものが溜まるのは、きっとまだ彼を好きなせい。遊ぶ女の子が他にもいて、私は角名くんに弱みを握られているパシリだなんて誰が思うだろうか。いっそのこと誰かに言えたら楽なのに…と思いながら無慈悲にも時間だけが過ぎていった。
* * *
「―…というわけで、うちのクラスはアニマルカフェや」
稲高の文化祭はどのクラスが何をするかは早い者勝ちで。少し決めるのが遅かったうちのクラスはカフェがテーマになった。メイドにするかおばけにするか女装男装にするか様々な案で盛り上がった結果、衣装の金額やメイクの時間を考慮しアニマルカフェに落ち着いた。
「じゃあざっくり役割決めんで。厨房とホールやな、当日は臨機応変に動いてや」
「まず希望とるので手ぇ上げてください。厨房希望の人」
耳つけたりするのかな、何の動物にしようかなんて考えていると隣から腕を掴まれ勝手に上げられる手。思わず目を見開いてその手の主を見ると、しれっと彼も手を上げていた。
「はい、じゃあ残りの人はホールですね」
待って、私ホールやりたかったんですけど。なんで勝手に手を上げさせた?呆けて何もできなかった自分も悪いけれど、何故。彼の考えていることが全く分からない。
「厨房、一緒だね」
「な…っ」
何で、と喉まででかけたがなんとか堪えた。反論したところできっとまた上手く丸め込まれるだけ。諦め半分で正面を向けば、既に買い出しの話になっていた。文具、衣装などどんどん決まっていて残るは食べ物系。
「食品は量があると思うので担当を分けて決めたいと思います。それぞれ二人ずつくらいでお願いします」
飲み物、パンケーキ、ワッフルなど候補が挙げられ、先ほどと同じ挙手で担当を決めていく。食品は量の多さと直前の買い出しになるため、どうしても手を上げる人が少ない。そして出来れば私も避けたいところだ。
「ではワッフル担当してくれる人」
「はーい」
「……!?」
「では角名さんと○○さん、お願いします」
またしても表情一つ変えず、勝手に人の手をあげる彼。悪びれる様子もなくするものだから、もうどうにでもなれとその決定を受け入れた。彼の思った通りに動かされてしまうのは弱みを握られているだけでなく、彼に対する恋心がほんの少し残っているからだろうか。自分のことなのに何度考えても答えは出なかった。